学校一派手なガングロギャルの真実

八百十三

学校一派手なガングロギャルの真実

 それは本当に、何でもないことがきっかけだったと思う。

 同じ階の女子トイレで入れ違いになったとか。

 音楽の授業の前、教室移動の時にちらりと目に入ったとか。

 古文の授業中、ふと視界に入った時に身じろぎしたとか。

 学校で起こる何気ない時間の中で、私は少しずつ彼女の本質に気が付いていったように思うのだ。

 都立豊玉高校で学校一派手で、学校一はっちゃけていると実しやかに噂されている、金髪ガングロのギャルの本質に。




 東京都立豊玉高校。

 都立高校の中でも屈指の自由さと開放感ある校風を誇るこの学校には、いろんな生徒がいる。

 日本数学オリンピック出場経験者とか。

 人気小説家とか。

 外国でめっちゃ大きな店を経営している実家を持つやつとか。

 区内どころか東京23区西部地域一帯に名が知れている不良とか。

 気軽に化学実験室で変な薬作って自分で飲んじゃうやつとか。

 そんなキャラの濃い生徒がいる中でも、彼女・・はいつも目立っていた。


 元嶋もとじま魅恵琉みえる。性別女。2年D組、出席番号41番。

 人工的に染めたとしか思えないほどに不自然な金髪に、茶色を通り越して茶褐色にまで日焼けした肌。その肌にいつも、白っぽいメイクを顔いっぱいに施している。

 髪はビーズやらリボンやらが編みこまれたコーンロウになっていて、通学カバンにはたくさんのキーホルダーやぬいぐるみやストラップがジャラジャラ。

 授業中は大概寝ているかバックレてどっか行っている。

 数人のギャル友をよく引き連れては、学校の授業が終わってすぐに街に遊びに行っている姿をよく見る。

 ただ、そんなんでも先生たちから特別目を付けられているわけではなく、成績は中の上クラスではあるらしい。


 私は彼女と同じ2年D組に所属している上、出席番号も近いので、よく彼女の姿を見ているのだが。

 最初はそれこそ、見た目が派手な彼女を怖い人だと思っていたのだが。

 同じクラスで過ごして観察しているにつれ、意外とそうでもなさそうなことを知った。

 提出物はきちんと仕上げて出してくるし。

 実習系の授業でふざけることは無いし。

 音楽の授業で楽器の演奏をそつなくこなすし。

 意外と周りに目を配って、配慮をしているのが動きから見えてくる。

 なので一学期が終わる頃には、そんなに怖い人だとは思わなくなっていった。


 で、夏休み。

 部活の練習が終わった後、帰るまでの時間つぶしに校舎を歩いていた私は、音楽室からピアノの音が幽かに聞こえてくるのに気が付いた。

 ドアの隙間から、そうっと中を覗くと、中にいたのは。


「(……ミエちゃん?)」


 そう、魅恵琉である。

 こちらに背を向けたままに、粛々とピアノを弾いていた。

 派手な彼女のことだから、もっと派手な弾き方も似合いそうなものだが、その体幹はぐらりとも傾かない。

 淡々と、丁寧に、鍵盤を叩いている感じの弾き方だ。

 だが不思議と、その姿から目が離せない。


「……何してんだよ?そんなところで突っ立って」

「えっ、あ……」


 気づけばピアノの音は止んでいて、魅恵琉が演奏の手を止めてこちらをねめつけていた。

 森というのは私のことだ。2年D組出席番号43番、もり千彰ちあき。魅恵琉のクラスメート。ただそれだけ。ミエちゃんとは呼んでいるけれど、彼女がそうしてほしいと言うからそうしているだけだ。

 魅恵琉の鋭い、他人を拒絶するような視線に刺されて、少しひるんだ私ではあるが。彼女をまっすぐ見つめたままで、小さく口角を持ち上げた。


「ミエちゃんって、ピアノ弾くんだ」

「……まぁ、ね」

「今の、なんて曲?」

「ショパンの……練習曲。『エオリアン・ハープ』ってやつ」


 私の言葉に一瞬目を見開いた後、魅恵琉はついと目を背けた。そのまま私の問いかけに、淡々と答えてくる。

 まぁ、そうだろう。一人でピアノを弾いているところに、突然入って来られたら。

 そういえば、今日は一人だ。いつも周りを取り巻いているギャル友の姿が、音楽室の中には無い。


「今日は、友達は一緒じゃないの?」

「あいつらは、旅行。ってか、友達でも何でもないし。ただ、勝手についてきているだけ」

「そうなの?いつも一緒にいるのに」

「鬱陶しいんだよ、勝手にまとわりついて私の周りでピーチクパーチク。気が散るったらありゃしない。

 で、森ちゃんはなんでここにいんだよ、部活は?」


 ギャル友を思い出したのか、いらいらしたように眉を顰める魅恵琉が、じろりと私の顔を見てきた。どうやら私が部活の練習できたことは、彼女も分かっているらしい。

 私は小さく肩を竦めつつ答えた。


「陸上部の練習はもう終わって、あとは自主練。すぐに帰るのもなんだから、校内をぶらついてたらここに来たってだけだよ。

 ミエちゃんは?部活、入ってないでしょ?」

「……ピアノ弾きに来たんだよ。うち、狭いからピアノ置けるスペースなんてねーし、エレクトーンじゃ弾いた気にならねーし」

「意外。ミエちゃん、ジャズとかロックとかガンガン弾くのかって思ってた」

「んだよ、森ちゃんは私のことなんだと思ってんだよ」


 刺々しい言葉でつっけんどんに返してくるが、それでも言わんとすることはちゃんと伝わってくる。

 それに、質問すればちゃんと真面目に返してくるし、話に乗っても来る。ギャルにありがちな人を小ばかにした感じが、彼女と直接話すとあんまりない。

 だから私は、素直にそれを口にした。


「同じクラスになるまでは、派手で明るくてあんまり真面目じゃない、ちょっと近づきがたいギャルって思ってた。

 でも同じクラスになってからは、真面目で器用でちょっと人付き合いが苦手でクールな、普通の子だって思ってる」

「……あー、ったく」


 私の素直な評価を受けて、魅恵琉は恥ずかしそうに額を掻いた。ぶっきらぼうに言葉を吐き捨てて、そのまま視線を足元に落とす。

 そうしてからぽつりと呟いた。


「……そうだよ、私は別にしたくてギャルしてるわけじゃねーもん。

 この髪だってしたくてしてるわけじゃねーし、肌だってほっといたら勝手に焼けただけだ。授業中に寝るのも受ける意味のない奴だけそうしてるだけだし、バックレたその時間は図書室で大人しくしてんだ」


 魅恵琉曰く、髪の毛は中学時代に誤って脱色剤をかぶってしまい、仕方なしに明るい色に染めてみたら親にもてはやされ、以来染めたままでいるということ。

 部活をやっていないのは単純にピアノの練習時間が欲しいから。

 鞄の大量のキーホルダーやぬいぐるみは、彼女の弟や妹からのプレゼントで、可愛いから付けているんだということ。

 肌は元々少し色が濃い程度だったのが、どうやら強烈に日焼けしてしまう体質で、毎年悩んでいること。

 顔全体のメイクは日焼け止めや保湿クリームを塗っているのがそう見えてしまうだけなんだとか。

 聞いてみれば、それぞれ何でもない理由だ。別段悪ぶっているわけではないのだ。

 ただ、周りが勝手に彼女をギャルっぽくしてしまっているだけのことで。


「……それ、あの本当にギャルしている友達?には話したの?」

「当然。だけど『えー似合ってるんだからいいじゃーん』で終わりだ。こっちの言い分なんざ聞いちゃくれない。

 まとわりつかれるのを拒絶すればいいんだけど……なかなか、人が近づいてきてくれないから、自分から近付いてくれる奴らを突き放すのも、悪いなって……」


 なんとも、寂しそうな表情をして言葉を零す魅恵琉。

 それを見た私は、首を傾げて心底不思議な表情をして言った。


「ミエちゃんはさ、どうしたいの?

 その友達と思ってない人たちに付きまとわれたままでギャルのままで高校を卒業するのか、イメチェンして普通になって高校を卒業するのか」

「……んー」


 私の言葉に、真面目な表情で考え込む魅恵琉。

 しばらく無言の時間が続いた後、ぽつりと私の口を突いて出た言葉は。


「ミエちゃんって、やっぱりギャル?」

「いや……私は全然自分のことギャルだと思ってねーし。つーかギャルってもっと、きゃぴきゃぴしてはっちゃけてるもんじゃねーか?」

「じゃあ言えばいいじゃない、私はあんたたちが思うようなギャルじゃないって」


 きっぱりと、それでいてあっけらかんと言ってのける私に、眉を寄せて考え込み始めた魅恵琉だったが。

 今度は沈黙の時間は、長くなかった。考え込んだ表情のまま、魅恵琉の口が動く。


「私自身が、ギャルと思われるってのは別にそのままでもいーけど……あいつらとは、離れたい、かな」

「なるほどー」


 二度三度と頷いた私。

 そしておもむろにその両手をパチンと叩いた。


「じゃあさ、改めて友達作り、していこうよ。私も手伝うから」

「森ちゃんが……?いやなんでだよ、関係ねーだろ」

「あるよ、クラスメートだもん。席も近いし」


 そう、何も全く接点がない相手というわけではない。

 れっきとしたクラスメートなのだ、私とミエちゃんは。

 しばし目を見開いたままで、何やら考え込んだ表情をしていた魅恵琉が、微かに目元に笑みを浮かべる。

 その表情のまま、私にこくりと頷いた。


「そっか……そうだな。んじゃ、とりあえず森ちゃんは私の友達、ってことで」

「うん、よろしくね、ミエちゃん!」




 うん、やっぱりミエちゃんは、実はギャルではなかった。

 かと言って不良だっていうわけでもない。

 見た目が派手で、ピアノが上手くて、人付き合いが苦手でクールなだけの、至極真面目な一般生徒だ。

 学校の音楽室で話をして、私はそう確信を持ったのである。

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