第19話 御武家とキャバ嬢とお殿様 壱

 ちゃりり……式部さんが残してくれた簪を振るととても綺麗な音がする。

 本当に苦労していいものをオーダーしてくれたんだな……銀の粒の丸さひとつひとつに少しも歪みがない。


 その音を聴きながらあれからの怒涛の日々を振り返る……。


 お内儀さんにはひと月と期日を切ったけど、それどこじゃなかった。


 SNSも雑誌もない世界の口コミをあたし、舐めてた。


 まずその日の夜見世に式部さんの朋輩だという人が来て、「刑部おさかべの夢を叶えてくれてまことにありがたし」と深々と頭を下げられた。


 その人が式部さんが言ってた冗談ばかり言ってる江戸詰めの人で、国元にいるときに式部さんからさんざんあたしの話を聞かされてたらしい。


 でも江戸に出てきて、田舎侍が吉原でどれだけ馬鹿にされてるかわかって……裏も返せない式部さんにはきっと花魁のあたしは会わないと思ってたんだって。だけど可哀そうで言えなかったって。


「それがあのような粋な気働き……刑部は江戸屋敷でも公務のない時はいつも山吹殿の話をしておりました。夢見た天女は心根も天女であったと。刑部は国元で奉行を勤めておりますから、もう江戸にくることはないでしょう。

 かわりに私が山吹殿の馴染となりたき次第。幼少のころからの朋輩に、あのような嬉しき顔をさせてくれたせめてもの礼……」


 それを皮切りに。


 松平さまの江戸屋敷の人たちや、そこから噂を聴きつけた人たちがどんどんあたしを指名しまくって。今では。


『巳千歳の山吹は人情篤く粋なことこの上なし』


 ……らしいよ……あたし……。


 いやいいんだけど!

 昼も夜もみせは大賑わいだし、相乗効果であたし以外を指名するお客さんも増えてるし、山吹が考えた料理ってことで恋秘と景気も売れまくってるし!


 でも!疲れたああああ!


 キャバは夜だけだったからなあ…。昼も仕事がある花魁て何気にきつい。


「はふう……」


 でも本物のナンバーワン花魁は毎日がこうなんだよね。

 だったらあたしもやってやろうじゃん!


 なんて思わず拳を握って構えたり、ヤンキー時代の癖でつい親指を中に握りこんじゃうのに笑ったりしてると、桜と梅の声が聞こえた。


「山吹どん、入りんす」

「お入りなんし。今日は琴の稽古をささんすよ。ただの琴のではなく花魁の琴の弾き方の稽古でありんす」

「それはほんに有難きこと。されど山吹どん、少しは休みなんし……わっちらにまで気ぃを遣わんでくだしんす」


 桜がそう言うと、梅がことりと無言でコーヒーとケーキを卓の上に置いてくれる。


「恋秘、よう売れてるそうでござんす。景気も。……どうか、夜見世が始めるまで山吹どんは息を継ぐようおがみんす」

「そうは言っても、近頃二人に稽古をつけることが減って、わっちは気が急いてたまりやせん」

「いいえ、生意気を申しんすが、山吹どんが寮で教えてくだすった唄い方、二人でいつも精進しておりんす」

「このごろは、口を大きゅう開けることも少のうなりんした」


 梅が可愛らしいおちょぼ口で一節ひとふし唄う。

 お、いいじゃんいいじゃん。

 上手かよ!


「あ、それでは、わっちらの唄を聴いてくだしんす。稽古が行き届いているか、山吹どんに聴かせとうござんす」

「ああ、梅、そういたしんしょう。山吹どんはそこでゆっくりしておくんなんし」


 ……いい子たちだなー……。


 ぽかぽか陽気にコーヒーとケーキ、それに綺麗な声の唄……現代に戻ったみたい……あ、ちょっと眠いかも……。






                  ※※※






「山吹!」


 やり手の大声が聞こえて、あたしははっと体を上げる。

 卓に突っ伏して寝ちゃってたみたいだ。


 そっか、桜と梅はあたしを休ませようとしてくれたんだね……ありがと。


 て、なんでやり手がこんななんて例えたらいいわけわかんない顔してんの?!


 あたしやらかした?!


「あんた、松平のお殿様があんたに会いたいってさ!」


 ええええええ!!!!マ?!!!!!!


「この前のりゃんこにおまえのことを聞かれたそうだよ!はあ、あんた人を見る目があったんだねえ」


 ううっそー!!マジ?!


 ヤバい!パない!三十一万石


 式部さんありがとう!枝どころじゃなくてあなたは大木を連れてきてくれました!




<注>

息を継ぐ:一休みすること。

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