春の日に

halhal-02

春の日に

うちの近くに書店がある。そこそこ大きくて、チェーン店のカフェを併設している。駐車場も大きくて土日は賑わっているのだが、そこから少し道に入ると急に閑静な住宅地になる。


私はいつもの通り数冊の本を求めてそれを携えて帰路についていた。

少し離れた公園で遊ぶ子どもの声が聞こえるくらいでとても静かだ。

春先の陽気に誘われて今日は徒歩である。普段は自転車で通り過ぎる道は、歩いているといつもと違う顔を見せてくれる。


印象深い事があった。

それは古い二階建てのアパートを通り過ぎた時だった。


アパートはとても古く、目隠しの植木も傷んでいたし、通路には枯れた植木鉢が放って置かれていたり、錆びた自転車が置きっ放しになっていたりした。それでも外壁を新しく塗り直したのが功を奏してか、ほぼ満室であるらしい。

しかし、正直なところ将来独居老人にでもならない限り、住もうとは思わないボロさである。


二階と合わせて全部で6室あるそのアパートの前を通る。

もう少しで行き過ぎるという時、若い女性の声が響いた。


「来てくれたの!?」


少々大きな声だったので、私は振り返る。アパートの二階の窓から、半ば身を乗り出すようにして制服姿の女の子がそこにいた。


1枚の絵のようだった。


その子は少し茶色の髪で派手な見た目であったが、その嬉しそうな声はとても純粋であった。


窓の下には、同じクラスの生徒だろうか、少しはにかんだ笑顔の女の子が上を見上げていた。


きっと遊びに来てくれたのだろう。


「ありがとね!」


下にいる子は何も言わないが、二階の子は明るい声で礼を言う。


私はその光景をじっと見ることはできなかったので、その後の事は知らない。


ただ、最後に耳にしたのは、


「遊びに来たよ!」


という明るい声だった。


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