第7話 種痘完了!戦闘開始!

ぅ……!」


 対人間の殴りあいにばかり慣れたあたしは忘れてた。


 人間の痛点のほとんどは皮膚の浅いところにあること。


 しかも針には異物がついてるから!しみる!しみる!


 でもここは落ち着いて静かに針束を抜いて……どこにもウイルスだらけの針束の先がつかないように。


 よし。針に血はついてない。鏡で確認したけど、皮膚に傷は入ってても血の玉がぷつぷつ盛り上がってたりもしてない。


 とりあえず予防接種の基本の皮下注は成功。あ、ちな、皮下注はピカチューともシャブ中とも関係ないから。


 あとは刺したところを触らず乾燥させて、乾いたらサラシを巻けばいい。


 それから、ゆっくり、ゆっくり、針束を懐紙の上に載せてその上から焼酎を思い切り注ぐ。


 ウイルスを薄めた小皿にも、水疱の中の液体を入れてきたガラスの小瓶にも。


 天然痘ウイルスはアルコールに弱い。


 このまま近寄らずに置けばいい。大丈夫。すぐに死ぬ。


「大丈夫だ」


 あたしは鏡に向かってにっこり笑う。


「大丈夫だ。推しに会うまであたしは誰にも負けない」


 それに、桜と梅なんて守らないといけないものもできちゃったしなあ……。


 畜生腹の子供じゃ山吹の後ろ盾がなけりゃ、すぐにはしにでもされちゃうだろうからなあ……。


 ったく、何考えてたんだよ、山吹花魁。あーあ、これじゃヤンキー時代に戻っちゃったみたいだよ。


 でも、嫌な気分じゃない。


 鏡の中のあたしは相変わらず上機嫌そうに笑ってた。


 うん。嫌な気分じゃない。


 さて……弾五発のロシアンルーレット、成功したかどうかわかるのは天然痘の潜伏期間が終わる十二日後まで。


 かといってそれまで寝てるなんてのも鉄火のアンナのあたしのしょうには合わない。


 果報は寝て待て?じゃあ走っていけば倍の果報が手に入るってことじゃん?


 それに折角の寮での休暇、だらけてるなんてマジありえんし。


 ちゅーわけで、あたしは梅と桜に芸事げいごとの師匠を呼んでもらって、ここでもあたしの実力が通じるか見てもらうことにしよう。


 茶道華道舞踊それに詩歌音曲しいかおんぎょく!花魁のたしなみは歴女のたしなみ!


 奇跡が起きて推しに会えるのを信じて習っといてよかった!だって奇跡起きたもん!


 でももしそれが花魁として通用しないレベルなら、寮にいる間に徹底的に叩き込んでもらえばいい。あたしのライバル、桔梗がいないこの場所でね。あたし、根性には自信があるんだ。


 不良でも学校の成績でもてっぺん取ってきたんだからね。たいていのことじゃ泣き入れないよ。


「さぁて、幕は上がりんした!それではいくさはじめとささんすか!」          





<注釈>

畜生腹:多胎は動物と同じということで多胎児を産んだ女性につけられた蔑称。近代まで多胎児は畜生や心中ものの生まれ変わりだとして忌む酷い偏見があった。もちろん根拠はない。


ピカチュー:ピカ○ュウとは別人です


はし:自室もない下位女郎

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