第45話 アイラブユーはエゲレス語
「はい、桜、梅、わっちのあとに続けて『あいらぶゆー』」
「「あいらぶゆー!」」
最近、マジでいろいろあったけど、仕事をおろそかにしてうじうじ悩んでるのはあたしのガラじゃない。土屋さまのことはもちろん気になるけど……ナンバーワンも夢だし。やっぱ大事なのは仕事だし。
てわけで、馴染への文を書き終えたあたしは、桜と梅が花魁になったとき、他の花魁より頭一つ抜きんでるようになるため、簡単な英語を教えることにした。
長崎の丸山の遊女ならオランダ語ができるかもしれないけど、江戸の吉原の遊女が英語ができたなんて聞いたことないからねー。
人と違うことができるのは必ず強い武器になる。
「I love you。これは『好いておりんす』という意味でござんす」
「好いて……おりんす……あいらぶ……ゆー」
二人はあたしの書いたお手本を見ながら、手元の紙に必死で英語と日本語の対訳を書いていく。
「うん、よう書けておりんすえ。次は『わっちを忘れささんすな』でありんす」
「あい」
「Don't forget me。書きんしたか?ならばわっちに続いて繰り返しささんせ。
どんとふぉーげっとみー」
「「どんとふぉーげっとみー!」」
可愛らしい声で桜と梅が繰り返す。
「
「なるほど」
「それなら絵を描いてもようござんすなあ」
「二人ともそのうち一日何通も文を書くことになりんしょうが、一通一通に心をこめねばなりんせん。その方のことを思い出して書かねばそれは相手方にも伝わりんすえ。みなに同じことを書きつけんすなど言語道断でござんす」
キャバ嬢時代はメール営業もしまくったからなー。
はじめはコピペメールを送るだけだったから全然ウケなかったけど、そのうちお客様のお仕事や好きなものを話に織り交ぜるようになったら返事も来るし、店にも来てくれるようになったもん。
やっぱ、自分だけを見てくれてるっていう疑似恋愛モードにもってくのは大事だよね。
そのために高いお金を払って来てくれてるんだしさ。
「ようわかりんした」
「ほんに勉強になりんす」
「文を書きつける紙の色もできれば客の好みや文の中身に合わせて変えるとようおりんす。桜も梅も、会えずに切ないという文が桃色の紙に書き付けておりんすより、青や灰の紙の方が悲しげでありんしょう。墨の上に水をたらしんして字をにじませて、これは待つわっちの涙でありんすと書き付けささんすのも悲しみが伝わりんすな」
「ほんに泣いてなくてもようおりんすか」
「泣くような心持ちで書けばようござんす」
「あい」
こくっとうなずいた桜が、おずおずとあたしに聞いてきた。
「お内儀さんが まあむ ふらわあ とときどき自分のことを言いささんすのもエゲレス語でありんすか?」
「さよでおりんす。まあむ ふらわあ は、おはなお内儀さんという意味でござんすよ」
「その……わっちにもエゲレスの名前はありんしょうか」
「わ、わっちにも……」
「ああ、気づかず悪いことをいたしんした。ちょいと待ちんしな」
あたしは残りの白い紙に一枚ずつ二人の名前を書いていく。
桜には Cherry ちぇりい
梅には Plum ぷらむ
現代では梅はUmeが正しいみたいだけど、この時代じゃ絶対通じないし、英語の名前への期待に目をキラキラさせてる梅が気の毒だから、ここは長年梅の英訳として使われてきたPlumにしとこう。
「わあ……!」
めずらしく、桜が子供らしい声を上げた。
梅は紙を頭の上に掲げて見上げながらにこにこしている。
「これからもちょいちょいエゲレス語を教えささんすよ。まずは今日教えたことをよおく覚えなんし」
「あい!」
「好いておりんすは?」
「「あいらぶゆー!」」
声をそろえる二人が可愛くて、思わずあたしまでつられてにこにこしちゃう。
これからも少しずつ、営業に使えるような言葉を教えていこっと!
あたしだけじゃなく、将来は桜と梅もナンバーワンになってほしいもん。
<注>
長崎の丸山の遊女ならオランダ語ができるかも:オランダ人居留地があったため、長崎の丸山遊郭にはオランダ人専門の遊女がいました。はじめは異人は怖いと遊女に嫌がられ、下級の遊女が因果を含められ派遣されていましたが、オランダ人が意外に優しかったこと、高価な贈り物を簡単にくれたこと、そもそもの給与が高めだったことから次第にオランダ人専門遊女は人気の職業となり、一般子女も派遣を希望するほどになりました。別名、らしゃめん。
メール営業:現代水商売用語。キャバクラやホスクラに来店したお客様にまた来てもらうため、自身の近況や「さみしいな」など感情を送ります。電話だと周囲に家族などがいる場合にまずいことになるため、見たらさっと消すこともできるメールが主に使用されています。
エゲレス語:エゲレス=イギリス。英語。
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