第22話 山吹、一世一代の大芝居

「さて、これにて山吹の素人芝居、果し合いの段、幕でござんす」


 すっと立ち上がった後、あたしはぱんぱんと手を叩き、お殿様に向かって一礼した。


「かくも見世物じみたこと、もういかほど小判を積まれてもやりんせんからな」


 それから、あたしは親父ごてさんとお内儀さんに目で合図する。


「あ、ああっ、そうだよ。山吹の芝居をただで見ようなんてなんて料簡だい。さあ座敷へお帰り、お帰り」


 名残惜しげな客と遊女をそれぞれの座敷に押し込めていくお内儀さんを横目に、あたしは桜と梅に仕掛を着せてもらう。


 そして、倒れたままだった御武家様の手を取って体を起こさせた。


「わっちは名乗りを上げて勝負をお願いささんした。お武家様は殿に頼まれてわっちとの勝負の芝居に付き合いなんした。殿もそれでようござんすな。これは私闘ではなさしんす。ただの果し合いのお芝居でござんすよ」

「しかしこうなれば私は腹を……」

外様とざまのお方が吉原で斬り合いなぞして、あげく腹まで召しんしたら面倒なことになりんしょう。引きの刀と火掻き棒の芝居ならおかみのお叱りも小さくすみなんす。……刃引きでおりんすな?」


 御武家様も頭が冷えたのか、素直にこくこくとうなずく。


 いくら松平の名前をいただいていても所詮は外様。

 無礼討ちを仕掛けて逆に負けたとなったら___それも吉原の花魁に___この人が切腹するくらいじゃすまない。

 藩そのものの御取り潰しや、小藩への所替えになってもおかしくない。


 お殿様も今頃それに気が付いたのか真っ青な顔をしていた。


「ならば人は斬れんでござんしょう。お芝居、お芝居、酔狂なお殿様の頼みで演じた芝居でありんすよ。さ、お武家様はお手当てを受けてくだしんす。思わず力が入ってしまい申し訳ないことをいたしんした」

「……あいすまぬ。御配慮、感謝する」

「気にささんすな。裏を返してもらえなさんせばわっちも困りますからの」


 他の御供と親父さんに連れられて、とりあえず内所に連れられていくお武家様。

 それを見てふふ、と笑うと、まだそこにいたお殿様ががばりと頭を下げた。


「山吹、礼を言う!」

「こちらこそほこを収めていただきんしたこと礼を申し上げんす。ありがとうござりんした」


 うん。これマジ。

 ここで後に退いてくれなかったらどうしようかと思ってたし。

 ハラキリ覚悟で向かってこられて人を殺すハメになるのもイヤだし、藩がなくなってご城下の人たちが路頭に迷うのもイヤだし。


「……惚れた!」


 は?


「惚れたぞ、山吹!この場においても客を気遣うその気風、刑部の言うとおりそなたは当代随一の花魁だ!……それにその武の腕……巴御前や鶴姫のよう……武と美、そなたはわしのまこと好いたらしい女よ……」


 ……火掻き棒で一発ぶん殴ったら正気に戻るかな、この人。


「そなたをまた腹立たせてしまうかもしれぬが、今日の迷惑のあたいとして小判を贈りたい。……すまぬ……わしはこのような方法しか知らぬのだ……」

「わっちは充分な揚げ代をいただいておりんす。それは親父さんとお内儀さんに……ああ、冥土まで付き合うと駄々をこねんしたわっちの禿らに小遣いの小判を一枚ずついただきんしょう」

「それではわしの気持ちが……」

「また来てくだしんす。それが何よりわっちが喜ぶことでありんすえ」

「来てもよいのか。このそうな騒ぎを起こしたのだぞ」

「ようござんす。ただ、もう芝居をさせるのは勘弁してくんなんし。それともう少しお口に気を付けなんせ」

「うむ。そなたの言うことはもっともだ。次は気を付ける。そなたはまことにい女だな」


 なんかこの人と話してると力が抜ける―……。

 この人、ただのバカでそんなに悪い人じゃないのかもなー……。

 叱られた犬みたいな顔になってるしなー……。






<注>

引き:切れないように細工のしてある芝居などに使う刀

かみ:将軍家

無礼討ち:いわゆる「切り捨て御免」のこと。武士の特権でしたが勝っても処罰やかたき討ちの的になる、負ければ切腹と面倒この上ないのでほとんど行われませんでした。特にこの話のように遊里で遊女に負けたとなれば本人が切腹する程度ではすみません。

御取り潰し:改易のこと。身分を取り上げ、大名であれば城を含む藩も取り上げられます。事実上の一家断絶です。

所替え:大名が藩を替わること。ここでは罰則的な意味で小さく貧しい藩に左遷されることを言っています。

巴御前:美貌を謳われた女武者。実在の史書に「一騎当千」と書かれたほど強い。

鶴姫:水軍を率いたと言われている姫。可憐ながら苛烈だったとも。実在を疑う説もありますが、個人的に実際に鶴姫の甲冑を見た時の感慨が忘れられず、ここでは実在として扱っています。ふっくらとした胸部ときりりと細い胴が印象的な美しい甲冑でした。


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