第36話 山吹御前試合の巻 六~幕開け
白い玉砂利の敷き詰められた広い庭。
一段高いところには障子の開け放たれた御前試合を見るためのまだ誰もいない部屋。
はー……推しの子孫に会えるとか超ドキドキする。早く本多さま、いらっしゃらないかな。
「山吹、わしが贈った仕掛を着て来てくれたのだな。良く似合うぞ」
「鉄火山吹と言えばこれでありんすからなあ。わっちもこれを羽織りんすれば気の引き締まる思いですおりんす」
「うむ。赤の地に金が映えて
「さすがに御前試合にだらりの帯じゃあ勝てやしやんせん。わっちは勝つためにここに来なんした」
お殿様がふふっと笑う。
「わしはそなたのそういうところが好きだ。武芸に名高い本多の家でもう勝つ気でおる」
「負けるとはなから思えば勝てる
「そなたの言うとおりだ。そなたは武と美を備えたわしの珠。ありていに言えば、わしはそなたを吉原だけに囲い込むのが惜しい。
山吹はこれほど見事な女だと江戸中に広めたいのだ」
「ありがとうござりんす。その言葉だけでわっちは戦えんすよ」
※※※
座敷にお付きの人が現れ、それから本多さまがゆっくりと縁側に腰を下ろす。
「山吹と言うたな?」
「あい」
やば……マジやばい……呼吸困難になりそう……この人の中には忠勝さまの血が流れてるんだ……。蜻蛉切さわらせてくださいとか詰め寄ってみたい。つーか奪いたい。
「ここな松平殿から
「それは誉れでござりんすなあ」
「得物は巴のように薙刀か?」
「いな。わっちの得物はこたあ物でおりんす」
あたしはトンファーを本多さまに見せた。
「琉球流か。確かに変わった花魁だな」
「無手勝山吹流でありんすれば。
……されど、本多さまに確かめとうことがござんす」
「なんだ。申してみよ」
「御前試合は己が流派の技ならば何を使ってもいいと聞きんした。体術も禁忌ではないと」
「その通りだ。流派の技を尽くすのが御前試合。
「帰りやしやんせん。わっちは本多の忠勝さまを恋い慕っておりんす」
お殿様が目を見開く。
ごめん!でもあたし、忠勝さま推しなの!
「はぁっ、それはもう数代は前のこと。それでもおまえは忠勝の名にこだわるのか」
「あい。忠勝さまは
「酔狂な花魁もいたものだ。松平殿が贔屓にしているのならば、吉原にいれば栄耀栄華をきわめることもできるであろうに」
「本多さま、さようなことは言わんでおくんなんせ。わっちが好みんすのは勝つことでありんす」
「死んでもかまわんと言うのか」
「あい。勝負はいつも生か死かでありんすえ」
あたしが本多さまに潔く笑うと、お殿様が必死で肩を押さえてきた。
「山吹!わしが悪かった!もうやめい!今日はそなた総揚げにしようぞ!そなたがいなければわしは……わしは……」
なんだよもう、いまさら気づいたのかよ。
しょうがないお殿様だなあ、ほんとに。
だからあたしはその手を振り払う。
「心配ささんすな。わっちは鉄火山吹。負けなど知らん女でござんす」
<注>
わしが贈った仕掛:髪切りの対価 弐 で出てくる二人の記念の仕掛(花魁は打掛を仕掛と呼びます)
だらりの帯:遊女が胸の前で締めているだらりと垂れさがった帯。遊女以外にも家事労働をしなくていい身分の高い女性が締めていました。
くだしった:くださったの江戸訛りです。
体術:ケルナグール。
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