第31話 山吹御前試合の巻 壱

「山吹どん!桔梗花魁が!」


 座敷に入った桜がぱたぱたと駆け寄ってくる。

 こんなに慌てた様子はお殿様の部下と立ち回りして以来だ。めずらしい。


「もうあのようなことはせんとわっちらに頭を下げんした!」


 あ、そういうことか。

 やるじゃん。正々堂々の宣言通り。


「髪の償いにはなりんせんがとこれこの通り」


 桜が見せてくれたのは綺麗な和紙で作った折鶴と、一朱金の粒だった。


「山吹髷もういと!椿にもさせてやりたいから山吹どんに話をしてくれと!」


 うわ、なかなか根性あるなあ。

 山吹髷は今までにない形だからお客様にも好評だし、吉原の女たちの話題にもなってきてる。

 でも結えるのはあたしだけ。

 だからその人気になんとか乗ろうってことか。


 いいじゃんいいじゃん。そういう戦い方は嫌いじゃないよ。

 桜と梅にも筋を通してくれたしね。


「桜姉さん、それよりふみを……」

「あ、申し訳ないことでござりんす」

「ようござんすよ。桔梗どんが頭を下げればそれはうれしゅうてしょうがなさんすえ。

 それで、梅、文とは?」

「松平のお殿様からでありんす」


 金の火掻き棒(原寸大)男からの手紙。


 ……悪い予感しかない。


 だいたいあの人、好きな子に手紙書くなんて優雅なキャラ?

 会いたくなったら全力疾走して飛びついてくるちょっとイマイチな大型犬みたいなイメージなんですけど?


「渡しんしな」


 梅の手から手紙を受け取り中を見る。


 さすがお殿様。きれいな草書体。


 いやそんなことはどうでもいいんだ。中身が問題なんだ。


 うん……やっぱりあの人は火掻き棒男のままだった。


「御前試合……」


 要約すると、手紙には、あたしのケンカの腕を吉原に埋もれさせるのは惜しいと自慢しまくってたら、自分のところのお抱え武士と御前試合をさせたいという大名が現れた。どうだ嬉しいだろう。わしはすごいだろう。何しろ大大名の岡山松平であるからな!惚れ直したか?ああ、元から惚れているか、わしも罪つくりよのう。と、後半はどうでもいい自分語りでねじくれまくった内容が書いてあった。


 ……せっかくこっそりすませようとしたのになに堂々と自慢してんだバカ殿……。


「山吹どん、顔色が悪うござんす。薬師くすしを呼びんすか」

「心配ささんすな。ただ……」

「ただ?」

「お殿様の頭を一発ぶちたくなりんした……」


 え?という顔を桜と梅がする。

 それから、寝室の話でも書いてあったのかと想像したのか、頬を赤くした。


 それだったらまだマシだよ……花魁が御前試合ってなんのギャグだよ、絵ヅラを想像しただけでシュールなコントだよ。


 断ろう、そう思ったとき、あたしは手紙の中に憧れの名前を見つけてしまった。


 本多。


 御前試合を見たいと言ったのは三河の本多だ。という一文。


 本多本多本多本多!!!!!!!キタキタキタ!!!!!しかも宗家!


 家康に過ぎたるものは本多忠勝!!!!「ただ勝つ」から「忠勝」なり!!!!


 いやもう忠勝さまはお亡くなりあそばされてるはずだけどその最強さは武闘派歴女の永遠の憧れ!!!!

 長篠の戦いで土屋さまとも戦ってるんだよ!!推しと推しの戦いとかどんだけ贅沢なの……!


 それにあの鎧がまたエモいんだよねー!!!数珠がけツノつきの!

 しかも鎧のサイズから考えると体超ごついの!!!!一発張り手をかまされたい……!

 いやもういっそ蜻蛉切で突かれたい!


 なんで知ってるかって?


 推しの甲冑、武器を見に行くのは当たり前でしょーが!


 うちらにとってはアイドルグッズみたいなもんよ?


 ありがとうバカ殿。

 推しの一人に会える機会を作ってくれて。

 あ、バカは抜いてあげます。

 ありがとう、殿。


 なになに、しかもあたし用の武器を作ってくれるって?

 よし、きみは殿から殿さまにランクアップだ。


 御前試合に出るような武士はその家の中でもいちばんの手練れだろう。

 さすがに火掻き棒じゃ勝てる気がしない。


 うーん……特殊警棒を再現してもらってもいいけどアームガード付きの武器が欲しいな。ポン刀相手なら。


 なんかいい武器、いい武器……。


 ……トンファー!!!


 あれならこの時代にもあるはず!

 つーか普通に手に入るはず!!


 あーわくわくしてきたあ!本多さまの目の前でケンカができるなんて!


 もう勝つから。絶対勝つから。あたしも「ただ勝つ」するから。

 したらまずスタミナつけなきゃ。

 牛は……この時代はなかなか手に入らないから…お殿様に彦根藩に渡りをつけてもらうのも面倒だし。


 簡単に手に入ると言えばイノシシ。うん。好き。しかも強そう。


「桜、梅、ももんじ……山鯨の手配をおがみんす!」





<注>

うい:可愛い。年下や目下の物に使います。

一朱金:現代通貨で約6,000円

御前試合:将軍や大名の前で武芸者どうしで勝負を行うこと。山吹のいる時代では実際は真剣を用いることはごくまれであるとされていますが、ここでは山吹が武士ではなく花魁という軽い命だったということも踏まえ、真剣での勝負としました。

本多忠勝:天下の猛将。戦国最強。とにかくかっこいい。言動も戦いぶりもかっこいい。文句がある人はかかってこい。

家康に過ぎたるものは本多忠勝:忠勝さまがすごすぎたから家康にはもったいないよ。の意味

長篠の戦い:徳川家康&織田信長連合軍と武田勝頼の戦い。武田家の負けに終わりました。土屋さまの一族の一人もここで戦死しています。火掻き棒のお殿様、岡崎松平家の先祖はこの戦いで軍功を上げ、家康の娘と松平姓、名刀、大般若長光を賜っています。実際に見てきましたが、名刀の名に恥じぬものすごく綺麗な刀でした。

あの鎧がまたエモい:本多忠勝は甲冑に巨大な数珠を袈裟がけにしていることが多かったです。実物はものすごい迫力でした。さすが「ただ勝つ」様

蜻蛉切:本多忠勝の愛槍。日本三大名槍。レプリカしかなかなか実際に見る機会はありませんが、忠勝さまの武勇伝を聞くと、そのエレガントなたたずまいとのギャップに驚きます。

推しの甲冑、武器を見に行くのは当たり前でしょーが!:本当です。筆者は土屋さまコレクションも見に行きました。

トンファー:琉球古武術から普及した武器。棍棒にアームガードのついたような形をしていて、突いてよし、守ってよし、殴ってよし、のヤンキー向け武器です。(個人の意見です)

お殿様に彦根藩に渡りをつけてもらうのも面倒だし:江戸時代は牛肉の流通が少なく、食べる習慣もほぼありませんでした。例外は彦根藩でここからはおいしい牛肉が将軍家や大名家に出荷されていました。

山鯨:これはイノシシじゃありません。山の鯨なんです。だから食べてもいいんです。という言い訳的な名前。

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