前のエピソード――第40話　みんなで仲良く祝勝会

　やられた。

　それが第一印象だった。

　いやさ、言葉のはずみってあるっしょ？

　それも御前試合直前なんて、ちょっと変なこと言ってもしょうがないっしょ？

　まさか本気にするとは思わないっしょ？

　確かに、「戻ったら中村座であたしの芝居でもかけてください」って言ったけど、そんなん、「俺、無事に戻れたらこの子と結婚するんだ」的な死亡フラグみたいなもので……。　

　てゆーか普通死亡フラグってマジ死亡しちゃうからその先はないはずで……ヤバい思考がぶっとんでく。

　とにかくあたしは『今巴鉄火黄華鬘（いまともえてっかきけまん）』という歌舞伎が中村座で上演されると聞いて、頭をかかえていた。

　タイトルからして不安しかない。

　だいたい、うちは吉原から出らんないのに、本人が見られない本人のお芝居を上演してどーすんのよ……バカ殿。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　※※※

「わしが約定（やくじょう）をたがえぬ男だということがわかっただろう？」

　登楼してきた殿様の一言目がそれで、あたしは思わずその嬉しそうな顔にアッパーをぶちこみたくなった。

　中村座といえば帝国劇場みたいなもの。そこでパンピのあたしがヒロインの芝居とかありえんでしょ……。

　確かに江戸時代は実在の有名人を題材にした歌舞伎や浄瑠璃も多かったけども！

　でもそれってガチ有名人クラスだから！

　八百屋お七とか笠森お仙とか……。

　八百屋お七なんかすげいよ。処刑の前に江戸市中を引きまわされたんだけど、そのとき黄八丈を着てたから、江戸中から黄八丈を着る娘がしばらく消えたくらい。

「あい、心からわかりんした……」

「どうした、喜びの余り声が出ないのか」

「いな、御前試合のことは内密にした方が良いかと思うただけでありんす……」

「それはそうだ。なんだ、そなた、御前試合が芝居になると思っていたのか？いくら鉄火山吹といっても学があっても、吉原の中でだけ咲く花だのう。あのようなこと、芝居にできるわけあるまいぞ。しっかりせい」

　……説教された……！「あの」殿さまにドヤ顔で説教された……！

　やっぱアッパーきめていい？ねえ、いい？

「さようでござりんしたか。ならばようござんした。さればどのような演目になりんすか」

「わしとそなたの出会いの芝居じゃ！」

　……アッパーじゃ足りないな。チョーパンもきめないと。

　花魁が火掻き棒振り回して戦うお芝居なんて江戸中にあたしの黒歴史を広められるようなもんじゃん！

「まあそのまま書けばさしさわりがあるゆえに、山吹は華鬘（けまん）という名にした。み仏を飾るものの形をした美しい花でな、黄華鬘（きけまん）という黄色のものもあるからそなたに良く似合うであろう。わしもさすがに松平はまずいからのう、山吹に横恋慕した大店（おおだな）の息子ということになっておる」

　あ、ちょっとほっとしたかも。

「だがな！」

　あ、やっぱダメだった。

「最後の段はそなたが火掻き棒で勇ましゅう戦う段だ！これだけは外せぬ！そして美しい華鬘はもとから好いておった大名の元へ帰るのじゃ……」

　それ、アンタのことだろ。

　ちゃっかり自費で夢かなえてんじゃねーよ。

「役者も一流、脚本（ほん）も一流、何もかもそなたにふさわしいものを揃えたつもりだ。もちろんわしとてそなたがここを自由に出入りできぬことはわかっておる。ゆえに火掻き棒を掲げた錦絵も刷ることにした。こちらはちゃあんと山吹の名を入れて刷るからな。安心せよ」

　それ安心できない！できないできない！

　錦絵？！マ？！

　やめてあたしのポスターなんか刷らないで。

　いや吉原ナンバーワンになるためには芝居もポスターもありがたいんだけど、そんなに火掻き棒にこだわらないでー！！！

＜注＞

今巴鉄火黄華鬘（いまともえてっかきけまん）：現代の巴御前みたいな強くて鉄火肌の華鬘が活躍するよ！的なタイトルです。黄は黄色の花が咲く山吹を暗示しています。江戸時代はこのように登場人物の名前を変えて、実在の人物を題材にした歌舞伎や浄瑠璃も多く演じられました。

約定：約束

パンピ：一般ピープル。一般人。

八百屋お七：恋した男にあうために火付けをし、江戸に大火を起こしたと言われている実在女性。市中引き回しの上磔刑で死亡。伊達娘恋緋鹿子（だてむすめこいひかのこ）などの多くの演目の題材になっています。

笠森お仙：笠森稲荷の近くの水茶屋に勤務していたところから笠森お仙と呼ばれています。すさまじい美女でスタイルもよかったという記録が残っており、怪談月笠森（かいだんつきかさもり）など多くの演目の題材になっています。錦絵も多く刷られ、江戸のアイドルでしたが、倉地政之助という男性と結婚しすっぱり引退。長生きして幸せにくらしました。

錦絵：人気のある役者や一般人を描き、木版刷りして大量生産したもの。現代でいうアイドルポスターに当たります。