第5話 入学 『サークル勧誘2』

 この教室は東棟の端にあって、みんなが集まる広場から離れていた。

 だからなのか、さっきまでの騒がしさが嘘のように静かだった。


「緊張しなくていいからさ。リラックスしてよ」


 正面に座った眼鏡の先輩が、僕に笑いかけた。


 先輩は、さわやかを絵に描いたような人だった。


 イケメンだし、服装も清潔感に溢れていた。

 なんだかパンフレットに載っているような、これぞ大学生といった感じだった。


「ありがとうございます。あの……ここって、なんのサークルなんですか?」


 ジュースを一口飲んで、恐る恐る聞いてみた。


「え! ユリちゃん、なにも説明せずに連れてきたの?」

「あー、そういえば言ってなかったかもですぅ。ごめんなさい、部長ぉ」


 ユリ先輩は、両手で自分の頬を包んで首を傾けた。


「次からは気をつけてよ? まぁいいや、じゃあついでに自己紹介を。ボクはこのサークルの部長をしている本田ほんだだよ。三年の法学部。で、その子が二年生のユリちゃん。文学部だよ」


 名前を呼ばれて、ユリ先輩が「ヨロシクね~」とピースをした。


「他にも部員はいるんだけど、みんな勧誘に行っててね。ボクは一人で留守番をしていたから、きみが来てくれて助かったよ。正直ヒマだったんだ」


 本田さんはさわやかに笑ったが、肝心のところを教えてくれていない。


「あの、それでなんのサークルなんですか?」

「あぁ、そうだよね。それが先だよね、ごめんごめん。このサークルはね、基本的になんでもありだよ。みんなで飲みに行ったり、遊びに行ったり。サーチ・ライトって名乗ってるんだ」

「サーチ・ライト?」


 なぜそんな名前なのだろう。


「うん。まぁ、そうだな~。普段はみんなで遊んでるんだけど、そういう活動を通して本当の自分を見つけることを目的としているんだ。だから、こんな名前なの」

「……はぁ」


 よくわからなかった。


「みんな失敗や挫折を経験すると、こんなはずじゃなかったって思うし、自分が嫌だ! ってなる。ボクたちは、そんなどうしようもできない負のループから抜け出すために、本当の自分を見つけるんだ。そして、真の幸せを掴み取るんだ!」

「……はぁ」


 よくわからなかった。


「なんて言ったらいいのかな。現状が苦しかったり、毎日が辛いのは今の自分が、本当の自分じゃないからなんだ。だから、なにをやってもうまくいかなかったり、自己嫌悪に陥る。本当の自分さえ見つければ、毎日は楽しいし自分が好きになって、自信が湧いてくるんだ!」


 だんだん、本田さんの目と言葉に力がこもってきた。


「おっと、つい熱くなってしまったね。ごめんごめん。実はさ、ボクも本当の自分を見つけた一人なんだよ。でも、先生のおかげで友達もできたし、人見知りだったボクが部長までするようになったんだ」


 本田さんはさわやかに続けた。


 でも僕は、出てきた単語がどうしても気になった。


「あの、先生って?」


 本田さんは、わざとらしく咳払いをして答えた。


「あぁ、ボクたちはね、本当の自分を見つけるために、とある先生の力を借りているんだ。みんな、先生のおかげで本当の自分を見つけることができているんだよ。すごいよ? 何日か一緒にいるだけで、その人がまだ見つけていない、本当の自分を教えてくれるんだ」


本田さんの目が、ギラギラと輝いた。


「先生は立派な人でね。本当の自分になったあとも、ちゃんとケアしてくれる。ボクたちはお金も全部先生に預けてるんだ。先生は、本当の自分に必要なものだけを与えてくれるから、無駄遣いもない。とても素晴らしい生活が送れるんだよ」

 

 息継ぎの間もなく、ギリギリ聞き取れるスピードで本田さんは話した。


「ユリもね、去年まで友達もいなくて、自分が嫌で嫌でたまらなかったんだけど、先生のおかげで、こんなにかわいくなれたんだよ!」


 ユリ先輩が、僕の手を握って言った。


 濃いアイシャドーと長いつけまつ毛の奥から、まっすぐ過ぎる視線が送られていた。

 その瞳を見ていると、自然と心に浮かぶものがあった。


 あ、これヤバイやつだ。

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