第14話 出会い 『鬼の鬼塚』
目の前の戦いに夢中で、まったく気づかなかった。
いつの間にか、金髪豚野郎の後ろに大柄な男が立っていた。
「よお。情けねぇことになってんな」
坊主頭のその男は、派手な反りこみを入れており腕には刺青が走っていた。
身長は、衛と同じくらいあるだろうか。格闘家と言われても、なんら違和感がなかった。
「へ、へへへ。そうなんですよ、先輩。こいつらがやったんですよ」
金髪豚野郎は起き上がりながら、ヘコへコと笑った。
「でも、いい女でしょう? 顔だけなら、今までの女よりも上玉ですよ」
「そうだな。となりの女も、かわいげがあっていいじゃねぇか」
ニヤつく二人を、アキラちゃんが睨んだ。
「どうだ、この人が俺の本当の秘策よ!」
「だろうな。トイレに行ったとき、お前が電話してるのが聞こえたよ。こんなことだろうと思ったぜ」
いづみちゃんが怯え、アキラちゃんが庇い、僕と信二が警戒する中、衛は冷静だった。
「じゃあ、こっちも秘策があるのか?」
期待を込めて聞いてみた。
「ない。ぶっ飛ばすだけだ」
期待した返事は聞けなかったが、衛は自信満々だった。
「おいおいおいおい。この人はな、鬼の鬼塚って恐れられる人なんだぜ? いくらお前が自信あっても、その使い魔じゃあ勝てねぇぜ」
金髪豚野郎がバカにしたように笑った。
「たしかに、お前いいガタイしてるな。殴り合いで喧嘩したら楽しそうだ。でもよ、こいつの言う通りそのポケットに隠れた使い魔じゃ、相手にならんな」
衛の胸ポケットにはからは、アリエッタがひょこっと顔を覗かせていた。
「召喚」
鬼塚が呟くと、ドコツカから魔法陣の輝きが起こった。
すると、二メートルはある大きな魔獣が牙を剥いて現れた。
「魔獣タイプ。
ガゼルは赤い体毛に覆われ、蒼い瞳をしていた。その眼光は鋭く、漆黒の角は見るからに頑強だった。
「出た! 鬼のガゼル! 最強だぜー!」
騒ぐ金髪豚野郎が心底うるさかった。
「強そうだな」
衛は低い声で呟いた。
袖をまくり上げると、怯えるいづみちゃんの頭におもむろに手を置いた。
「心配するな。俺が倒してやる」
かっこよかった。男として、一度は言ってみたいセリフだ。
でも
「本当に大丈夫なのか?」
魔獣タイプは他の種族と比べて高い身体能力が特徴だ。
だが、回復能力があるとはいえ、いくらなんでもアリエッタでは勝負になると思えなかった。
心配する僕らをよそに、衛は無言でガゼルと向き合っていた。
「おいおい、マジでやるのか? 大人しく女を差し出せば、見逃してやるぞ?」
「そんなマネするか。こっちも、受験勉強で体がなまってたんだ。相手してくれよ」
「キュー!」
衛の言葉のあとに、アリエッタの高い声が響いた。
「カーバンクルのアリエッタだ。たしかに魔獣タイプなのに力は無いし、性格も臆病だ。だが、それでいい。戦うのは俺だからな」
「ぶはっ!」
鬼塚が吹き出した。
「お前、ガゼルと生身で戦うってのか? 死ぬぞ?」
「……アリエッタ、
あのときの僕と同じように、衛の体をアリエッタの紅い魔力が包んだ。
しかし、僕のときとは違い、雄々しい魔力だった。
「はあああ~っ!」
ただでさえ大きい衛の体が一回り大きくなり、紺チェックが豪快な音を立てて破れた。
アリエッタは頭に移動し、衛に魔力を送り続けた。
「なっ!」
「カーバンクルの魔石は、凝縮された魔力の塊だ。アリエッタの場合、その魔力を対象の生物に送ることで、身体的な能力を高めることができる。そして対象がパートナーである俺の場合、供給される魔力は限界まで送ることができる。身体能力は、格段に高まるのよ」
後ろからは見えないが、たぶん衛は笑っている。不敵に、恐ろしく。
「これはいわゆる戦闘用でな。たぶん、そいつと戦っても死ぬことはないぞ?」
衛の言葉に、鬼塚が再び笑い出した。
「おもしれぇ。こんな奴初めてだ。やれ! ガゼル!」
凶暴な雄叫びを上げて、ガゼルが襲いかかった。
「ぬおりゃあ!」
それを衛は、真正面から迎え撃った。
大きな爪をものともせず、力比べを始めた。
「っらあ!」
そして勝った。
投げ飛ばして壁に叩きつけると、間髪入れずに飛びかかった。
「どりゃああああああああ!」
砲丸みたいな拳が、人間とは思えない速さでガゼルに降り注いだ。
「ガウッ!」
ガゼルもやられっぱなしではなかった。
拳の雨の中、こっちにまで風圧が感じられるほどの力で、衛を薙ぎ払った。衛の体は鈍い音と共に吹っ飛んだ。
今のはまずい。
「はあああ」
そんなことはなかった。
ちょっとだけ口が切れたものの、衛は息を吐きながら楽しそうに笑っていた。
そして、一人と一匹はまたも正面からぶつかり合い、激しい格闘を繰り広げた。
「……なぁ」
呆気にとられていた信二が、やっと言葉を発した。
というか全員、開いた口が塞がらない状態だった。
「なに、これ?」
「びっくり人間コンテスト?」
意外にも最初にいづみちゃんが反応した。
「筋肉の限界に挑戦中?」
「鬼対鬼人」
「「「それだ」」」
決まった。タイトル付けはアキラちゃんが優勝だ。
「ギャウ!」
僕たちがふざけた会話をしている間も、戦いは続いていた。
やがて、衛がガゼルの巨体を一本背負いで投げ、地面に叩きつけた。ガゼルは悲痛な叫びを上げて、のびてしまった。
「ガゼル!」
鬼塚が思わず駆け寄った。
「バカな。ガゼルが負けるなんてありえねぇ。それも、人間に」
鬼塚はナイフを取り出すと、衛に向かって構えた。
「……やめとけ。ガゼルが敵わないのに、お前が勝てるわけないだろう」
「うるせぇ! このまま終われるかよ!」
「お前が死んだら、ガゼルも死ぬ。無茶はするな」
衛はナイフを取り上げると、紙屑のようにくしゃくしゃと丸めた。
……ツッコみたかったけど、我慢した。
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