第21話 御武家とキャバ嬢とお殿様 参 

「山吹を出せ!隠し立てすると為にならんぞ!」と白刃を振り回しながらわめく男。 

 それを必死でなだめているお内儀さんと、お殿様に何度も頭を下げている親父ごてさん。


 その周りをずらりと囲んでいる野次馬の遊女と客の人垣。


 それをかき分け、左右に桜と梅を従えながらあたしはゆったりと歩いていく。

 ちょっと花魁道中みたいで気持ちいいかも……。


「やめなんし。わっちは逃げも隠れもしやんせん」

「来たか、女郎!そっ首落とし……」

「まあ待ちなんしな。やっとう使いの御武家さまが空手からての花魁の首を落としたとてなんの誉れにもなりんせん。ここはご勝負と参りんしょう。わっちが負けんしたらこの首を、勝ちんしたらこの場は潔う退きなんし」

「はは!女郎が?私は長いこと心形刀流を学んでおる。だからかように殿の御供をしているのだ。殿へのあのような辱め……さっさとそっ首差し出すがいい。なに、そのあと私も卑しき者を殺したとして腹を切る。地獄行きは一人連れではないから安心せよ」

「心形刀流……二刀の伝もありんすな。ようござんした。それならわっちも卑怯と呼ばれずにすみささんすえ」

「何?!」

「桜、梅、仕掛の預かりをおがみんす」


 桜と梅に重い仕掛を渡し、あたしはまた前へと向き直った。


 そして、火掻き棒を両手に構える。

 ヤンキー時代のあたしの得物えもの、特殊警棒にそっくりなこれが役に立つ日が来るなんてね。


「無手勝二刀流、山吹、参りんす」

「こっの……!女郎がぁ!」


 男がだんっと飛び上がり袈裟がけに斬ろうとするのを右手の火掻き棒で受け止めて、そのまま円を描くように受け流す!


 左腕の火掻き棒はがら空きになった男の横っ腹に!


 甘すぎる!

 名乗りを上げてスデゴロタイマンなんて甘いヤツばっかじゃない世界で生きてきたんだよ、あたしは!

 ポン刀だろうが金属バットの集団だろうがこの二本で叩きのめしてきたんだ!


「二刀を使いなんし!卑怯と呼ばれるのは花魁の恥!」

「黙れぃ!女郎!」


 殴られたときはうぐっと呻いたけど、男は瞬時に言い返してきた。


 お殿様のSPに選ばれるだけあっていい根性してるじゃん。楽しいねえ。


 でもなんで不利な一刀のまま……?


「御武家様、二刀が使えんのでござんすか?」

「黙れと言っておるだろうがぁっ!」


 あ、ヤバ、地雷踏んじゃったみたい。


 男がしゃにむに斬りかかってくる。


 ガキッ、ガキッ、ガキッ、鉄が鉄を受け止めるいい音!あたしの大好きな音!

 でもこんなん、踏み込みもあまーい!!


「されど、人を殺したことのない者に人は殺せませんえ!」


 右手の火掻き棒の先端のカギの部分で刃を固定し、男のみぞおちと膝に左手の火掻き棒の先端を叩きこむ!

 膝には容赦なく連打!骨が折れるまで!


 男の体ががくんと崩れ落ちる。


 仰向けに倒れたその腕の刀をまずは遠くへ蹴り飛ばし、あたしは渾身の力を込めて男へと火掻き棒を振り降ろした。


「女郎女郎と言わせておけば!鉄火の山吹、お舐めでないよッ!!」


 真っ青になった男が、火掻き棒が二本とも顔ギリギリだけど床に突き刺さっているのを見て、はっはっと荒い息を漏らす。


「……で、ありんすっ」


 可愛く締めたつもりなんだけど……あれ、なんかしんとしてる。

 滑っちゃった?






<注>

白刃:鞘から抜いた刀

親父ごてさん:楼主のこと。これ以外にも「おやじさん」などの呼び名はありますが、遊女が楼主を名前で呼ぶことは基本はありえません。現実で社長を名前だけで呼ばないのと同じです。

やっとう:剣術

空手:ここでは武道の空手ではなく「手に何も持っていない」の意味です。

心剣刀流:現在は三重県を本拠地とする剣術の流派。二刀流の型もあります。

得物:ここでは武器のこと。ヤンキー系列の人の言葉です。

特殊警棒:警察官も携帯している強固な警棒です。ヤンキーの人に人気があります。(所持は法に触れる場合があるのでご注意ください)

無手勝二刀流:無手勝流はここでは自己流の意味で使っています。

スデゴロ:武器を使わないケンカ

タイマン:一対一の勝負

ポン刀:日本刀

人を殺したことのない者に人は殺せませんえ:江戸中期、後期は当たり前ですが戦争がなかったため、武士も道場で稽古をするだけで、実際に人を斬ったことがあるのはごく少数でした。徳川吉宗が「もっと武術磨け令」を出しましたがあまり効果はありませんでした。

山吹ももちろん殺人はしたことがないので人は殺せません。

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