第15話 江戸時代でデザートを

「これが「こおひい」と「しょおとけえき」……」


 桜と梅が目の前に並んだ黒い液体と白い物体を興味深げに見ている。


「牛の乳で白いところを作るのが本式でありんす。手に入りんしたらそれもこしらえささんす。それより二人とも、ありがとうござりんした」


 あたしがメレンゲを作ってる間、桜と梅は薬研やげんで乾いたたんぽぽの根をすり潰し、火鉢にかけた炮烙ほうろくで丁寧に煎ってくれていたのです。

 さすが、暇なときはお茶ひきさせられる遊女の卵だけあって、「ほうじ茶をこしらえるように」というのはすぐわかってくれました。


 正直、火鉢と炮烙で物を煎ったことなんかなかったので助かった。感謝している。


 メレンゲは泡だて器がないので茶筅ちゃせんを使って根性で作りました。


 人間、やる気があればなんでもできる!


 そこに生卵の白身のくさみ消しと、メレンゲをさらにツンと泡立てるために、桜の塩漬けのしぼり汁を少し入れて……砂糖の前に塩分を入れると泡がしっかりするんだよねー。


 絞り器がないから可愛い模様はつけられないけど、卵のふわふわに塗るときに、つんつんとんがりを作って白い波のイメージ。最後に金平糖をデコってできあがり!


 うん!よきじゃん!


 それをそーっと三角に切り分けて乗せたお皿を、煮出したたんぽぽコーヒーの横に置いて……完璧!


 できましたー!江戸時代風コーヒーとショートケーキ!!!!


「さ、二人も食べなんし」

「え、わっちらもご相伴にあずかってよろしゅうおりんすか」

「二人には手間をかけんした。せめてもの礼でござんす」


「桜姉さん……」

「梅……」


「「山吹どん、ありがとうござりんす!」」






                   ※※※





「ふああ……しょおとけえき……なんというお味……」

「このようなもの食べたことござりんせん……春の淡雪のような……」

「噛めば口の中でとろけんす……」


 桜と梅がうっとりしながら嘘っこショートケーキを食べてる。


 もちろんあたしもふにゃふにゃだ。


 卵のふわふわを土台にしてメレンゲでデコった嘘っこケーキは予想以上においしかった。


 特に香りづけに桜の塩漬けの汁を入れたのが成功だった!

 微妙に桜餅みがあるゆーか……てかこれバリエ変えたら無限に作れなくね?ね?

 みかんとかぶどうとか季節の味に。酸を加えるともっとしっかりメレンゲになるし。あ、抹茶味も絶対イケるっしょ。そのときはあんこでデコって……。


 あー、なんかいろいろあったけど、推しとケーキがあればもうなんにもいらないやー。


 しかもケーキで甘くなった口の中をコーヒーの苦みで流せる贅沢。もうマジ贅沢。土屋さまがいらしたときもケーキとコーヒーを出してみよう。それで、それで……。これ、歴女仲間に言ったらヤキモチで殺されるわー。大変だわ―。マジつらいわー。


 って思わずミ○ワるほど気分がいい。


「ぇぶほっ」


 そのとき、ここではってゆーか現代でもたぶん聞いたことがない音声が聞こえた。


 見れば梅が涙ぐみながら口元を抑えている。


「梅、梅、薬だと思ぅてはよぅ飲みんしな」


 桜に背中をさすられて梅が口元を抑えながらコクコクとうなずく。


「山吹どんがあれほど苦労して用意したものでありんす。名高い湯薬とうやくに違いんせんから……」


 また梅がうなずいて、ごくんと喉を動かした。


「……良薬口に苦しとはまことでござんすなあ……」


 そしてようやく絞り出したような声が梅の口から漏れる。


 ごめん……コーヒー、苦かったんだね……。


「梅、桜、それは湯薬ではなさしんす……砂糖を好きなだけ入れなんし……」






<注>

暇なときはお茶ひきさせられる遊女の卵:指名のつかない遊女は、その間は茶葉を石臼で引く簡易労働をしていました。現代でも客が来ない、暇、などを「お茶をひく」と言います。

茶筅ちゃせん:お抹茶を点てる道具。泡だて器のような形状をしています

おいしいメレンゲの作り方:ボールや泡だて器には脂分や卵黄をつけないように注意します。割りいれた白身に一つまみの塩を加え、ある程度撹拌したら砂糖と香りづけ+凝固促進のレモン汁を加えてさらに撹拌します。砂糖は数回に分けて加えるとおいしいです。撹拌しすぎると水となんだかわからないものに分離してしまうので注意してください。作中では「メレンゲを固くするため」と山吹が塩分を加えていますが、これには意味がないという説もあります。

湯薬とうやく:江戸時代は生薬しょうやく(加工されていない原型そのままの薬の材料)を煮出して薬にすることも多くありました。そういった液体の薬をこう呼びます。現代でも用いられることがあります。たいてい苦くてまずいです。飲んだことがあります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます