第4話 入学 『サークル勧誘』

 使い魔の個性は、基本的に初対面の相手には明かさない。

 それが、この世界での常識だ。


 使い魔以外にも個人で扱える魔法は今でも存在するが、ドコツカのような技術の進歩により、長い呪文や面倒くさい儀式は廃れた。

 それらを学ぶには、大学などで知識を得るしかない。


 それ故、今やトラブルや犯罪の多くは、使い魔を利用したものがほとんどだ。

 当然のことながら、戦闘向きでない個性が知られると、少なからず危険に遭うことになる。戦闘力だけがすべてではないが、身を守れるに越したことはない。


 だからこそ、みんな個性を隠したがるのだが、僕は初日からこんな大勢の前で披露することになってしまった。


「お疲れさん。ま、気にするな。あのくらいじゃ、どんな個性なのかわからなかった。対策立てようにも立てられんよ」


 衛が僕の肩に手を置いてフォローをしてくれた。

 だが、周りは仮にも大学まで進むような人たちばかりだ。油断はできない。


「でもさ、ほんとすごかったぜ! なにあれ? 現象ガイストタイプの光玉フォトンボール?」


 信二が人懐っこく言った。


「あ、あぁ。そうだね」

「いいよな~、世話する手間がなくて痛ぇ!」


 こちらに笑いかけていた信二の顔が悲痛なものになった。

 小太郎が、今度は足に噛みついたのだ。


「なんだよ! おれはめんどうだって言うのか!」

「ちがうっての! いちいち噛みつくなよ、いろんな意味で!」


 僕が笑うとアリエッタもクックッと笑った。

 衛は笑いを堪えて、口を変な形に歪ませていた。


「とにかく行こう! サークル入ってエンジョイだ!」


 信二の明るさに、僕の不安はいくらか薄まった。


 それにもちろん僕はまだ、すべてをさらけ出してはいない。

 さっき信二に答えた種族も、実は真実を言ったわけじゃあない。


 本当の、根っこの部分は言うわけにはいかない。

 衛や信二といくら仲良くなったとしても、簡単に知られるわけにはいかない。


 僕は知っているのだ。


 僕の力を知った友人が、どんな目で僕を見るのか。


 僕の力を知った大人が、どんなことをしてくるのかを。


「入学おめでとうございます! 野球部で一緒に汗を流しませんかー?」

「文芸部でーす。部誌配ってまーす」

「きみ、筋肉に興味はないかい? ない? じゃあプロテインは?」


 僕たちはサークル勧誘が行われているという広場を目指した。

 だが、たどり着く前にあちこちで勧誘が行われていた。どうやら広場で開催というのは、名目だけらしい。


 見るからに華奢な新入生がガチムチな男性に捕まっていたのは、ちょっと可哀想だった。

 男性のはちきれそうなTシャツには『ボディービル愛好会』と書かれていた。


「おー、やってるなぁ」

「二人は見てみたいところってあるの?」

「おれはテニスかな」

「なんで?」

「セレブっぽいから!」

「あっそう」


 だんだん、信二の扱い方がわかってきた。


「衛は?」

「……いぶ」

「え?」


 衛は顔を背けて、手のひらのアリエッタを撫でながら小さいな声で答えた。


「ごめん、なに?」

「……手芸部だ」

(似合わねー!)


 危ないところだった。


 もし、一回目で聞こえていたら、不意打ちを食らって吹き出していただろう。

 間一髪、ギリギリセーフだ。


「似合わねー!」


 バカがいた。叫んで笑った奴がいた。言うまでもない、信二だ。


「わ、わかってんだよ、そんなことは!」


 衛は、黙っているとひたすらに怖いけど、顔に似合わずかわいらしい趣味を持っているようだ。


 本当に、顔に似合わず。


「ごめんごめん。なに? 趣味なの?」

「ま、まぁな。でも本だけじゃ、よくわからなくて。ちゃんと、始めたいと思ってな」


 モゴモゴと話す衛に、信二は明るい顔で言った。


「いいじゃんか! これから、今までとまったく違う生活が始まるんだぜ? 新しいことをやるには、絶好の機会だろ!」


 屈託のない表情から、本心で言っていることがわかった。


「そ、そうだよな。ありがとう」


 照れた衛は、全然かわいくなかった。


「晴人は? どこか見たい?」


 信二と小太郎が、同じように目を輝かせて見上げてきた。


「正直、数あり過ぎて決まってないんだ」

「なら、テニスと手芸をとりあえず回ろうぜ。知り合いがいたほうが、気が楽だろ?」

「そうだな、三人で回ろう」

「うん。わかった」


 こうして、僕らは三人で固まってサークルを見学することにした。


 ……はずなのだが。


 なぜか、僕は一人で椅子に座っていた。


 周りには二人の姿はおろか、同級生は一人もいない。先輩二人に見つめられながら、居心地の悪さを噛みしめていた。


「来てくれてありがと~。ジュースでも飲んで」

「あ、はい」


 ひと際香水と化粧の匂いがキツイ先輩が、紙コップにジュースを注いでくれた。

 胸元が大きく開いた服を着ていて、どうしても目がいってしまうのは、男の性だろう。


 こんな状況になった経緯を簡単に。


 僕たち三人は、テニスと手芸部のブースを探しながら歩いていた。


 途中、何人もの先輩から勧誘を受けたため、あっという間に両手はチラシでいっぱいになった。

 そのとき、運悪く人とぶつかりチラシを落としてしまった。慌てて拾う僕を手伝ってくれたのが、この女性だった。


「きみぃ、大丈夫ぅ?」


 耳に残る高い声の人だった。


 見た目も、様々な姿の人がいるサークル勧誘の場にあって、やたら目につく格好だった。

 胸だけでなく、体のいたるところが、挑発的に強調されていた。短いスカートからは屈むと、いとも簡単にピンクのパンツを覗くことができた。

 つい凝視してしまったのは、男の性だ。


「ねぇ、チラシいっぱい持ってるけどぉ、まだサークル決まってない感じ?」

「え! は、はい」


 慌ててパンツから目を離し、差し出された紙の束を受け取った。


「じゃあ、ウチの見学来ない? お菓子とかあるしぃ、みんないい人だよぉ」

「い、いえ、友達と一緒に回ってて……」


 僕が見た先に二人の姿はなく、置いて行かれた虚しさが胸に広がった。


「あらら~、行っちゃったみたいだねぇ」

「……みたいですね」


 こうして僕はこの先輩に手を引かれて、名前も知らないサークルの見学に来たというわけだ。

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