第15話 出会い 『十人のモブたち』

「くそっ……俺たちの、負けだ」


 鬼塚は膝から崩れ、負けを認めた。


「な? 心配なかっただろ?」


 アリエッタの魔力供給が静かに消え、衛の膨らんでいた体も元に戻っていた。

 それでもデカいことには変わりないが。


「いや、普通は心配するっての!」

「まぁ、勝ったんだからいいんじゃない?」

「ありがとう、衛くん」

「バーサーカーみたいだったよ」

「お、お前らー!」


 笑い合う僕たちに、またあの声が聞こえてきた。


 金髪豚野郎だ。


「こ、これで終わったと思うなよ!」

「やめろ。これ以上やっても、みっともねぇだけだ」


 鬼塚が止めに入ってくれた。

 顔は怖いけど、その辺の良識はあるようだ。


「うるせぇ!」

「ギチャ!」


 そんな鬼塚を、チャドラが引っ掻いた。


「てめぇ! なんのマネだ!」

「へっ! ガゼルがいないお前なんて、怖くないんだよ! 鬼の鬼塚は俺が倒す!」


 恐らくこの場にいる全員が、目の前のムカつく笑みを消したいと思っているだろう。


「おっと、お前らは動くなよ? 実は、呼んだのはこいつだけじゃねぇんだ。全部で十人、一斉に相手にできるかな?」


 すると、背後から男の声が聞こえた。


「ちょっとよろしいか? いづみ嬢」

「きゃあ!」


 声の主は、ヨイチだった。


「ヨ、ヨイチ。な、なに?」

「脅かすんじゃないよ、このバカ! っていうか、今までどこに行ってたんだ!」


 アキラちゃんが怒鳴った。

 言われてみれば、せっかく活躍できそうな状況だったのに、さっきからヨイチの姿がなかった。


「い、いやお嬢。これにはわけがござって」

「どういうわけだい?」

「そ、それを今からお見せするでござるよ。というわけで、いづみ嬢。マイモをお貸し願えませぬか?」

「え? い、いいけど。召喚っ」


 マイモがふわふわと現れた。


「かたじけない。マイモ、ちょっと手伝ってもらいたいのだが、力を貸してはくれぬか?」


 マイモが優しい赤色に光った。


「ふむ。では、参ろう」


 砂状化したヨイチは、マイモと共にどこかへ消えていった。


「……なんなの、あいつ」

「まぁ、アキラちゃん落ち着いて」

「あ、戻ってきた」


 いづみちゃんに釣られて空を見上げると、夜だというのに白い雲が浮かんでいた。


 いや、そんなわけなかった。

 頭上に浮かぶそれは雲ではなく、巨大化したマイモだった。


「おお! こんなことができるんだ!」

「マイモー、そんなに大きくなってどうしたのー?」


 マイモはゆっくり降りてくると、僕たちと金髪豚野郎の前で元の大きさに戻った。

 すると、上に乗っていたであろう男たちがドサドサと落ちてきた。


その数、十人。


「え、こいつらは?」

「敵意丸出しで、こちらに向かっていたでござるよ。小太郎殿が勝利したあたりで気がついた故、忍の如く闇に紛れ、迎撃していたでござる。いや、まさかこちらにも新手が現れていたとは。お嬢、申し訳ございませぬ」


 ヨイチは砂状化を解き、アキラちゃんの前で深々と頭を下げた。


「……顔を上げな、ヨイチ。お手柄だったよ」


 アキラちゃんが、ヨイチの頭を優しく撫でた。


「いいな! おれも!」

「黙れ」

「お、お嬢……あ、ありがたいでござるが、そんなにお手柄なのでござるか?」

「あれを見な」


 アキラちゃんが指さす先には、口を開けたまま固まる金髪豚野郎の姿があった。


「どうやら、こいつらがあんたの言ってた連中みたいだね。あたしの使い魔だけで、なんとかなったよ」


 金髪豚野郎は怒りからか恐怖からか、ぶるぶると震えて何も言えずにいた。


「おい」

「へ?」


 震える肩を掴むと、鬼塚が金髪豚野郎を思いっきり殴り飛ばした。


「な、なにするんだ!」

「やかましい。なめたマネしやがって、覚悟しろ」

「チ、チャドラ! こいつをぶっ殺せ!」

「ギ、ギチャ~」


 見ると、チャドラは意識を取り戻したガゼルに捕まり、術者同様震えていた。


「ひっ!」


 鬼塚がもう一度殴り飛ばすと、ガゼルも持っていたチャドラを地面に叩きつけた。


「……すまなかった。こいつらは、俺がけじめつけさせる。勘弁してくれ」


 鬼塚は土下座し、ガゼルもそれを真似た。

 となりでは、金髪豚野郎とチャドラが同じ体勢でのびていた。


「もういいよ。ただ、二度とこんなマネしないって約束して。あと、そこのクズをあたしらに近づけさせないで」

「わかった。約束しよう」


 最後に鬼塚が自分の上着を衛に渡し、新たな友情が芽生えたのを見届けて、僕たちはやっと帰路についた。


「あー、疲れた。もう、明日はお昼まで寝てよう、いづみ」

「あはは、そうだね~」

「俺なんて服がダメになってしまった。上着もらったからいいが」

「もう紺チェックになれないな」


 さきほどまでの緊張が解け、みんな自然と笑みがこぼれていた。


「そういえばさ」

「うん?」

「晴人だけなにもやってないよな?」


 信二が嫌味な笑顔で、僕の顔を覗き込んだ。


「たしかにな」

「思った。一人だけなにもしてない」

「し、したさ! 重要なことを。僕にしかできないことだった」


 とっさに反論した。


「なに?」

「金髪豚野郎の名付け親」

「ぶふっ!」


 期待通り。

 いづみちゃんのツボに入ってくれた。


「たしかに、あれはナイスセンスだったな」

「でも、大した活躍してないのは事実だよね」


 アキラちゃんの言葉は、容赦なく胸に刺さる。


「わ、わかったよ。今度は絶対活躍する」

「ま、こんなことは二度と経験したくないけどね」


 その後は何事もなく、僕たちは無事に女の子二人を送り届けた。

 男三人もそれぞれの家路につき、僕は夜道を一人で歩いていた。

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