第18話 キャバ嬢の意気、花魁の意気

 段梯子を登ってまずは引付座敷へと向かう。

 やり手曰く浅葱裏のりゃんこは、背筋を伸ばし肘を体にぴたりとくっつける超模範的な型でそこに座っていた。


 連れてきた引手茶屋の女将らしいのも幇間ほうかんも芸者も一生懸命場を盛り上げようとしてるけど、緊張してるのか、その表情はぴくりとも動かない。目の前に並んだ膳にも手を付けていない。


 うっわ超武士!!!


 ヤバいヤバいまじヤバい!!!エモすぎる!!!


 初めて本物の武士間近で見たよー!!!

 はー……ほんとよき……。


 その武士があたしの気配に気づいて正座したまま頭を下げる。


「これは山吹殿!それがし、刑部おさかべ式部しきぶと申します。山吹殿にお会いできることを夢見ておりました!」


 あーやばー……三十代ぐらいでまげが似合う細面とかもうど直球じゃん……。


「すぐに国元に帰ればならぬ田舎侍の身であれど、今勝山いまかつやま細見さいけんに描かれた山吹殿にお会いできること、これよりの果報はあり得ませぬ」


「さよでありんすか」


 式部も引手茶屋の女将もはっと目を見開く。


 初会で、しかもこれから先の馴染になることもない式部の近くに上座とはいえあたしが座ったからだ。


「式部殿は今日を過ぎたら二度とは会えぬわっちに礼を尽くしんした」


 伝統はあっても今は中見世に近い巳千歳なら、引手茶屋に大金を払わなくても登楼できる。

 でも目の前の刑部式部という武士はあたしに筋を通してくれたんだ。

 呼ばなくてもいい幇間や芸者衆まで呼んで、食べもしない高い膳まで頼んで。


「その心意気受け取りんした。ならばわっちも礼を尽くしんしょう」


 膳に並べられた盃を飲み欲し、あたしはにっこりと笑う。


「花魁にも花魁の心意気がありんすえ」





                    ※※※





 式部を通したあたしの座敷には、贅沢な台の物や酒が所狭しと並べられていた。


「山吹殿には振られるやもしれないとばかり思っていましたが、まさか思いが遂げられたら、細見にある通りに山吹殿にふさわしいことをしようと思い詰めておりました」


 引付座敷にいた時よりは表情が柔らかくなった式部が、少し恥ずかしそうに言う。


 それにはかまわずあたしは式部の上座にばさりと網を打ち、「座りなんし」とだけ言った。

 あまり親しみすぎてもいけない。あたしはこの一回限りの逢瀬で、この人が一生あたしに会えたことを周りに自慢するような花魁を演じるんだ。


「は。では失礼します」


 式部が下座に腰を下ろす。


「まずは飲みなんし」

「山吹殿は……ああ、初会では召し上がらないのでしたね。なにしろ吉原に来るのは初めてで何事も不調法で申し訳ない」

「誰にも初めてということはありんす。はなから通な方などおりんせん。剣の名人も稽古して初めて名人になりんす」

「はは……その通りだ。では一献」

「注ぎんす」


 大ぶりの杯になみなみと酒を注ぐと、式部はそれを押し頂くようにした。


「飲むに琴でも聴きんすか」


 自らを田舎武士だと卑下するこの人には三味線より高貴な感じの琴がいいだろうと、あたしは琴爪をつけ、琴糸きんしをつま弾きはじめる。


「お願いいたす。……昼から山吹殿に酌をされ、山吹殿の琴を聴きながら酒を飲む……吉原は桃源郷だから気をつけよと言った朋輩ほうばいの言葉が身にしみまする」

「なぜ桃源郷を恐れささんす」

「愉快すぎて二度とは戻れないから……と」

「うまいことを申しんすなあ」

「冗談ばっかり言っている男です。藩の江戸屋敷に詰めております」


 よっしゃ!!!

 とりあえずあたしの噂はその朋輩には必ず流れる!!


「式部殿は言わないのですかえ」

「それがしは真面目一辺倒で生きてきたものですから……。御膳奉行として各地の御膳を見て回る旅、殿からは充分な路銀ろぎんをもらいましたが、島原にも寄らず、先斗町ぽんとちょうにも寄らずここまで参りました」

「それではずいぶん寂しい旅でござんしょう」

「寂しくはありませんでした。細見で見た山吹殿の絵姿が忘れられず、いつか会うために常から節約、旅も節約節約をしていたもので……引手茶屋に断られそうになり、切り餅を見せてようやっと案内あないをさせたので、もう何も悔やむことはありませぬ」


 切り餅……やり手もこの人が切り餅持ってるって言ってたけど、確か切り餅の包み一つでだいたい二十五両だよね?


 あたしの揚げ代が三分で約七万五千円、そんで二十五両は約二百五十万円。


 にひゃく、ごじゅう、まんえん。


 そりゃ引手茶屋も案内するわ……。

 昼見世の四時間に芸者あげて幇間よんでここまで贅沢三昧な膳を並べて、巳千歳も引手茶屋も大儲けやん!!それでも使い切れないくらいやん!!


 てかこの人全然ダサい浅葱裏じゃないよ。

 ちゃんと吉原のルールも勉強してるし、お金も綺麗に使ってる。


 しかもあたしのために!


 あー……サムライブラボー……!


「山吹殿……?」


 ちょっとトリップしちゃったてあたしに、式部が声をかけてくる。


「……ああ、式部殿のことを考えておりんした」


 すると火がついたように式部の頬が赤くなる。これは絶対お酒のせいじゃない。


「門前払いも覚悟していましたのに、山吹殿にそう言ってもらえるなど。う、唄など唄ってはいただけないでしょうか」

「ようござんす」


 式部の杯が空いたのを見て、酒を注ぎ足してからあたしは三味線を手に取る。


「好きな唄はありんすか」

「山吹殿が好きなものを……」

「では三保松富士晨朝みほのまつふじのあけぼのを」


 あたしが唄うのを、式部はこくりこくりと少しずつ酒を飲みながら気持ちよさそうに聴いている。

 気もほぐれて来たようで、台の物にも箸をつけ始めた。


 あたしもこんな、ザ・サムライって人に会えて気分がいい。

 だからこの曲を選んだ。


『後へ心は残れども』この部分に気付いてくれるといいな。


「お粗末さまでござんした」

「いえ!最後はそれがしの心境のようで……後へ心は残れども……」

「わっちもそうでござんすよ。主様と後朝きぬぎぬの約束の日取りを数えることができんせばどれほどよいか」

「しかしそれがしは国元へ帰るほかありませぬ……山吹殿、これを貰ってはくださらぬか!」


 式部が懐中から革袋を取り出す。その中に入っていたのは銀の粒が何条も垂れ下がる豪華なびらびらかんざしだった。


「いつか、いつか、もしも山吹殿に会えたらとこしらえたもの……おかげで節約しすぎて石部金吉いしべきんきちとからかわれましたが……それがし、もう思い残すことはありませぬ」

「そのようなことを申しんすな。それこそわっちに心残りができんす。どうか出世して長生きしてくだしんすよ。もう会えぬのでござんすから、屹度ですよ」


 そう言いながらあたしはびらびら簪を髪にさす。


「似合いんすか?」

「似合いまする!

 ……本日は本当にありがたき次第でした。長居は無粋だと聞きましたのでそろそろ失礼いたします。

 何度も言いますが、それがしのような田舎侍に山吹殿がこれだけの情けをかけてくれるなど思いもよらぬことでした。生涯忘れませぬ」


「式部殿の心意気を見んしたからな。応えねば花魁ではなくなりますえ」

「山吹殿……!」


 立ち上がりかけた式部が名残惜しそうにあたしを見る。

 その頬に軽く唇を当てて、あたしはすぐに離した。


「一度も床の話をせんかった式部殿へ、これも花魁の心意気でござんす」






<注>

引付座敷:初会の遊女にまず会うところ。ここで杯をかわします。

幇間ほうかん:太鼓持ちのこと。道化師の日本版のようなもので男性が勤めます。

細見さいけん:吉原細見。吉原の地図と各廓所属の女郎の名前や揚げ代が載っていた。著名絵師による女郎の姿絵や批評のついているものもありました。

台の物:仕出屋から取った食事。通常の仕出より吉原の仕出は高価でした。

朋輩ほうばい:友人

殿からは充分な路銀ろぎんをもらいました:この時代の出張は先払いで使い方は本人に任されていました。また、予算も潤沢であることが多かったようです。

島原:京都の遊郭

先斗町ぽんとちょう:芸妓、舞妓がいる京都の通り

三保松富士晨朝みほのまつふじのあけぼの:常磐津の曲。遊女に対する別れの悲しさを織り込んだ部分があります。江戸時代に作詞作曲されているので著作権消滅済み。

びらびらかんざし:花魁がよくつけているなんかいろいろついている超豪華な簪です。

石部金吉いしべきんきち:頭の固い生真面目な人をこういってからかいました。

長居は無粋:吉原で最高に粋なのは昼見世にさっと訪れ花魁と飲食をしたりするだけで床入りせず帰って行く人だと言われていました。揚げ代を考えるとなかなかできない贅沢な遊びでした。

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