第8話 出会い 『桃園いづみ』

 大学の闇を知ってしまった入学の日から、二週間が経った。


 あのあと、すぐに大学に訴えて手厚い謝罪をしてもらった。

 本田たちのいたサーチ・ライトは、昔から問題になっていた宗教サークルらしく、名前を変えながらしぶとく存在していたらしい。


 すぐにサークルは解体されたが、本田やユリ先輩は捕まっていない。

 どこでなにをしているのかは、まったくわからないままだ。


 個人的にはこれ以上関わりたくないし、被害が広がらないことを願う。


 慣れない自炊や授業に追われる中、今日はアキラちゃんに誘われて、ボランティア部の新歓コンパに参加することになっていた。


 本音を言えば、もうサークルなんてこりごりだったのだが、アキラちゃんに「もしよかったら、一緒に参加しない?」なんて言われたら行かないわけがない。


 今回はサークルの素性もはっきりしているし、みんなもいるから大丈夫だろう。

 明日は日曜日だし大いに楽しめる。ちょっとくらい夜更かししたっていいだろう。むしろ、それが大学生の醍醐味じゃあないのか? 


 勉強しろって言われれば、なにも言い返せないけど。


 大学の最寄り駅である繋文大学前駅けいぶんだいがくまええきで、僕らは待ち合わせをしていた。

 僕たち三人と、アキラちゃんが女の子を連れて来て、五人で向かうことになっていた。


 僕たちは偶然にも、みんな同じ学科だった。


 今日アキラちゃんが連れてくる女の子もそうらしい。学科の中で、まだアキラちゃん以外の女子と話せずにいた僕にとって、これ以上ないほどありがたい話だ。


 僕が到着すると、信二がすでに待っていて、衛も僕とほぼ同時にやって来た。三人が揃った瞬間、事件は起きた。


「マジかよ」

「うそだろ?」

「信じられん……」


 三人とも固まってしまった。目の前で起きていることが信じられなかった。


 全員がチェックのシャツを着ていた。しかも、ジーパンまで被っていた。

 まさか三人で服が被るなんて、想像もしていなかった。


 僕は赤と白のチェック。

 信二はピンクと白のチェック。

 衛は紺と白のチェック。


 幸いにも色が違っていてよかった。しかし、デザインはほとんど同じように見える。


「なんで同じようなもん着てるんだよ。仲良しか!」

「せめてギンガムチェックとかいればな……」

「どうするんだよ、もうアキラちゃんたち来るぞ」

「……これしかない。来い!」


 信二に引っ張られ、僕らは男子トイレに隠れた。


「……って感じでいこう」

「え、マジですんの?」

「……」


 信二の提案は、嫌な予感しかしなかった。

 これしかないと言えばこれしかないが、ちゃんと考えれば別の方法もある気がする。


「ほら! もうアキラちゃん来ちゃったぞ! タイミング合わせて行けよ? 3・2・1」


 勝手にカウントダウンを始めやがった。


 もう、どうにでもなれ!


「どーん!」


 やって来たアキラちゃんたちの後ろから、僕たちは勢いよく飛び出した。


「ピンクチェック!」


 信二が膝を付いてポーズをとった。


「レッドチェック!」


 続いて僕が、信二の後ろで両手を広げた。


「紺チェック!」


 最後に衛が、僕の後ろでポーズを決めた。


「「「おれたち、チェックマーン!」」」


 決まった、決まってしまった。


 これで明日から僕たちのあだ名はチェックマンだ。


 とりあえず、あとで衛と一緒に信二の処遇について話し合おうと思う。


「ぷっ……あはははは!」


 あからさまに引いていたアキラちゃんとは対照的に、一緒にいた女の子は涙を浮かべて笑ってくれた。


「っしゃー! ウケたー!」

「えっちょっと! あんなので笑うの?」

「あ、あんなの……」


 どうやら盛大にツボに入ったらしく、やがて咳き込みだした女の子が落ち着くのを待った。


「ご、ごめんなさい。わたし、桃園ももぞのいづみです。アキラちゃんみたいに、下の名前で呼んでください。み、みんなおもしろいね」

「いや、くだらないでしょ。ものすごく、これ以上なく、絶望的に」


 アキラちゃんがツッコんだ。

 鋭くて、本当にダメージがデカいツッコミだが、いづみちゃんのおかげでずいぶん救われていた。


 いづみちゃんは、茶色い髪をふわふわと巻いて、ふわふわのスカートを穿いたかわいらしい女の子だった。

 パンツスタイルでキリッとしたアキラちゃんと並ぶと、守りたくなるような女の子らしさが際立った。なにより、見事に膨らんだ胸元が男たちの視線を集めていた。


「いやぁ、笑ってくれてよかったよ。あ、おれ永犬丸信二。信二でいいよ」

「僕は高若晴人。呼び方は好きにしてくれていいよ。よろしくね」

「俺は本城衛。紺チェックと呼んでもいい」


 せっかく落ち着いていたのに、またいづみちゃんが吹き出した。


 衛は普段は真顔で怖いのに、こういうノリはよかった。まだ二週間しか経っていないが、三人でいるとなかなか楽しい。


「よ、よろしくお願いします」

「よーし、じゃあ新歓行こうぜ! チェックマン出動!」

「ぶはっ!」


 またいづみちゃんが吹き出して、僕たちにはアキラちゃんからの冷たい視線が送られた。

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