第27話 髪切りの対価 参
「ういのう、ういのう」
お殿様が桜と梅を見て楽しそうに目を細める。
「かような
「山吹どんが考えんした山吹髷でおりんす。手ずから結っていただきんした」
「この髷でお座敷に出るのも初めてでありんす」
「ほう、そうか。わしは新しいものが大好きだ!山吹、良いもてなしに謝しようぞ」
「つたなき腕が喜ばれて何より。株は持っておりんせんがわっちの禿の髷を結うくらいならお目こぼしいただけんしょう」
「ははは。株を買ってやろうか?」
「わっちが髪結いになって花魁でなくなっても殿様はようござんすか?」
「……それは困る」
「でござんしょう?」
「うむ。そなたにはいつでもわしの話し相手になってもらわねば嫌なのだ」
「あれ
そう言いながらカリカリと手の甲を爪で軽くひっかいてやると、お殿様が目をぱちぱちさせた。
……可愛いかも。
「こ、子供じゃ。山吹の前では子供なのだ!悪いか!」
「ちいとも悪うござんせん。嬉しゅうおりんすよ。松平の名を戴く大大名がわっちの前では一人の
「そうか」
「あい」
「ならば、そ、その、わしが通っても迷惑ではないか」
「あれあれ、この童は何を言うのやら」
あたしは上からお殿様の手の甲を包むようにして、指と指をからませる。
「わっちはいつでもここで待っておりんす」
そのまま目を合わせて笑ってみせると、お殿様はあさっての方向を向いて口をとがらせながら、「そうか、そうか」と繰り返す。
……うん。可愛い。意外とこの人純情なのかもな。
純情さが向く方向が天然すぎてちょっとアレだけど。
「ま、まあそんなことはどうでもいいのだ!わしのような客が通うのは巳千歳にも山吹にも
ほらね。
この人は天然のちっちゃな子供の部分を持ってるんだ。
もー!可愛いかよ!
「あいあい、そうでござんすよ」
だからあたしもついついお母さんの気分で答えちゃう。
「この景気もうまいな。松葉を飾ったのは」
「松平さまを迎えるからでありんす」
「気がきくの。良い気分だ。味も良い。そなたが考えたというのはまことか?」
「まことでおりんすよ」
「学と美は花魁なら皆持つが、武と飯炊きもできるのはそなたくらいであろうなあ……珠玉とはかようなものを言うのであろうなあ……」
「……お口を開けなんし」
「ん?」という顔をしながらそれでも素直に口を開けたお殿様にケーキをあーんする。
「あんまり褒められんすと何やら体がかゆうなりんす」
そして、むぐむぐ口を動かしているお殿様の唇に「しーっ」の形で人差し指を当てた。
お殿様のむぐむぐが急に早くなる。
ぷはっと口を開けたお殿様がたんぽぽコーヒーを急いで口に含む。
「危ない危ない。相手が貂蝉であったのを忘れておったわ」
座がどっと沸く。
桜と梅も笑っていた。
あー、よかった……ようやく笑ってくれたね。
「貂蝉に手ずから菓子を貰い、わしは本当に愉快だ。董卓にも呂布にもこの貂蝉はやらぬ。お内儀、もっともっと盛大に宴をせよ。わしの貂蝉と禿に恥をかかせるな」
「畏まりました!」
お内儀さんが芸者衆のお姉さんに何か耳打ちして、小走りで部屋の外へ消えていく。たぶん、追加の台の物を手配に行ったんだろう。
芸者衆のお姉さんも、なんとなく中国っぽい踊りを踊りだした。
あ、あの刀を振るような仕草……貂蝉の舞を即興で真似してくれてるんだ!
さすがプロ……!
それに会わせて三味線を鳴らす人たちもプロ……!
やっぱ吉原ってすげい!!
「そういえばこの、うい髷の禿らは名はなんという」
「桜と梅でござんす」
「そうか。ほれ、桜と梅、小遣いじゃ。……このくらいならよかろう?」
「あい。この子らはほんに忠義者。殿様からも褒めてやってくだしんす」
「山吹の認めが出たぞ!ほれ、受け取れ。菓子でもなんでも買うがよい。
わしはこの山吹髷がまこと気に入った!忠義者も好きだ!桜、梅、そちらも山吹ともども引き立ててやろう!」
「ありがとうござりんす」
「うれしゅうおりんす」
ちんまりと座っていた桜と梅が微笑むと、座もなんとなく穏やかに緩む。
蚊帳の外の桔梗を除いて。
桔梗はただただ強張った顔で空中を見つめていた。
<注>
うい:可愛い。目下、年下に使うことが多いです。
株:江戸時代は髪結いは幕府に上納金を納め、「株」という権利を買うことで営業していました。無許可営業はダメです。
景気:ショートケーキが食べたくてたまらない山吹が作ったなんちゃってショートケーキ。詳細は「コーヒーを飲みながらケーキが食べたいのです」と「千里の道も一歩から。ナンバーワンになるために」で説明されています。
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