第6話 入学 『サークル勧誘3』
僕の中で今までなんとなく抱いていた違和感が解決した。
ユリ先輩の、露骨に挑発的な服装。
どう考えてもやり過ぎな化粧、わざとらしい喋り方にしぐさ。
どれも不自然で、勧誘が行われていた場所でも浮いていた。
そして、部長の本田さん。
普通にかっこいい、絵に描いたようなさわやかな男性。
そう、絵に描いたようにさわやかなのだ。
演じているというよりも、むしろ作られているような感じがする。
この人はさわやかな人ではなく、さわやかであろうとしている人なのだ。
二人とも、これが本当の自分だから、このままでいなくちゃいけない。
だって、先生が見つけてくれた、本当の自分なのだから。
背筋がぞっとした。
これはダメだ。一刻も早く、逃げなければ。
「先生は、魔力も強くてね。師匠もいないのに、どの文献にも残っていないような古い魔法を使えるんだよ」
師匠も文献もないのに、なんでそんな古いもん知ってるんだよ! というツッコミを、辛うじて飲み込んだ。
「そうですか。すごいですね。すいません、そろそろ友達探しに行かないと。他のサークルも見てみたいし」
立ち上がろうとしたが、ユリ先輩が僕を見たまま手を離してくれなかった。
「え、ちょっ」
「それって、本当に友達? だって、きみのこと置いて行っちゃったんだよ? ひどいよ、そんなの。だから、ユリたちと一緒にいよ?」
怖い。マジで怖い。
さっきから瞬きしてないよこの人。
「うーん、ユリちゃん気に入っちゃったんだね。強引なのは本当はダメなんだけど、こっちにも先生から決められたノルマがあるんだよね。ま、悪い経験じゃないと思うから、大人しくしてくれるかな?」
「はい?」
次の瞬間、体を縄のようなもので縛られる感覚がした。
しかし、目に見えないそれはほんのり温かくしっとりとしていた。僕が力を込めると、呼応するように強く締め付けて(ユリ先輩の手も強く握られて)きた。
「紹介するね。ユリの使い魔、
未だに瞬きをしない瞳が、恐ろしい光を放っていた。
僕を縛るものが、ゆっくりと色を持ちはじめ、体に巻き付くオレンジ色の蛇が姿を現した。頭に緑色のモヒカンみたいな毛が生えていて、僕の頬を気味悪く撫でた。
「い、いやいやいや。ちょっと意味わからないんですが……アメっ!」
僕が叫ぶと、体から光の粒が湧き立った。
「きゃっ!」
驚いたユリ先輩が手を離してくれた。
チャンスだ。
光がルネと僕を包むと、ルネは威嚇して牙を剝いた。
だが、すでにそのときには、僕の体は教室の後ろに移動していた。
これも、アメの能力。
半径五メートルの範囲で事前に光の玉を置いておけば、僕がそのとき存在する場所を置き変えることができる。瞬間移動のようなものだ。
なんとなく不安だったから、一個だけこの場所に置いていてよかった。
おかげで逃げられる。
「え! なんで?」
「へぇ。面白いね、きみの使い魔」
ユリ先輩とは違い、本田さんは冷静に見えた。
ユリ先輩は、僕に巻き付いた形で固まっているルネをどうしたらいいかわからず、オロオロしていた。
「うーん、これはなんだろう。対象の捕縛かな? いや、でもそれだと、きみが移動した理由がわからないなぁ」
本田さんの淡々とした口調が不気味だった。
「……場所に関係した個性、かな。きみの使い魔は」
全身に鳥肌が立った。
本田さんの推理は当たっている。
こんなことは初めてだった。
たった一度見られただけで、個性の内容を当てられてしまった。発動条件がバレていないことが幸いだけど、これはまずい。
「んふふふ。どうやら当たってたみたいだね。伊達に先生の下で学んじゃいないよ?」
せっかくのさわやかな雰囲気が、不気味な笑い方のせいで台無しだった。
ともあれ、ここまで個性がバレてしまっては、このまま逃げるわけにはいかなくなった。こうなったら、やるしかない。
「それはどうでしょう。自分で体験してみたらどうです?」
僕の体から、ひと際多くの光が湧いた。
たとえ僕が逃げ切ったとしても、他の人が被害に遭うだろう。
この人たちを野放しにしていては、誰も得をしない。
こいつらは!
今!
僕が捕まえる!
「アメっ! こいつらをつかまえぇろぉ~」
かっこよく決めたい場面なのに、急にろれつが回らなくなった。
全身が正座したあとみたいにじんと痺れて、力が入らなかった。僕は崩れるように倒れ、アメの光も消えてしまった。
「うふふふっ。効いてきたみたいだねぇ」
耳と目だけは正常のようだ。
嬉しそうな声とともに、ユリ先輩の真っ赤なヒールが視界に入った。
「あれ? ユリちゃん、いつの間にクスリ盛ったの?」
「さっきぃ、この子が飲んだジュースに入れてたんですぅ。ユリぃ、この子に一目惚れしちゃったからぁ、絶対にサークル入ってもらいたくてぇ。キャハッ」
キャハッじゃねぇ!
なに平然と犯罪行為してんだこいつ!
心の中で盛大に怒鳴っていると、痺れた体が動かされて仰向けになった。
見ると、ユリ先輩が僕に跨り、嫌な微笑みを浮かべて見下ろしていた。
体には、アメの拘束が解かれてしまったルネが巻かれており、怪しく体を滑らせていた。
「大丈夫だよ? ユリ、上手だって先生にもみんなにも言われたんだよ? きみも、きっと満足するよ?」
なにがだ。っていうか、なんで僕のベルトに手をかけてるんだよ。
「ボクは他の部員に、教室が変わったことを伝えるよ。じゃあ、二人とも楽しんでね。ユリちゃん、既成事実を作ったら、解放してあげるんだよ」
なに怖いことさわやかに言ってやがる。
おい待て、行くな本田!
「あ、ちなみにこの教室には結界が張ってあってね。先生にもらった札を使ってるから、助けは期待しないほうがいいよ。それじゃあ、ごゆっくり」
こらぁ! 追い打ちかけるなぁ!
それに結界で人を閉じ込めるのは監禁罪だろうが! お前法学部じゃないのかよ!
カチャカチャと音がした。
慌ててユリ先輩を見ると、僕のベルトを外しにかかっていた。
「ひ、ひゃめぇろぉ……」
舌も痺れて上手く声が出ない。
まずい、このままだと本当にまずい。
大学生活は初めてのことばかりだとは聞いていたけど、こんなのは経験したくない。
なにより、入学した日に別のものを卒業することになるなんて!
「ふふふ。かわいいパンツ」
やめろー!
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