第37話 山吹御前試合の巻 七~決着



 じゃりり、と玉砂利を踏む足音がした。


 エモい。

 この状況でいだくには不謹慎な感情だけど、あたしの頭の中に浮かんだのはそれだった。


 だって、羽織袴にたすきを締めて、月代さかやきを綺麗に剃りあげた武士があたしと決闘するために現れるなんて……!


 あたしの命がかかってる?


 いいよ。

 人生なんて賭け金だ。

 あたしは自分に全額それを賭けるだけ。

 あたしはあたしを信じてるから。


 重い仕掛はお殿様に預けることにする。


 めずらしく、お殿様が真剣な顔であたしを見つめた。


「山吹……」

「何も言いささんすな。わっちを江戸中に広めたいのでありんしょう?そうさの、戻りんしたら中村座で鉄火山吹の武勇談の芝居でもかけてくだしんす」

「行くな……」

「安心なんせ。必ず戻って来んすゆえに。大門で言いかわしたこと、もうお忘れでござんすか。わっちはいつでもずっと吉原におりんすよ。殿さまを待っておりんすよ」


 それでもまだ何か言いたそうな殿様の頬に指先で触れて、あたしは笑ってみせる。


「それでは、山吹、行きささんす」


くるりと前に向き直り、トンファーを手に取って、あたしは笑みを顔から消す。


「こちらは用意ができんした」

「それがしも」


 凛々しい声で武士が答える。


「わっちは無手勝山吹流むてかちやまぶきりゅう、山吹でござんす。花魁ゆえに苗字はありんせん」

「それがし、一刀流いっとうりゅう、梶井弥七と申す」


 向かい合い、互いに武器を構える。


 そこで……本多さまの号令が飛んだ。


 早い!


 それが第一印象だった。


 最初の動きは袈裟切りと見せかけて胴をすくうように動く太刀筋。それをあたしは二本揃えたトンファーで何とか弾き返す。


 弥七は的確にあたしの武器を持つ手元、胴、首を狙ってくる。

 このときほどトンファーにアームガードがついていてよかったと思ったことはない。


 もちろんあたしだってやられっぱなしじゃない。隙を見て、肩に一撃、足元に一撃。

 ただ、素早い動きで繰り出される切っ先から身を守りながらだと、決着がつくほどのダメージは与えられない。


 そのときふと、足がもたついた。


 これをチャンスとばかりに、弥七が剣を振りかぶる!


 ……なんてね、待ってたんだよ、正面からまっすぐ刀が来るこの瞬間を!


 いまあんたは油断したね?あたしが足を滑らせたと。

 そして、勝ちを確信したね?

 だからその動きは大振りで隙だらけだよ!


 あたしは二本のトンファーを組み合わせて振り下ろされた刀身を動かないようきつく挟んだ!


 弥七の顔に動揺が走る。それでもそのまま力押しでじりじりと刃先を進める弥七。ちりっと肩に痛みが走る。やられた。でもこんなの皮一枚。それよりも、近づいてきてくれてありがとう。そんな思いを込めて、あたしは渾身の膝蹴りを弥七の腹にぶち込んだ。

 ぐにっと柔らかい感触。よし、入った!


 ぐうっと弥七のうめき声が聞こえる。刀からほんのすこし、力が抜けた。


 よし!今しかない!


 トンファーに挟んだままの刀を横に振り、すこしだけできた隙間から、あたしは弥七のひたいに思いっきり得意のチョーパンを入れる。

 

 それから左手のトンファーを投げ捨てて、がら空きになった顎にがっつりアッパー!


 人間の脳は水に浮かんだ豆腐みたいなもの。

 外から強い衝撃を与えればすぐに機能が鈍くなる。


 顎もおでこも脳を揺らせる急所のうち。


 思った通り、弥七はもう刀を握っているのがやっとのようだった。


 ごめん!そう思いながらとどめの一撃にキレッキレの前蹴りをみぞおちにキメる。

 弥七の体がきれいに吹っ飛び、どさりと玉砂利の上に落ちた。


 それに駆け寄り、握っていた刀をその手から引きはがして、玉砂利の中にぐいと突き刺す。

 これでもう刀は刃引きされたのと同じ。使えない。


 それから、縁側に座る憧れの推しの子孫へと顔を向けた。


「本多さま、勝負ありということでよろしゅうござんすか」




 



<注>

月代さかやき:武士の頭の毛のない部分。

中村座:江戸時代では最高に権威のあった芝居小屋。現在は焼失して残っていません。

無手勝むてかち:ここでは自己流の意味で使っています。

一刀流いっとうりゅう:江戸後期から明治まで連綿と栄えた北辰一刀流ほくしんいっとうりゅうの原型。基本的には竹刀や木剣での打ち込みを大事にする正統派の太刀筋の流派です。

チョーパン:ヤンキー用語で頭突きのことです。頭部を使うため打撃面積が広くとれ、また直接相手の頭にダメージを与えることができます。

みぞおち:水月とも呼ばれ、人体の急所の一つ。

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