第13話 コーヒーを飲みながらケーキが食べたいのです

「コーヒーを飲みつつショートケーキが食べとうござんす……」


 あたしはまた目の前に出されたお茶を見てため息をつく。


「こおひい?しょおとけえき?それはいかなるものでござんしょう。手に入るものなら手配ささんすが……」


 桜と梅が顔を見合わせて首をかしげた。


「されど申し訳ござんせん。その名、わっちは耳にしたことがありんせん。どのようなものかお教えささんせんか……?」

「いえいえ、それより桔梗花魁のこと。わっちが言うのも口はばったいことでおりんすが……」


 謎の物体「こおひい」と「しょおとけえき」に悩んで首をかしげる梅と、きりりと膝詰してくる桜。


 双子だけどここまで性格が違うと売り出すときのキャッチフレーズをつけるのも楽しいだろうなあ、あたしだったら……って、いまはそれ関係ないから!


「桔梗のことはあれでようござんす。手負いの猫をあまり追い詰めんすと化け猫になるやもささんせん。それでもまた何か仕掛けんしたときは……」


「仕掛けんしたときは……?」


「わっちが喉笛を切りんすから、心配ささんすな」


 元ヤン時代の顔でにんまりと笑うと、桜は一瞬びくりと体を震わせたあと、「承知ささんした」とだけ頭を下げた。




                  ※※※




 今朝、あたしに汚れが濃墨であるとどうして知っているのかと聞かれた桔梗は、瞬間、目を大きく見開いてまばたきするのもやめた。


 まるで豪華な生人形いきにんぎょうのように見えた。


 そして、ふっと息をついてあらぬ方向に目を向ける。


なかの話は早う廻るものでおりんす。それだけのことでござんすよ」

「そうでござんしたか。それはご心配ありがとうござりんした。ご用はそれで仕舞いですかえ」


 桔梗は黙ったままだ。


「ならば早うお帰りなんしなり。わっちに話はありんせん」


「っ」と言葉にならない呻きを残して桔梗が部屋から出ていく。


 桜がほう、と息を吐いた。


「なんと見事なお手際」

「ほんに……その上いま一枚、仕掛を仕立てささんすなど……まるで手妻てづまでおりんす」


 梅がほわりと笑う。


「なに、この程度の手練手管しゅれんてくだ、手妻などではありんせん。……桜と梅も店に出るようになりんせば種はわっちが教えささんすよ」


「ありがとうござりんす!」

「精進いたしんす!」


 また三つ指をついた後輩を、あたしは目を細めて見下ろした。

 うん。超可愛い。

 あたしの年季が開けたら桜と梅がナンバーワンになれるように、あたしも頑張るからね。





                  ※※※




 そして今。


「ああ……コーヒー……ショートケーキ……」


「山吹どん、気鬱な顔をせんでおくんなんし。どうとしても「こおひい」と「しょおとけえき」はわっちらが手に入れて見せんす」

「あい。山吹どんの如き良き姉女郎につけた御恩はいくたび返しんしても返せるものではござんせん。ゆえに「こおひい」と「しょおとけえき」が如何なるものか教えてくだしんす」

「コーヒーは苦い味は茶によく似ておりんすが、蕎麦のつゆのように真っ黒で、茶とはまるで違う匂いのするものでありんす。南蛮人がよう飲みささんす。ショートケーキは……この世にありんせん……」


 うん。いま思い出した。


 いまとだいたい同じ時代のヴィクトリア朝のケーキは黒っぽいガサガサのスポンジに白い砂糖衣のアイシングをかけたもの。ショートケーキができるのはそれが開拓されて発展したアメリカに渡ってから。

 そもそも大きくて甘い現代のイチゴなんて、ヴィクトリア朝じゃ富と権力の存在を越えて存在するかもわからない。


 新鮮な野菜が手に入るのがステータスで、生のキュウリが貴重な上流階級の食べ物だった時代だったもんなあ……。


「それではまるで月輝夜姫の謎かけのような」

「申し訳ないことでござりんした。所詮は夢……夢こそうつつ……」


 推しの代わりにケーキを失った悲しみに、江戸川乱歩の名言をついつい口ずさんだりしちゃうと、桜と梅が泣きそうな顔であたしを見ていた。


「わっちらこそ申し訳ないことでござりんす。どうとしても手に入れるなどと申しんして、山吹どんを糠喜びささんした……」

「どう償いんせば良いか見当もつきんせん……」


 ヤバ。この子たちは悪くないのに。

 悪いのは現代の常識が抜けないあたしなのに。


「気にすることはなさしんす。二人がわっちに忠義を尽くそうとしてくれた。それだけでわっちは充分でござんすよ」


 だからそんな顔しないでね?ね?


 あ!


 あたしの頭の中でピコーン!のLINEスタンプが浮かんだ気がした。


 なければ作っちゃえばいいじゃん!


「桜、梅、いまは清明はるの頃でござんすな?!」

「あい」

「たんぽぽの根を集めるよう男衆おとこしに頼んでくだしんす!一人一朱、いっとう多く集めた者にはほかに二朱遣ると!」

「ようござんすが……それが謎かけの答えでありんすか?」

「コーヒーをそれで作りんす!」

「たんぽぽを「こおひい」……?わかりんした。男衆に言いつけんす」

「それから牛のちちを一升!卵のふわふわ二人前!」

「卵のふわふわは仕出屋に頼んですぐもってこさせんすが、牛の乳ばかりは難しんす」

「あい。まずは牧場まきばに子持ちの牛がいるか……手配に時間がかかりんす」


 あー!!!そうだ!ザンギリ頭を叩いてみれば文明開化の音がする明治維新までこの国には牛乳ゴクゴクの習慣がない!!牛を食べる習慣もあんまりない!!

 牛乳飲むと足が四本になるとかアホなこと言いおって!


 だから牛乳は薬や滋養強壮用に細々使われてるだけだったんだ……。


 なんだよもう!ももんじ屋とか言って現代ではメジャーじゃない猪や兎をばくばく食べてるくせに!

 鶴の脳みその蒸したのがレシピ本に載ってるくせに牛乳飲まないなんてー!


 考えろ、考えるんだ山吹。あたしはどうしてもショートケーキが食べたい。


 この際ちょっと違っててもいいから食べたい。


「山吹どん……?」


 メレンゲ!そうだメレンゲ!!


 卵のふわふわにあたしが作ったメレンゲを塗ればいいじゃん!

 そこに金平糖を乗せたら……カップケーキみたいでかわいーし!アリよりの超アリ!!


「仕出屋に卵のふわふわを頼みんすに、注文が多うござんすからここな紙へ書き付けんす。ちょいと待ちんしな」


 壱、出汁と醤油の代わりに水と砂糖を入れて菓子のように甘く作ること

 弐、卵の白身のみ二つ分、買い上げるのでそれは何の細工もせずふわふわとともに持参すること

 参、砂糖二十匁持参すること


 よし!これで嘘っこスポンジケーキの台とメレンゲの材料ゲット!


「では、梅はこれを仕出屋へ持ちんしたあと、菓子屋で金平糖を五十分買って来てくんなんし。桜はさきほどのたんぽぽの根の話を男衆へ頼みなんす」


 やっぱ桔梗に勝った勝利の味はケーキとコーヒーじゃないとね!キャバ時代からの験担ぎだもん!





<注>

手妻:手品

生人形:専門の人形師が作成した、まるで生きている人間のようにリアルな人形。(怖い方の生き人形ではないです)

一朱:江戸時代の通貨単位。約6,000円

二朱:江戸時代の通貨単位。約12,000円

牛乳一升:約2ℓ

砂糖二十匁:約70g

金平糖五十分:約20g

ももんじ屋:肉料理を出す店

鶴の脳みその蒸し物:料理百珍という江戸時代のレシピ本に詳細な作り方の記載があります。おいしいかは不明です

卵のふわふわ:卵にだし汁と醤油を加えて蒸したふわふわと口当たりの良い料理。おいしい。卵百珍という江戸時代のレシピ本に詳細な作り方が載っています。

金平糖:八代将軍吉宗の頃から砂糖は庶民にも普及しだし、金平糖屋もできました

砂糖:江戸時代は砂糖は高級で庶民には手が出ないという説があるが、現在は南蛮貿易や南蛮人が遊女の気を引くために贈りまくったことと、徳川吉宗の政策により江戸中期から末期は庶民にも行き渡ったという説の方が強いです。江戸期の書籍に町人のお中元は砂糖だったという記載があります

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