ナンバーワンキャバ嬢、江戸時代の花魁と体が入れ替わったので、江戸でもナンバーワンを目指してみる~歴女で元ヤンは無敵です~【書籍化:江戸の花魁と入れ替わったので、花街の頂点を目指してみる1~3巻】
第24話 火箸アイロンでキャバ風盛り髪~桔梗ふたたび~
第24話 火箸アイロンでキャバ風盛り髪~桔梗ふたたび~
まだ昼見世が始まる前だった。
ふええ、ふええ、と細い泣き声が襖越しに聞こえる。
それに混じって小さな涙声も。
この声、桜……?梅……?
「こたあ頭、山吹どんに会わせる顔がありんせん」
「桜姉さん、それはおいらも同じ。それでも山吹どんに詫びを入れにゃあなりんせん」
「おいらたち、お座敷に出られや……しやんせんもんなあ……」
え?!
何それ?!
あたしが襖を慌てて開けると、目の前には髪をざきざきに切られた桜と梅がいた。
※※※
「桔梗どんが来んして……」
「何が三十一万石だ、鉄火の山吹だと……」
すんすんと鼻をすする二人の顔を懐紙で拭ってやりながら、あたしは話の続きを聞く。
どうやら、馴染に振られた桔梗が酔って桜と梅のところに押しかけ、なんだかんだと因縁をつけて髪を切ったらしい。
それでもまだほんの少し理性は残っていたようで、二人の髪はばっさり切られたわけではなく、毛先をギザギザにされただけだった。
でも。
毛一筋乱さずにきっちりと結い上げるのが美しいとされていたこの時代にこれはキツイ。
短いとこに合わせて毛先を切りそろえたら、いくら頑張っても
「まっこと申し訳ござりんせん……。わっちらの落ち度でござりんす」
なんで謝るん、桜?
なんであたしのことをすまなそうな顔で見るん、梅?
違うじゃん!
悪いのは桔梗じゃん!!
二人が謝る必要、ない!
大丈夫!あたしがなんとか二人をお座敷に出せる頭にしてみせる!
「謝りんすな。悪いのは桔梗。安心なんせ。わっちがうまくやりんすよ」
二人の肩をポンポンと叩いて、あたしはにっこり笑って見せる。
「のう、桜、梅、わっちが負けたことがありんしたか?」
※※※
火鉢に
それが充分に熱くなったところで抜いて、灰を落とし、「桜、来なんし」と呼んだ。
桜の目が怯えを帯びる。
だから「こたあ物で罰など与えやしやんせん」と付け加えて、もう一度桜を呼んだ。
おずおずと近寄ってきた桜の髪を手に取り、火箸で毛束を挟む。
そう!火箸の役目はキャバ嬢御用達のアイロン!
片方がゲキアツで片方が冷えてる細長い鉄の物体とかマジアイロンじゃん?
うちらはこれでぐるぐる盛り髪作りまくりだったから、使うのにも自信あるし!
この、びんつけ油ってのは髪を結うとき必須の物なんだけど、「油」なんていうくせに、超固いねばねばワックスと変わらないから、うちらが盛り髪するのと同じ感じで使えるしねー。
「熱ければ遠慮なく言いなんし」
そう言葉をかけながら、あたしは桜の髪をキャバ風盛り髪、でもこの時代に合わせてふわふわアホ毛つきじゃなくて、びんつけ油でびしっとまとめて巻いていく。
もちろんなんちゃって
うん!細かくブロック分けして巻いたからツンツンも出ないし、よきじゃん?
つか、こゆ盛り髪も可愛いかもー!
ハンパな遊女風盛り髪より着物映えする!
それに、どうせうちら遊女は月イチでしか髪を洗えないからこのまま一か月もすれば、次の洗髪日には毛先を整えることができるし、そのくらいの間なら山吹の酔狂でこの盛り髪も通るでしょー。
「できんした。桜、鏡を見なんし。山吹髷でござんす」
「わ。こたあ髷、見たことござりんせん」
「わっちの考えた型でありんすからな。これなら髪を切られたこともわかりんせんえ。不満やもありんせんが、髪が伸びるまで辛抱しなんし」
「辛抱どころか……あの髪を見事な型に仕上げてくださりんしたこと、ありがとうござりんす!」
「桜姉さん、よう似合っておりんす」
「何を
梅の髪も火箸アイロンで巻きながら、あたしは桔梗のことを考えていた。
あたしじゃなく、あたしの可愛い禿に手を出すなんてねえ……この値段は高くつくよ、桔梗。
<注>
こたあ:江戸言葉。こんな
どうせうちら遊女は月イチでしか髪を洗えない:遊女の待遇が悪かったわけでなく、この時代のきっちりと髪を結い上げた人々は、ほぼ毎日入浴はしても半月やひと月は髪は洗わないことが多かったのでした。びんつけ油のねばねばを落とすのが大変だし髪を結うのも大変だからです。成人式や結婚式で髪を結ったことがある女性なら、セットした頭を作るのも崩すのも大変なのがわかると思います。髪を毎日洗うようになったのは昭和後期くらいからです。昭和初期のマナーブックにも、女性の洗髪は五日に一度程度…と今では想像できないことが書いてありました。
びんつけ油:江戸時代のワックス。髪を結う時必ず使いました。ものすごくねばねばで髪をがちっと固めてくれます。
アイロン:ここでのアイロンは服のシワを伸ばすものでなく、髪をくるくる巻いたりしてセットする二本のスティックで構成された美容道具を指します。
つまみ細工の花かんざし:造花や花かんざしで髪を飾れるのは町娘なら嫁に行くまで、遊女なら禿まででした。それ以降は「もう娘ではない」ということで銀やべっこうなどに移行していきます。
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