第26話 髪切りの対価 弐
「山吹、前よりも好い女になったな」
唖然としたままの桔梗には構わずに、お殿様があたしの前にどっかりと座る。
「あれ、殿様、まだ逢瀬は二度目でありんすよ」
「
「わっちは
「うむ。そなたは
「お口がうまくなりんしたなあ」
「惚れたからな」
「されどわっちは殿様を滅ぼしたりはしやんせんよ。貂蝉は情の女。わっちが貂蝉なら殿様は
「これはこれは。振られたのか褒められたのかわからんわ」
「それは自分で考えなんし。ただ……貂蝉は王允を信じておりんした」
「なるほど。……のう、まっこと好い女であろう?」
お殿様が後ろに控えるお供の人に話を振る。
あ、この前、足を叩きまくった人でした……。
ええと、その節はご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。
「は」
でも、その人がにこりと笑ってうなずいてくれてあたしは安心する。
さっきも一礼してくれたし、松平のお家大事に考えたあたしのことわかってくれたんだ。
うん。素直に嬉しい。よかった。
「ところでわしはそなたを括目させられたか?」
「あい。書を語り、想いを語る、かような深き方とは思いもしんせんでした。
「叩くな叩くな。わしは
「
「これは一本取られた。……ところで、桔梗というのはあれか?」
お殿様が、わけがわからないと言いたげにして、言葉も出ないで震えている桔梗に目をやる。
「あい」
「なぜそなたを差し置いて上座に」
「本日は桔梗殿総揚げでおりんすれば」
「そうは言ってもわしが会いに来たのはそなたよ。
「あ、お殿様、それより先は言っちゃあなりんせん」
「よいではないか。わしはそなたのその心根に惚れたのだ。廓の掟を破ってまで
「おやめくだしんす。桔梗殿がお気の毒……」
「下座の花魁と座るのはわしの流儀にあわん。それが惚れた女なら尚更だ」
「仕様がない方でおりんすなあ……」
桜、梅、ちゃんと見てる?
次に桔梗が何か仕掛けたら喉笛を切るって言ったよね。
あたしのことだから本当に切るって思ってたかもしれないけど、こういう方法の切り方もあるんだよ。
巳千歳の従業員が全員集まる前で恥をかく。花魁にとってはいちばんイヤなこと。
ねえ、あたし、少しは二人のなくした髪の代わりになれたかな?
「お内儀、よいな?」
お殿様に促され、お内儀さんは慌ててうなずく。
桔梗は目を見開いて茫然と立ち上がり、あたしは空いたその席へゆったりと網を打つ。
もちろん、桜と梅もあたしの両隣に。
「うむ。これでよい。では山吹に先日の礼を」
え?
もうイヤな予感しかしないんですけど。
これリセットしていいですか?
「鉄火山吹にふさわしい絵図はこれしかなかろう」
お殿様が誇らしげにばさりと広げたのは、
うわあ……。
「どうだ!」
どうだ!って、うわあ……としか……えええ、これ、あたし、着るの?マ?
「い、勇ましゅうて良き仕掛でありんすなあ……」
「だろう?随分と値が張ったがな、山吹にふさわしい……ああ、このような話をするとまた山吹に振られてしまうな。それから、これだ!」
桐箱の中に納められていたのは金の火掻き棒(原寸大)だった。
うわあ……うわあ……。
絶対この人お金の使い方間違ってる。
いや、人として根本的に間違ってる。
「わしがまた
「あい。承知いたしんした……」
<注>
上のようなことから、山吹と殿さまが交わしたのは、互いの教養を試すような会話でもあります。
なまなか:中途半端
金襴:最高級の織物。超高い
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