第26話 髪切りの対価 弐

「山吹、前よりも好い女になったな」


 唖然としたままの桔梗には構わずに、お殿様があたしの前にどっかりと座る。


「あれ、殿様、まだ逢瀬は二度目でありんすよ」

女子じょし、三日会わざれば括目かつもくしてみよ、だ」

「わっちは呂蒙りょもうじゃあありんせん」

「うむ。そなたは貂蝉ちょうせんだ。剣を持って舞う傾国けいこく……。一人で国を滅ぼせるのだから、そなたは強いの」

「お口がうまくなりんしたなあ」

「惚れたからな」

「されどわっちは殿様を滅ぼしたりはしやんせんよ。貂蝉は情の女。わっちが貂蝉なら殿様は王允おういんでござんす」

「これはこれは。振られたのか褒められたのかわからんわ」

「それは自分で考えなんし。ただ……貂蝉は王允を信じておりんした」

「なるほど。……のう、まっこと好い女であろう?」


 お殿様が後ろに控えるお供の人に話を振る。

 あ、この前、足を叩きまくった人でした……。

 ええと、その節はご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。


「は」


 でも、その人がにこりと笑ってうなずいてくれてあたしは安心する。

 さっきも一礼してくれたし、松平のお家大事に考えたあたしのことわかってくれたんだ。

 うん。素直に嬉しい。よかった。


「ところでわしはそなたを括目させられたか?」

「あい。書を語り、想いを語る、かような深き方とは思いもしんせんでした。初手しょてからそう指してくだしんすば、わっちもあのような立ち回りささんとすみなんしたのに……憎い方でおりんす」

「叩くな叩くな。わしは女子おなごというのを見下げておったからな。衣と小判を与えればあとはきゃっきゃと笑っておる。だが……それだけではないのだな」

女子おなごは心の中に蔵を持っておりんす。それを開けるか開けぬかは相手次第。殿様が見下げた女子おなごも蔵を開けぬだけやも知れませんえ」

「これは一本取られた。……ところで、桔梗というのはあれか?」


 お殿様が、わけがわからないと言いたげにして、言葉も出ないで震えている桔梗に目をやる。


「あい」

「なぜそなたを差し置いて上座に」

「本日は桔梗殿総揚げでおりんすれば」

「そうは言ってもわしが会いに来たのはそなたよ。朋輩ほうばいの桔梗が客に振られたから慰めてくれと頼むそなたの顔を立て、廓の掟も破り……」

「あ、お殿様、それより先は言っちゃあなりんせん」

「よいではないか。わしはそなたのその心根に惚れたのだ。廓の掟を破ってまでともがらに心を配るなどなまなかなこころざしでできることではないわ。だからわしは今日、巳千歳の総揚げをすることに決めたのだ。桔梗、悪いが山吹と席を替われ」

「おやめくだしんす。桔梗殿がお気の毒……」

「下座の花魁と座るのはわしの流儀にあわん。それが惚れた女なら尚更だ」

「仕様がない方でおりんすなあ……」


 桜、梅、ちゃんと見てる?

 次に桔梗が何か仕掛けたら喉笛を切るって言ったよね。

 あたしのことだから本当に切るって思ってたかもしれないけど、こういう方法の切り方もあるんだよ。


 巳千歳の従業員が全員集まる前で恥をかく。花魁にとってはいちばんイヤなこと。


 ねえ、あたし、少しは二人のなくした髪の代わりになれたかな?


「お内儀、よいな?」


 お殿様に促され、お内儀さんは慌ててうなずく。


 桔梗は目を見開いて茫然と立ち上がり、あたしは空いたその席へゆったりと網を打つ。

 もちろん、桜と梅もあたしの両隣に。


「うむ。これでよい。では山吹に先日の礼を」


 え?

 もうイヤな予感しかしないんですけど。

 これリセットしていいですか?


「鉄火山吹にふさわしい絵図はこれしかなかろう」


 お殿様が誇らしげにばさりと広げたのは、赤繻子地あかしゅすじの背にぶっ違いの金の火掻き棒が織り込まれた金襴の仕掛。


 うわあ……。


「どうだ!」


 どうだ!って、うわあ……としか……えええ、これ、あたし、着るの?マ?


「い、勇ましゅうて良き仕掛でありんすなあ……」

「だろう?随分と値が張ったがな、山吹にふさわしい……ああ、このような話をするとまた山吹に振られてしまうな。それから、これだ!」


 桐箱の中に納められていたのは金の火掻き棒(原寸大)だった。


 うわあ……うわあ……。

 絶対この人お金の使い方間違ってる。

 いや、人として根本的に間違ってる。


「わしがまたあやまとうたらこれで叩け。あ、軽くな。ごく軽くで頼むぞ」

「あい。承知いたしんした……」








<注>

女子じょし、三日会わざれば括目かつもくしてみよ:男子、三日会わざれば括目かつもくしてみよ。という三国志由来の故事成語。武芸ばかりでアホだった男が上司に「勉強もしろ」と諭された。しばらくして上司の知り合いが男に会ったら男は勉強して賢くなっていた。「いつまでもアホちゃんじゃないんだな」とびっくりする知り合いに「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし(士たるもの、別れて三日くらいすればかなり成長するんです。だから次に会う時は目をこすってちゃんとした目で会わなきゃダメですよ)」と答えたことのもじりです。

呂蒙りょもう:上記の故事成語に出てきたアホちゃん。

貂蝉ちょうせん:三国志に登場する伝説の美女。当時、悪政を行っていた董卓とうたく呂布りょふの仲良しコンビを内側から切り崩すため、自ら志願して後宮に上がり、最終的には美貌と知恵で仲良しコンビを崩壊させ、悪政に終止符を打った智と度胸の女性。現在では架空の人物と言われています。

王允おういん:貂蝉の育ての親。互いに全幅の信頼を置き、貂蝉をサポートする。


上のようなことから、山吹と殿さまが交わしたのは、互いの教養を試すような会話でもあります。


初手しょてからそう指してくだしんすば:囲碁、将棋の用語。初手しょては初めに指す手のことで、それと初会の殿さまの態度をかけている。

っ違い:同じ模様を斜めに交差させたもの。海賊のドクロマークの骨の部分を想像してください。

ともがら:仲間

なまなか:中途半端

金襴:最高級の織物。超高い

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