第3話 もう一人の推しと謎の箱

 あたしはフンフンと鼻歌を歌いながら花魁の文箱の中身を改めているところだった。


 真之さまがお亡くなり遊ばされているのは悲しいけれど、その代わりに手箱の中に土屋さまからの手紙を見つけたからだった。


 土屋一族……!それはうちの中では最大の歴史のミステリー……!


 なんつってもいちばんイケてるのは武田家腹心の家臣だった土屋昌恒さまなんだけど、没落してみんなが見捨て始めた武田勝頼に最後まで付き従い、武田家滅亡の引金を引いた織田&徳川VS武田家の天目山の戦いでも、勝ち目がないと知りながら「主のためになすること」と獅子奮迅ししふんじんの千人切りをしたあとに自分も戦死。


 そう、戦死。


 エモい……!エモすぎる……!!


 超武士じゃん!ヤバ、思い出すときゅんとする……!


 そのときの様子を絵図にしたのを見たことあるけど、雲霞うんかのごとき大群に刀を振りかぶった土屋さまと武田についた最後の忠義者たち。


 あたし、泣いちゃったもん。鉄火のアンナがさ。


 しかもそのあと甲斐を支配した家康もまーイケてるんだよね。


 なんとか脱出した昌恒さまの子どもの忠直さまを家康が超信頼してた武田家系の側室、阿茶の局に面倒を見させるし、自分も会うし、藩まであげちゃうし。


 こういうのってやっぱ戦国時代独特の武人への敬意なんだろうなー……いやもっと狙いはあったんだろうし、その辺のとこも大学院で調べたかったんだけど。


 でもそのあとのミステリーなのが改易された土屋さまがしれっと将軍になった徳川家と縁戚関係になってたり、なのに要所でもなんでもない小藩の藩主で終わったこと。


 最後の土屋さまの当主なんか徳川慶喜の弟よ?


 ラストショーグン・ブラザーよ?


 もうこれは土屋さまは隠密か草かだとしか思えないじゃん?


 その土屋さまがあたしのお客!どんな史学者もできなかった当事者へのレポートができる!!


 ……少し落ち着こう。まさか第二の推し一族の手紙が出てくるのは予想外だった。


 文箱の中身をざっと読むに、どうやら山吹は『勝山かつやま』路線で売ってた花魁らしい。


 あ、勝山って言うのは私娼の湯女ゆなから太夫にクラスアップした伝説クラスの太夫。


 見た目嫋やかな超美人、でも気が強くて男勝りってとこが受けて最後は伊達公に身請けされたってすごい人ね。今でいうギャップ萌えってやつ?


 ならあたしでもいけそう。


 あたしの売り方もギャップ萌えだった。おっとりした見た目と高学歴、でも中身は鉄火のアンナのまんまってね。


 まあそれだけじゃナンバーワンにはなれないからいろいろ工夫もしたけれど……。


 そのときことんと合わせた着物の胸元から何かが落ちた。


「え、これ」


 それはあたしが、身を守るために離すことがなかった大事なものの入った箱だった。


 現代の___あたしが。


「嘘……でしょ?」






<注>

改易:お家御取り潰しのこと。身分を取り上げ、大名であれば城を含む藩も取り上げられます。事実上の一家断絶です。

要所でもなんでもない小藩の藩主で終わった:土浦藩。現代の茨城県にあります。

草:地域に根付いたスパイ。命令がない限り何もしないままその土地で一生を終えることもあります。なので、地面に生えた草のようだと言うことで「草」です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る