第12話 山吹対桔梗の巻 参

 桜と梅はあたしのことを慮ってか昨日のことには一言も触れない。


 桔梗に汚された仕掛を着て伊兵衛に会ったあたし。

 そのあと床入りもせず早々に帰って行った伊兵衛。

 二人なりに考えていることがあるんだろう。


 全然大丈夫なのにね。あー可愛いなあ。


 もじもじしてる二人を見てると、ヤンキー時代、キャバ時代、後輩にいろいろ教えてたことを思い出しちゃうじゃん。


「山吹どん……」


 梅がおずおずとあたしに声をかけてくる。


「その、桔梗花魁が戸口に……通してよろしゅうござんすか」

「お通し」

「ほんに……」

「お通しと言えばお通しなんし」

「……あい」


 一礼した梅が戸口へ向かう。

 その様子を目で追っていた桜が、あたしの方へと体を向けた。


「山吹どん……」

「なんだえ、桜」

「いえ……何もありんせん」


 否定しながら、それでも桜が何か言いたげにあたしを見る。

 でもこの子も賢い子だから姉女郎のあたしが決めたことには口は出さない。

 ただ、目で必死に「わっちらがあしらいささんす」と訴えてる。


 そんなのもったいない!あたし、ショートケーキのイチゴは最初に食べる方なんだ。


 だから桔梗に引導を渡すのも、最初はあたしから!


「桔梗どん、おあがりなんし」

「入りんす。……山吹どん、お気の毒なことでありんしたなあ」

「わっちにはなんのことやら……鉄砲でもみんしたか」

「山吹どんの馴染の筆屋の伊兵衛さま……昨夜は随分お早くお帰りなんして……暮れはちじつには大門から出なんしたとか。なにやらお怒りでも買いなんしたのかと山吹どんが心配で参りんした次第でおりんす」

「さあ、それはどうとやら。さて、そういう桔梗どんの昨夜の首尾はいかがでありんすかえ」

「上馴染の十衛門さまが居続けで、わっちに似合うとこのかんざしまでくだしんした。山吹どんもご存知でありんしょう?江戸町人の戸部十衛門さまでござんすよ」

「それはそれは、めでたきことでござりんした。されどわっちはしばらく簪はねだるわけにはいきんせん」

「そうでご……」


「白絹に金糸を散らした仕掛を仕立てていただきんすに、簪までは貰いすぎでござんすよ」


「……白絹?!」


 キッと桔梗の切れ長の目が吊り上る。

 あーあ、これじゃ美人花魁も台無しだね。


 でもね、もう、ショートケーキの上の真っ赤なイチゴはあたしの口の中。


「わっちが伊兵衛さまからいただいた仕掛を汚しんしてしまったこと、伊兵衛さまがあんまり気に病まれましてなあ。代わりの仕掛をすぐに届けんすと……天女の羽衣を仕立てるなぞ言いなんして、ほんに困った方でおりんす。それに暮れ五つで帰りんしたのは病み上がりのわっちを心配してのこと。伊兵衛さまはまっこと粋なお方でありんすえ」

「汚れなど……濃墨ではありんせんか!」


 桔梗の細い指先が畳を叩いた。


 それからはっと口を覆う。


 いいよ。気づかないふりしてあげる。


 あたしは商売用の笑顔を桔梗に向けた。


「ところで、わっちの仕掛の汚れが濃墨であること、桔梗どんはなにゆえ知っておりんすか?」





<注>

鉄砲:ふぐのこと。毒に当たると怖いので鉄砲と呼ばれました。口が痺れる中毒症状の前兆とかけた山吹の嫌味です。

大門:吉原と外を隔てる門

江戸町人:江戸ができたころから江戸に住んでいる町人。別名古町町人。特にこう呼ぶ場合は、正月や将軍の子供の誕生時などめでたいときの将軍拝謁も許された裕福で由緒ある町人を指す。町人であるが苗字帯刀も許されています。


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