第13話 出会い 『金髪豚野郎』
慌てて衛が睨む先を見た。
さきほど通り過ぎた建物の影に、人の気配を感じた。
「だれだ!」
ゆっくりと街灯の下に姿を現したのは、新歓コンパにいたあの金髪だった。
「ちっ! バレてたのかよ」
「アリエッタは耳がいいんだ。足音がひとつ多いんで怖がっていた。その無駄に尖った靴の音だよ」
派手なゼブラ柄の靴を、衛はバカにしたように指さした。
「うるせぇ! お前なんかに用はないんだよ。アキラちゃん、きみに用があるんだよ」
金髪は、気味の悪い笑みをアキラちゃんに向けた。
だが、向けられたほうはすでに、冷めきった眼差しを送り返していた。
「なぁ、俺と一緒に遊ぼうぜ。今晩だけでいいんだ。そしたら、きっと俺の虜になるはずだからよ。なんなら、そっちの従姉妹も一緒でいい」
「ひっ!」
いづみちゃんが小さく悲鳴を上げた。
「……ザい」
「え?」
「ウザいんだよ! なんだい、わざわざ人のことつけて。そんな奴と遊ぶ? 虜になる? 冗談じゃない、気っ持ち悪い! だいたい、飲み会のときから気持ち悪かったんだ。三十人と付き合った? 納得して別れた? だからモテる? バカみたい。みんな納得して別れたってことは、あんたと別れたかった理由があるってことだろ。三十人全員がそれじゃあ、まったく成長してないってことじゃないか! あたしはそんな奴と付き合うほど暇じゃないし、軽い女でもない! いづみだって、あんたみたいな奴との付き合い、一族総出で反対だね! とっとと消えな!」
圧巻だった。
すさまじい勢いで放たれた言葉の弾丸は、見事金髪に命中していることだろう。
というか、こんなこと言っては不謹慎かもしれないが、捲し立てるアキラちゃんの姿はドラマのワンシーンのようで、すごくかっこよく見えた。
本人は、心底嫌なんだろうけど。だって、鳥肌立ってるもん。
「わ、わたしだって嫌です! 帰ってください!」
いづみちゃんが続いたが、アキラちゃんと違って迫力に欠けていた。
だがその分、なんだか無性に守ってあげたくなった。
「……は~あ、顔はいいけどバカな女だな。いいよ、どうせ体目当てだったし。力づくでいくから」
わざとらしく首をひねり、金髪は自慢の金髪をかき上げた。
アキラちゃんの言葉の弾丸は、思ったより効いてはいないらしい。大したメンタルだ。
だが。
「お前、本気か? 俺たちもいるんだが?」
ゴキゴキと音を立てて、衛の指が鳴った。
首をひねっても同じような音が鳴り、この時点で金髪を圧倒していた。
「おっとっと、怖いな~。でもよ、お前のそのちっさい使い魔じゃあ、俺には勝てないだろうぜ? 召喚!」
次の瞬間、金髪の前に膝丈くらいの使い魔が立っていた。
「精霊タイプ、グレムリンのチャドラだ!」
濃い紫色の体に、長く黒い爪。
飛び出した赤い目が、ギョロギョロと動き、大きく裂けた口には無数の牙が並んでいた。
チャドラは口を開き、威嚇した。
「ギチャー!」
ひび割れたような鳴き声は、アリエッタのものとは月とスッポンだった。
「ほう。そんなに自信があるのか?」
「見せてやるよ。チャドラ!」
金髪が叫ぶと、チャドラの頭上に火の玉が現れた。
「くらえ! ファイアボール!」
火の玉はバスケットボール並みに大きくなり、僕たちに向かって飛んできた。
「きゃあ!」
いづみちゃんの悲鳴と共に、ファイアボールは炸裂した。
しかし、みんな無傷だった。
爆発による煙が晴れてくると、防いだ人物が姿を現した。
「へぇ~、精霊タイプは魔法が使えるって聞いたけど、初めて見た。便利だね」
信二だった。
てっきり衛かと思っていたのに、信二だった。
信二は傍らに小太郎がいるだけで、なにか道具で防いだようには見えなかった。
「お前、どうやって?」
一番驚いていたのは、金髪だった。
「お前さ、もしかして今の不意打ちが秘策だったりするの? だとしたら、おれは身長小さいけど、お前は人間的にものすごく小さいな。器はアリエッタ以下じゃねぇの?」
「そうだね。マジでないよ、あんた」
信二の毒舌にアキラちゃんも続いた。
「そ、そうです! 卑怯です!」
「漢じゃねぇな」
「金髪豚野郎」
僕の一言に、いづみちゃんが吹き出した。
「お、お前らぁ! バカにすんなー!」
裏返った声で、金髪は叫んだ。
「チャドラ! 特大のファイアボールだ!」
「着火」
信二が呟いた次の瞬間、小太郎が炎に包まれた。
牙をむき出しにし、唸り声を上げながら、小太郎はチャドラと信二の間に立った。
「お前も火の能力を使うのか? だけど、そんな火じゃ特大のファイアボールは防げねぇぞ?」
金髪。もとい、金髪豚野郎はケラケラと笑った。
「どうかな? やってみようぜ」
信二はそう言うと、胸の前で手を合わせた。
「いくぜ、小太郎!」
「おう!」
「いけぇ、チャドラ!」
「ギチャー!」
火の玉は一気に膨らみ、バランスボールくらいの大きさになった。
一方、信二はすばやく印を結び、叫んだ。
「
途端に、小太郎を包む炎が激しく回り出し、車輪のような形になった。
「ガルルル!」
「うてぇ!」
小太郎が飛びかかるのと同時に、チャドラの特大ファイアボールが放たれた。
むっとする熱風が僕たちを襲い、みんな思わず顔をしかめた。
小太郎とファイアボールは正面からぶつかった。
しかし、数秒も経たないうちにファイアボールは風船のように破裂し、その爆風で金髪豚野郎とチャドラは吹っ飛んだ。
「うわぁ!」
「ギチャ!」
瓜二つの、情けない声が上がった。
「最初の一撃でわかったけど、お前のファイアボールは見た目だけなんだよ。火の熱も魔力の密度も低いんだ。いくら精霊タイプでも、魔力はちゃんと分けてやらないと。おれんちは、流派作っちゃうくらい歴史だけはあってさ。そんな軽いのじゃ、敵わないよ。ま、相手が悪かったと思いなよ」
普段はふざけてばっかの信二が、かっこよく見えた……なんか悔しい。
「あ、ありがとうございます! 信二くん!」
いづみちゃんが頭を下げた。
「いやいや、お礼なんていいって。どう? アキラちゃん、見直した?」
「アリエッタの爪くらいね」
「ちっさ!」
うなだれる信二は、いつものムードメーカーに戻っていた。
「お、お前ら、これで勝ったと思うなよ!」
金髪豚野郎は、ベタベタな負け惜しみを吐き出した。
「なに言ってんの? あんたの未来は警察に突き出されるか、あたしらにボコボコにされるかの二つしかないんだよ」
「ア、アキラちゃん、目が怖いよ」
いづみちゃんが怖がるほどに、アキラちゃんの目は据わっていた。
「……いや、そうでもないみたいだ」
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