第38話 山吹御前試合の巻 八~始末
「良い。だがそれは私の問いに答えてからだ。なにゆえ梶井にとどめをささなかった。梶井は真剣だったのだぞ」
真剣だった……つまりあたしを殺すつもりだったってことか。
そんなの答えはひとつ。
「人を
ははっと本多さまが笑った。
「松平殿の言うとおり、確かに女にしておくのは惜しいな。これ」
本多さまがぱんぱんと手を打つと、次の間から数人のお武家様が出てくる。
「今巴御前と梶井の手当を。梶井は奥に運んでやれ」
「梶井殿には腹など召さぬように伝えてくだしんす!一刀流に体術はござんせん。それにわっちは山吹流の体術を使いんした!刀ではどうで勝てぬと思いんしたからだと、梶井殿はわっちに卑怯な手を使われんしたのだと、どうか、どうか……」
「これも松平殿の言うとおりだ。義に篤い。久方ぶりに良いものを見た。梶井には腹を切ってはならぬ、切りたければ山吹に勝つれと伝えておこう。そうすればあれもさらに精進するだろう。
安心せい、そのような顔をするな。梶井には罰も与えぬ。もとより松平殿から火掻き棒で真剣に勝った
「本多さま……ありがとうござりんす」
あたしが平伏すると、お殿様が「ようやった、山吹」と仕掛をかけてくれる。
「あ、血で汚れんす。もったいのうござんすよ」
「よい、仕掛はまたあつらえればよい。だがそなたはあつらえられぬ。
……わしはうつけだ。ここにつくまで真剣勝負の御前試合の意味を深く考えていなかった。ただ山吹の腕を本多殿に見せたいと、それだけで……」
アホだなあ……マジでなにも考えてなかったんだ、この人。
でもなんか憎めないんだよなあ、この人。
「あれ、気にささんすな。おかげさまでわっちは本多さまに目通りできんした」
「そなたはまことに
「松平殿、
「おお、これはすまぬ。山吹、歩けるか?肩の傷は痛うないか?」
「こたあもの、かすり傷でござんす」
うん。ヤンキーやってたころ、金属バットでお腹をフルスイングされたことに比べたらかすり傷、かすり傷。あれは痛かった……。
※※※
ああ……幸せ……あたし今、本多さまの隣にいます。ここに来てから会いたかった推しの一人にようやく会えました……!
生きてる推しとか贅沢すぎて気絶しそう。だって現代だと推しはみんな死んでるし。ヤバいヤバい呼吸ヤバい。
まあその隣にはお殿様もいるんだけど。ごめん正直いなくてもいいです。
肩の傷は縫いはしたけど骨まではいかない浅いものだった。本多さまの家のお抱えの医師だという人が丁寧に手当てをしてくれたのでひとまず血も止まったし。
でも感染が怖いから、戻ったら焼酎でじゃぶじゃぶ洗わないとなー。
「しかしあれは摩訶不思議な技だ。どこの道場で習った」
「無手勝……わっちが考えんした」
「ふうむ……なぜ梶井はあれだけの一撃で動かなくなった」
「顎は人体の急所でありんす。顎を強く打てば頭が働かなくなりんすえ」
「ほお」
「
「そうではなかろう。竹刀稽古ばかりの道場で、真剣を目の前にして
「あれ、それは褒めてくだしんすのか、猪武者だと言いんすか」
「褒めておる。___松平殿、此度は良き
「であろうであろう。山吹は江戸一番の好い女じゃ」
「これは相当惚れこんでおられるな。お上にだけは注意なされよ」
「わかっておる。山吹に一喝されて目が覚めた。国元の民を困らせることはせぬ」
「うむ、互いにな」
え、この二人、意外と仲良しなの?マ?!
ちょっと歴女として人物相関図作っていいですか。
それが数百年後に掘り起こされて歴女大歓喜とかしたいんですけど!
「さて、勝ったものには恩賞を与えねば。なんぞ望みはあるか」
本多さまがゆったりと聞く。
さすがにこれはマジ怒りされるかなー。
でも言っちゃえ言っちゃえ!たぶんこんなチャンスもう二度とない!
「されば……仕掛に数珠柄を使いんすことを願いささんす」
「はっはっは、それほど忠勝公が好きか」
「あい。好いております」
「松平殿、こう言っておるがいかがする?」
「……山吹の願いならば致し方あるまい」
「岡山松平がしおたれた犬のような顔を!罪な
<注>
竹刀稽古ばかりの道場:江戸中~後期は現代のように竹刀でのみ稽古をする道場が大半でした。
猪武者:深く物事を考えず突撃してくる猪のような戦い方の侍のこと。あまりいい意味では使われません。
仕掛に数珠柄:山吹の推しの忠勝さまが甲冑に大数珠をよくつけていたことから。
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