第16話 千里の道も一歩から。ナンバーワンになるために

 あたしはやり手に頼んでお内儀さんに時間を取ってもらっていた。


 お内儀さんの目の前にもたんぽぽコーヒーとなんちゃってショートケーキがある。


 これでもあたしは考えたんだ。


 遊女のトップの花魁の中でもさらにトップを張る呼出よびだし花魁になるには店の格もそれなりに関係する。だからほとんどの呼出は今は格の高い大見世にだけいるってことを知って。


 巳千歳だって格の低い店じゃない。でも、いまひとつなんだよね。


 現代で言えば花道通りの大看板には載ってはいるんだけど画像が小さ目のホストみたいな……。

 イケてるんだけど次は看板から消えるかもしれない感じ。自分のみせのことを悪く言いたくないけど、トップの圧倒的なオーラがない。


 だからあたしは巳千歳に昔の羽振りを取り戻してほしい。聞いたら太夫を抱えてた大繁盛の大見世時代もあったっていうじゃん?

 したらあたしが呼出になって花魁道中する日も近づくし!

 吉原ナンバーワンになる日も近づくし!


「それで山吹、このこおひいとけいきをどうしようって言うんだい」

「おいしゅうござんしたか」

「ああ、美味しかったよ。あたしもあんたがたのお相伴にあずかっていろんなものを食べてきたが、こんなものは初めて食べたさね」

「これをなかで出すことはできんせんか」

「……山吹、あんたも頓狂なことを言うねえ」

「ふざけや戯言ざれごとではござんせん。巳千歳でしかむことのできんせん新奇な食べ物があると言えば、通人を呼ぶ種になるのでは」


 江戸の人は新し物好きだ。


 女房を質に入れても初鰹なんてふざけた川柳も残ってるくらい。

 冬に泳ぎたくて温水プールを家臣に無理やり作らせたお殿様がいるくらい。


 平和で、平和すぎる時代が長く続いて、みんな刺激に飢えてるんだ。

 あ、この辺はあたしの考えだけど。


「それにケーキは色々と味を変えることができんす。みかんやぶどう、抹茶や黄粉……季節に合わせて味を変えれば飽きられることもござんせん」


 ふうむ、とお内儀さんがびん膏薬こうやくに指を当てる。


「これでうちは損はしないのかい」

「たんぽぽの根に金子きんすはかかりんせんし、ケーキは卵のふわふわの金子にいくらか上乗せすれば。それはお内儀さんにお任せいたしんす」

「作り方は本当にあんたしか知らないんだね」

「あい。南蛮の料理に似た物ををここでも作れるようにわっちが考えささんした。ゆえに他のみせで出し始めれば、作り方を教えた飯炊きを打擲ちょうちゃくしておくんなんし」

「飯炊きにも作れるもんなのかえ」

「わっちが作れるのでござんすから……卵のふわふわさえ仕出屋から取れば、あとは簡単にできんす」

「うちでしか出せない南蛮渡来の料理か……悪くないかもしれないねえ。あんたには相当稼がせてもらってるし、せんもあんたが頓狂なことをあたしに頼んでうまくいった。

 ……まずは試してみようか」

「ありがとうござりんす!」

「いいんだよ。試さんで駄目だとなにゆえおわかりささんすか、と前にあんたに啖呵を切られからねえ。あのときは随分に業腹ごうはらだったが、あんたの言うとおりだった。あたしもこんな稼業の女だ。正直に言うなら稼げそうならなんでもやるよ」


 え、あたし前に何やらかしたの?!

 てか、前もなんか変なこと頼んでうまくいったって?!マ?!

 鬼子を拾うくらいだから山吹が変わり者なのはわかってたけど、ほかに何やらかしてんの?!


 なんか今、壮絶に怖い。神様、こんなことなら説明書くらい残しといてっつーのー。


「それで、これは名はなんと書くんだえ」


 あ、考えてなかった!


 カタカナじゃまずいよなー。いやマジヤバでしょ。


 なんかくるわっぽくてかっこいいやつ……コーヒー……恋秘!


 うっわ、すげい中二。


 でもカクテルの名前だってシンデレラとかブラディ・マリーとか中二なの多いし、廓で出す秘めた恋の飲み物、恋秘ならまーアリよりのアリかあ。


 ケーキは……慶喜……ダメだヤバすぎる。

 これいつかラストショーグンに絶対殺されるやつだ。字はいい感じなのにー。


 うーん……ケーキ……ケーキ……景気!ケーキ食べて景気よくなんてウエーイなノリだけど酔っ払いにはウケそうじゃね?ね?


「お内儀さん、筆と紙を借りんす」


 あたしは大福帳のそばにあった硯と筆と、書き損じたらしい紙を手元にもらって、草書体で恋秘、景気、ついでに英語でCoffee、Cakeと書きつける。


「黒いのが恋秘で白いのが景気でござんす。横に書いてあるのが南蛮での名前でおりんす」

「悪かないねえ。……はあ?!山吹、あんた南蛮語が使えるのかい?!」

「あい。エゲレス語を少しばかり……」

「ああ……あたしゃ眩暈がしそうだよ……。あんたは本当に頓狂な花魁だ……通詞つうじを探してる客が来たら紹介させてもらうからねえ」

「通詞ができんすほどではありんせん」

「そりゃあこの江戸の人間の大概がそうさ。それにしてもあんたがねえ……どこで知ったんだい?」

「な、馴染の客が通詞の節用を貸してくだしんしたので、書き写し学んでおりんした」

「はあ……あんたにゃあいつも驚かされてばっかりだ。

 あんたは年季が開けたら幸せになれるよ。屹度きっとだよ」

「ありがとうござりんす」

「そいじゃあ恋秘と景気は試しに客に出すとして……」


 それまで煙管片手に余裕余裕って感じで話してたお内儀さんが目をうろうろと動かした。


「お内儀さん?」


「その……あたしの名前はエゲレス語でどう書くんだい?」

「ではそれも書き付けささんす」

「ああ、それは書き損じなぞには書かないでおくれ。この紙に」

「あい」


 えーと、たしかお内儀さんの名前はおはなさん……。

 あたしはお内儀さんが差し出してきた真っ白な紙に「Ma'am Ohana」と書き、Ohanaの横に「Flower」とついでに添えた。


 それからお内儀さんに読めるように、まあむ おはな ふらわあ とも。


「まあむ……おはな……」

「おはなお内儀さんという意味でありんす。花はエゲレスではフラワーと呼ばれるのでそれも書き付けささんした」

「これは額に入れて飾ろうかねえ……エゲレス語の名前があるのなんて吉原じゃああたし一人だよ……」


 いつも渋い顔のお内儀さんが紙を抱きしめるようにしてにこにこ笑う。

 予想以上の好反応の圧……!


 おもーい!!


「そ、そうでござりんすか」

「悪いねえ、山吹。あんたのことはれまで以上に盛り立ててやるから安心しておくれ」


 ……まあでもお内儀さんの中であたしの点数は上がったみたいだし、これもナンバーワンへの布石だと思えば……いいかな。







<注>

花道通りの大看板:歌舞伎町、花道通りに設置されているホストクラブの宣伝看板。基本的には店名と人気ホストの写真が載っています。ナンバーワンしか載せない店と人気ホスト数名を乗せている店があります。ちなみにホスト神7といえば、希蓮、しぶなつ、光、リョーマくん、蓮士、ローランド、遊士が有名です(愛称50音順、敬称略)ただ2019年現在では決まった神7はいません。

冬に泳ぎたくて温水プールを作らせたお殿様:尾張藩藩主 徳川吉通

びん:この場合はもみあげのあたりの毛の生えていない部分

膏薬こうやく:よく時代劇でおばあさんが顔に張っている白いもの。頭痛に効くとされていました。

打擲ちょうちゃく:ぶん殴る

業腹ごうはら:超ムカつく

ウエーイなノリ:ウエーイとは軽薄な態度を取る若者の一種。ウエーイ系とも言います。そこにノリをつけるところで軽薄な雰囲気といった意味のスラングになります。

エゲレス:イギリス

慶喜:徳川慶喜 最後の将軍

大福帳:現代の帳簿のようなもの

通詞つうじ:通訳

節用:辞書のこと。別名節用集

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