第44話 答え

「……それはいま少し、考えさせてくだしんす」


 いまのこの気持ちはきっと推しに会えた嬉しさだ。

 恋じゃない。でも恋かもしれない。


 吉原ナンバーワンの呼出花魁になって花魁道中をするのはもちろんあたしの夢だよ。それは今でも変わらない。

 でもそこに迷いがあっちゃダメなんだ。御前試合のときに、自分にすべてを賭けたように、まっすぐな気持ちで道中ができる花魁にならないと。

 でないとここまであたしを贔屓にしてくれた人たちにも失礼だよ。

 

 それに、あのときこうすれば、なんて考えるの、あたし、大嫌いだ。


「あ、されど土屋さまは八月には国元に……」


 普通の大名の参勤交代は四月から江戸詰め一年。

 でも関東圏の譜代大名は二月から半年。

 土屋さまの土浦藩は茨城県にある。そして土屋さまは譜代。


 あーもう!将軍があと一代か二代前なら土屋さまは老中でずっと江戸詰めだったのに!何十年も老中をなさったのになんでうちのときに当たらんの!


「それが今年は雑事が多くてな、一年おらねばならぬことになった。国元の民のためでもあるゆえ、異存はないが」

「ではそれまでには答えを出しんす。まだわっちも自分がわかりやせん」

「そうか。良い。山吹の思うとおりにしてくれ」


 土屋さまがどこかほっとしたように言う。


「ではいつものように、おまえの琴を聴かせてくれないか」

「あい」


 あたしが琴をつまびく間に、土屋さまはぽつりぽつりと話す。


「本当に山吹は変わらぬなあ……私のためにお内儀と直談判してくれたころと……呼出になれば揚げ代が上がってかえってお茶をひく……ならば今のままで巳千歳をもっと稼がせてみせると……そのせいで折檻を受けて寝付いたと聞いたときは心潰れる思いであったよ……」


 あ、『試さんで駄目だとなにゆえおわかりささんすか』ってお内儀さんに啖呵を切ったってそのときだったんだ。


 それであたしは言葉の通り良く稼いでるからお内儀さんはあたしのワガママを許してる、と。


 そっか、山吹、あんた本当にこの人に惚れてたんだね。

 あたしもその気持ち、大事にするよ。


 答えがはいでもいいえでも、きちんと考えて返事をするからね___。







<注>

将軍があと一代か二代前なら土屋さまは老中:土屋家は寛文5年から延宝7年まで土屋数直が老中、元禄元年から享保3年(徳川吉宗治世の時代)まで土屋政直が老中を勤めていました。老中はその役職にある間、ずっと江戸詰めでした。

老中:将軍直属の役職で幕府内の役職としては最高の地位。2万5千石以上の譜代大名しかなれませんでした。大奥の管理から役人の支配までさまざまな職務を行いました。

今年は雑事が多くてな、一年おらねばならぬことになった:実際の参勤交代にはこのような例外はありません。創作上の例外だと考えていただければ幸いです。

『試さんで駄目だとなにゆえおわかりささんすか』ってお内儀さんに啖呵を切った:千里の道も一歩から、ナンバーワンになるために に詳細エピソードがあります。


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