第20話 御武家とキャバ嬢とお殿様 弐

 慌てた様子のやり手に連れられていつものように引付座敷へ向かうと、そこはもう芸者衆の嬌声きょうせいや幇間の笑い声で溢れていた。


 その真ん中ではくつろいだ様子で、この時代にしては大柄な男が座っている。

 あれが松平のお殿様かあ……。


「おう、そなたが山吹か!はよう!はよう!ああ、おまえはもういい!」


 それまで横についてお酌をしていた芸者のお姉さんが突き飛ばされ、きゃっと声をあげる。


 うわ。ひく。マジありえんし。


「刑部からおまえの話を聞いてな。粋で気風のいい当代随一の花魁だと……わしもいろいろ遊んでは来たが、こんなみせにそんないい女がいるとは知らなんだ。各地の膳の報告なぞよりよほど役に立ったわ!」


 あーコイツあれだ。


 俺金あるし遊び慣れてるしイケてるっしょ。だからアフターでホテル行こう系。


 別にそんなの全然イケてないのに、店のことサゲてあたしのことアゲられても全然嬉しくないのに、それもわかんないダサダサ男。


「しかしそれにしては随分と可愛らしい顔をしているな。まだ生娘きむすめのような……刑部もその差に参ったか。なるほど、真面目一辺倒かと思っていたが初会で床入れとはあやつもなかなかやりよる」


 っ……ざけんなよこのバカ殿!!!


 式部さんはそんな人じゃない。あたしに礼を尽くしてくれたからあたしもそれに応えたんだ。初会だけどキスしたんだ。

 だから式部さんはあたしのこと、一生忘れないって。

 あたしだってきっと、式部さんのこと忘れない。

 二度と会うことはなくても最高のお客様として……。


 あたしはお殿様の上座にできるだけ離れて座る。壁に背中がくっつくくらいに。

 もちろん目も合わせないし口もきかない。


 遊び慣れてるんならわかるでしょ?これが花魁の本当の初会のやり方だよ。


 不機嫌そうなあたしに気を遣ったのか、幇間が盃を持ってくる。

 あたしはそれをぐいと飲み干す。


 花魁のルールは破らない。

 でも、それだけ。


 それ以上のことは絶対しない。


 どんな御大身でもプライドまで売ったら、ナンバーワンの鉄火のアンナはただの売女ばいたに堕ちるんだよ!


「これ山吹、愛想がないのう。なんだ、揚げ代では不服か?ではこちらも粋なところを見せてやろう」


 くい、とお殿様が顎をしゃくると幇間が小判を座敷にばらまきだした。


「山吹殿にふさわしい山吹色の花を咲かせましょう。芸者の姉さん方もさあどうぞ。殿のお慈悲でございまするー」


 音を立てて座敷に降り積もる小判。さっき突き飛ばされたお姉さんも必死で拾ってる。


 ダセェ。


 あたしの頭の中で何かがキレた。


 そういえばあたし、キャバ嬢だったころから、札束で頭をぶん殴るような客が大嫌いだったんだよね!!


 あたしはすいと席を立ち、自分の座敷へと戻ろうとする。


 初めてお殿様の顔に狼狽の色が走った。


「山吹?!」

「初会でありんす。わけがわからぬのなら細見を見なんせ」

「……刑部には!刑部には許したくせに!この女郎じょろうめ!まだ金が足りんのか?!ほら、ではもっと撒いてやる!拾え!拾え、女郎!」

「刑部殿とわっちは何もござんせん。床にも入っておりんせん。わっちのこの振る舞いも刑部殿にはなんの関わりもないこと。まさかこれで刑部殿を責めるような野暮天やぼてんではなさしんすな?これまでよう遊びんしてござんしょう?」


 殿さまがぐっと唇を噛む。


「ゆえに今日はもう帰りんしな」






                  ※※※





 あーイラつくー!

 歴女的に岡山藩は尊敬してたのにあんなバカ殿がいたなんてー!!!

 ばかー!!!!!


 あたしは自分の部屋で手酌で一杯くいっとやりながら月に吠える。


 まあいいや。今日はこの後、お馴染の筆屋伊兵衛さまが来てくれる予定だし……。

 歴女的にリアルな歴史がわかったって思ってよかったと思っとこ。


 あーあ。実際に見ちゃうと嫌な部分も見えちゃうんだなー。

 土屋さまもそうだったらどうしよう……。と、かってにしゅんとなってると、ばたばたした足音と悲鳴のような桜と梅の声が聞こえた。


 えー、めずらしい。桜と梅はいつも模範的に物静かに歩く禿なのに。


 と思ったら。


「山吹どん!松平のお殿様の連れの家中の方がお暴れでござんす!」


 は?!


「刀も無理やり取り返しんして、山吹どんを手討ちにすると!逃げてくだしんす!」


 はあああ?!


 ふざけんじゃねえよ、この野郎!


「桜、梅、火掻き棒を二本持ってきてくだしんす」


「山吹どん?!」


「安心なさんし。わっちは花魁。これも綺麗に片づけんすよ」


 あたしは元ヤン時代の顔でにっこりと笑った。







<注>

刀も無理やり取り返しんして:廓に入るときは武士や帯刀している人物は、必ず楼主が詰めている内所に刀を預けるのが決まりでした。

火掻き棒:かまどや風呂など火を起こす必要があるもののための棒。燃えている所をかき混ぜて空気を通し火の勢いを調整する。固く頑丈な鉄の棒で先がかぎ型に曲がっていることが多いです。長さもあります。

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