第107話 ランティスの為に、私を

「子供なんて……、アンタにはいないだろ? だって、アンタは、国の為に全てを手放したんだろ……? そう、言ってたじゃないか。この国の為に、この国自身が子供だって!」


 国の為に、その身を捧げる。

 それが、弟王子として生まれた人間の誉である。

 自分の子孫は確かに残せない。

 だが、国民が安全に心配もなく争いもなく暮らせるのは、間違いなく彼らが全てを手放すからだ。

 隣国を見てみろ。

 血で血を洗う骨肉の戦いが、今なお王族で、兄弟間で行われている。

 王に相応しい人間はどちらなのか。

 二人が王になる事はない。

 どちらか一人しか玉座には座れないのだから。

 この国の歴史だって、そうだ。

 だからこそ、旧王族が今尚玉座に夢見て蔓延っている。


「産まれた時から決まっている運命を受け入れ、全てを愛する。私もその覚悟があった。あったが……。私の子までもその犠牲にする必要が何処にあるっ!? あの子は、私が父親だと言う事さえ知らず、自分の血の意味さえ知らずにいたのにっ!」


 彼の声が震えている。

 怒りと無念と、後悔で。

 私の子供。

 産まれるはずのない、子供。

 あ。

 そうか。

 私は、何故彼が個人的に教会に、いや。孤児院を支援していたか分かってしまった。

 そうか。

 彼は……。


「愛した人が、居たんだ……」


 ポツリと私が呟くと、首に当てられた締め付けが力を帯びる。


「ローラ嬢、君は賢いな。そう言えば、君も、彼同様に未来から来たのだったな」


 学園長の言葉に、今度は私が目を丸くする。

 今、彼は未来と言ったか?

 異世界ではなく、未来と?


「な、何故それを……?」


 少なくとも、ギヌスはこの世界が異世界だと思っていた筈だ。

 彼の口から、未来と言う単語はなかった。

 あくまでも、漫画やゲームの様に異世界に来てしまったと、彼は認識していた筈だ。

 だからこそ、何故学園長が私の立てた仮説を知っているのか。

 いや知っているのではない。なぜ、その答えに行き着いたのか。

 だってそうだろ? 当事者でもない彼が?

 何故……。


「私の息子も、君達と同じだったからさ」


 え……。

 学園長の息子?


「彼も賢かった。君と同じぐらいにね。ギヌスと同じ時代、同じ国から来たのか、彼が私に教えてくれた事は息子とほぼ同じだった。だから、直ぐに分かったよ。彼もまた、未来から来た人間だと」


 学園長の息子も、私たちと同じ転生者と?

 いや、しかし……。いや、でも、そうか。

 子供じゃなければ、気付く事かもしれない。

 この世界が、過去にある世界だと、気付いてもおかしくない。

 だって、そうだろ?

 魔法も魔王も冒険も夢すらも。

 この世界にはないのだから。

 人の仕組みも世界の仕組みも、何一つ現代とは変わらない。盲目に、異世界に来た、ゲームの世界に来たと信じていなければ、軈て行き着く真実だ。

 これで、何故、学園長がギヌスの存在を受け入れたのかが分かった。

 学園長は、事前に未来から来る人間がいると知っていたのだ。

 悪魔も神も信じないのは、ギヌスと日常を共にしていたからではない。

 彼の愛する息子からの知識が、彼の中に根強く残っている故。


「おいっ! 待てよ! 弟王子が子をなせる訳がないだろう!? そんなもん、出鱈目だっ!」

「ランティス、弟王子が全てを捧げなければならないのは、第一王子が子を設けてから。おかしくはないわ。彼は、きっと、それ以前に子を成ていた。愛する人と、結ばれてたんだ」

「そうだ。私が、彼女に出会ったのはこの学園で。彼女は貴族の娘でもなく、この学園に入学を許された平民でもない。ただのしがない、メイドだった」


 それは、身分違いの恋だった。

 結ばれるはずのない、愛だった。

 稔るはずのない、種だった。


「嘘だっ! だって、アンタは俺に言ったじゃないかっ! 俺にでかい顔して、俺達の運命には意味があるって、生涯結ばれなくとも、人を愛することが許されなくても、子を育つ喜びがなくても、それでも、国に捧げる慶が己の喜びに繋がるって! 言ってただろっ!」


 彼は、自分と同じ運命にあるランティスを諭していた。

 彼が何も残せない、残らない人生を歩まなければならない事実を嘆き悲しみだけの人生にならぬ様に、特別気にかけて教えていた。

 だからこそ、ランティスは学園長を信用していたし、信頼していたのだ。


「ああ。その気持ちに嘘はなかった。私も、彼女が子を産んだなんて知らずに生きていたからな」


 だから、ランティスも学園長が嘘を吐いている様には見えなかったのだ。

 きっと、全ての不協和音は、そこからだ。そこから、可笑しくなった。


「初めて知ったのは、十年近く前だ。まだ、私があの教会の支援をする前。砂漠の国の王の子を匿っていた時だ」

「アリス様……っ」

「そうだ。あの子は、砂漠の国の王がこの国に訪れた時、城のメイドとの間に出来た子だった。我が兄はメイドの腹の中の子の扱いに迷い、私に進言を求めてきた。そこで、私は教会に孤児としてあの子を匿う事を勧めたのだ。なんの罪もない国民の命を奪うか奪わないかを迷っていた様子を見ていて、なんと可哀想かと私は彼女を助けようと教会に預けたのだ。まさか、そこに、自分の子がいるとも知りもしないで……」


 矢張り、あの教会にアリス様がいたのは、学園長が後ろで糸を引いていたから。

 しかし、入ったばかりの頃は下心はなく、彼はアリス様の命を守る一心だった様だ。


「そこで、初めて自分の息子に出会った。まさかと思ったよ。彼女とはこの学園を出てから会ってはいない。私が王子の座を返し、学園に移って来た時も既に彼女はここに居なかった。村に帰ったと、皆に教えられたよ。しかし、彼女は村には帰らずに、私のすぐ近くで、一人で子を産んだ。私には何も知らせずに」


 言ったところで、何になるのか。

 この国の国民ならば、弟王子の子を身篭ったと知られれば死罪になる事はわかり切っている。

 それは、彼女一人の事ではない。

 彼女の腹に宿った一つの命さえ、奪われる事になるのだから。


「彼を見て、すぐに彼女の子だとわかった。話してみれば、すぐに私の息子だともわかった。そして、彼と話をしていくにつれ、彼は自分の出生も知らず生きている事も」


 学園長の息子は、自分がまさか王族の血を引いているなだなんて夢にも思ってもみなかっただろう。

 自分の父親である事を隠し、接触した学園長がまさか自分の本当の父親だなんて、思えるはずがない。


「私は、アリスを口実に七年間あの教会に通い続けた。支援をし始めたのも、息子がいると知ってからだ。あの子は、父親だと知らない私に良くしてくれた。礼儀正しく、心優しい。大層頭の良い青年だったよ。前世の記憶がある、未来から自分は来たと言った時は驚いたが、彼は私を納得させる程の知識を私にくれた。けど、その力を使って何か成すつもりもなく、心優しく穏やかに、人生が送れればそれでいいと彼は笑っていた。私は彼の言葉に、彼がこのまま私を父とは知らず、王族とも関わらず、静かに人生を閉じていってくれると、そう信じていた」


 青年……。

 だと言う事は、十年近く前に学園長の息子は既に成人していたと言うことか。

 もし、本当に学園長の息子が私たちと同じ転生者であるのならば、彼もあの事故の犠牲者である可能性が高い。

 いや、きっと、犠牲者だ。

 私とギヌス以外にもあの事故の犠牲者はいたと言うことか。

 あのクソ上司は、何人人を殺せば気が済むのだ。

 私を殺せば、満足だったのだろ?

 なのに、なのにっ。

 これ程までに無関係な人を巻き込むなど、あってはならぬ事ではないのかっ!


「しかし、お前の父は息子を見逃さなかった」


 ぐっと、私の首を締め付けている腕に力が入る。


「ぐっ!」

「ローラっ!」

「お前の父は、あの子を殺した。皆の前で、罪人として、首を撥ねたっ! あの子が何をしたと言うのだっ! あの子が何をすると言うのかっ! あの子が穢れなく生きた道すら、お前の父は穢したのだっ!」


 それは、必然だった。

 だってそうだろ?

 学園長が、懇意にしている若者を不審に思わない人間はいない。

 博愛が全ての人が、個に固執し、子を慈しむ。

 誰かが、王に密告を行うのも時間の問題だ。

 生きているだけで、罪。

 生きているだけで、罪人。

 あり得ない話の通りが、この時代、この世界では曲がり通ってしまうのだ。

 それが、独裁国家。

 王と言う統括に、全ての権限を集中させている故の事故だとも言える事。

 だからこそ、私達の時代には削ぐわない。悪とされているのだ。

 私は今、その歴史の負を目の当たりにしている。


「それは……、それはっ! 可笑しいけどっ! けど、だからって! だからって! アリスを殺そうとしたり、この国の民を、いや、この国を滅ぼそうとしている理由にはならないだろっ!」

「なる」


 はっきりとした言葉が、ランティスの問いに答えた。


「私は、全てをこの国に捧げた。見ろ、私の姿を。お前の父の弟だと言うのに、私は兄よりも歳を取ったかの様に見えるだろ? 全てを捧げた。人生も、自分自身も、全てこの国の為に捧げた。それは事実だ。若さも、何もかもだ。なのに、なのにっ。何故、この国は私の息子すらも捧げようとする? 私一人の全てを捧げただけでは足りないと言うのか? まだ、血が必要だとでも言うのか? ならば、この国はどれだけ血を啜ればいいのだ。そんな国は必要か? これが、国のためだと言うのならば、そんな国は間違っているっ! そんな国は必要ないっ! こんな国など……」


 狂気と憎しみに満ちた声は、低い笑い声を上げ、炎を撒き散らかす様に呪いの言葉を吐き出した。


「滅べばいいのだっ!」


 そうだ。

 これはただの戦争でも、戦略侵略でもない。

 ただ、この老人がこの国を滅ぼそうとした計画の一つでしかない。

 だから、砂漠の国の兵の存在すら、彼にとっては国を滅ぼす為の手駒。

 あのタクトが起こした爆発でどれだけ兵が死のうとも、彼にとっては何でもない。

 可笑しいと思ったんだ。

 あの爆発で、彼は計画を変えざる得ない程の損撃を喰らったと言うのに、彼自身は何の変更もせずに辺境貴族の隊を叩いている。

 彼は、この国を滅ぼしたいだけ。

 砂漠の国がこの国を侵略し手中に納めようが納めないか、そんな些細な事に興味すらないのだ。


「何を馬鹿な事をっ! あんたは、あんたは本当にこの国を愛していたのではないかっ!」

「全て奪われて、それでも愛してもらおうなど都合が良すぎる話だとは思わないか? ランティス、お前だけは私の気持ちが理解できると思っていたのだが……、残念だな」

「理解など、出来るものかっ!」

「そうか? ならば、今ここで理解を示すがいい。絶好の機会が用意されているのだからな」

「何?」

「ランティス、その大砲を撃て」

「は!? そんな事、出来るかよっ!」

「ならば、お前の愛する人を差し出すか?」


 私の目の前にナイフが当てられる。


「ああ、腕は既に片腕しかないのだったな。ならば、目かな?」

「ローラっ! おいっ! ローラは関係ないだろっ!?」

「関係ある。 言っただろ? 全てが取り上げられると言う意味を、お前は今体で覚えなければならない」

「っ!」

「愛する人を失う迄、国を救うか。国を見捨てて、愛する人を救うか。ランティス、お前なら何方を選ぶ?」

「ランティスっ!」


 私は、言い淀むランティスに向かって叫んだ。


「目ぐらい、くれてやれ。私の命ぐらい、くれてやれっ! それで国が助かるなら、それでいい。ランティスが、貴方が生きた証を残したいと言うのなら、アリス様を救うのが先決だろっ! 迷うなっ!」


 学園長は何かを勘違いしている。

 ランティスが愛しているのは私ではない。

 アリス様お一人だ。

 確かに、私は仲間だ。

 彼の手を取った仲間だ。だからこそ、ランティスは私を裏切れないと迷っている。

 だが、そんなもの。

 剥いで捨てればいい。

 アリス様が助かるならば、彼との記憶は残る。彼は、残せる。この世に生を受けた意味を。


「私の事は、気にしないで」


 いいんだ。

 私なんて。

 見捨ててくれても構わない。

 ランティスが幸せなら。

 ごめんなさい。アリス様。

 最後まで、貴女だけの幸せを願えなくて。

 ごめんなさい。アリス様。

 貴女の為だけに、死ねなくて。

 ごめんなさい。

 私は、ランティスが、彼が好きなんだ。

 愛しているんだ。

 誰よりも、アリス様よりも、何よりも。

 彼の為に死ねるのならば、私は何もいらない。

 ランティスが生きてくれるのならば、それでいい。

 独り善がりの恋を抱いて死ぬなら、それでいい。


「成る程、噂に違わぬ勇しくも賢いご令嬢だな」

「刺すなら、刺せ」

「ああ、選択としては限りなく正解に近いな。刺した瞬間、君は人質としての価値もなくなる。そうなれば、ランティスは腰にさした剣で私を貫く事だろう。それを見越して、自分の命と同時に価値すらも放棄させようと考える令嬢は君ぐらいだろうな」

「褒めた所で、結果は変わらない。ランティスは、必ずお前を仕留める。私の命とこの国の命、どちらが大切なんで最早天秤にかけるまでもないからなっ!」

「それはどうだろうか?」


 学園長は低く笑った。


「ランティス、彼女は正しい。君も第二王子として、彼女の正しさを肯定しなければならない。しかし、ランティスとしては、どうだろうか? 一人の人間として、彼女を国に捧げるのか?」

「ランティスっ! 躊躇うなっ! 私は、構わないっ! 私に構わず、こいつを打てっ!」


 何を勘違いしているんだ。この老人は。

 私の命を捧げるのは、国ではない。

 ランティス、ただ一人にだけ。


「ランティスっ!」


 ごめん、フィン。

 待ってあげれなくて。

 一緒に貴女を連れて行けなくて。

 ごめん。

 貴女の期待を裏切って。

 貴女なんて主人じゃないと、言われるかもしれない。

 だけど、私は、私よりもランティスに生きて欲しいの。

 だから、ランティス。

 早くっ!


「……無理だ」


 ポツリとランティスが呟いた。


「俺には、無理だ……」

「……何を言っているの? アリスを、この国を助けるんでしょ!?」


 無理だって?

 何を言っているんだ。

 何で私なんかにっ!


「ローラを、助けてやってくれ……」

「では、大砲を撃て」

「ランティスっ! やめろ! そんな事をすれば、お前もこの老人と同じになるんだぞ!?」

「……分かってる。けど、ローラを見捨てるなんて無理だ」

「何を……っ!」

「ローラが、好きだからっ」

「……ランティス?」

「俺は、ローラが好きなんだっ! お前を、愛してるんだっ! だから、お前には生きててほしい。お前を犠牲にする事なんて、出来ないっ」


 ランティスが、私を、好き?

 嘘でしょ?

 だって、私はこんなにもブスで、もう片腕しかなくて、令嬢でもなくなって、地位も何も無くなって、何も残っていないのに。

 そんな私を、愛してる?


「ランティス、君の愛するローラを助ける為には何をするか、わかるかい?」

「……大砲を、撃つ」

「そうだ。出来るな?」


 私を、愛してる?


「……なら、私が守ろうとした国を守ってよ!」


 私だって、愛してる。

 ランティスの事を、愛してる。

 だから、貴方が悪者になるのが嫌。

 だから、貴方が苦しむのが嫌。

 だから、貴方が守りたいものを守れなくなるのが嫌。

 私が好きなら、私の事を愛しているなら、私が愛したランティスでい欲しいっ!


「……ローラ」

「大砲を撃っては駄目っ! こいつは、貴方に罪を擦りつけようとしているっ! そこから、失敗をした王座の崩壊を再度計画しようとしているっ! だから、駄目っ! 撃っては駄目っ!」

「っ!」

「……賢すぎるのも考えものだな。折角、話が纏まろうとしていたのに」

「ぐっ!」

「ローラっ!」

「動くな、ランティス。撃つか、撃たないか、どうする?」

「ランティスっ!」

「……大丈夫だ、ローラ」


 そう言って、ランティスは腰から剣を抜く。


「俺は撃たない」


 どうやら、学園長と正面を切って戦う決意が彼に出来た様だ。

 不意に、私から笑みが溢れる。

 嬉しいのだ。

 彼が、彼でいてくれて。

 それでこそ、私の愛したランティス。


「ほう……、ならばここでこのご令嬢にご退場願おうか?」


 そう言って、学園長はナイフを振り上げた。

 ランティスは、選んでくれた。

 私を、選んでくれた。

 何もしなければ、死ぬ運命だ。

 一花ぐらい咲かせてやるさっ!

 私はキツく絞められた腕に力一杯噛み付いた。


「なっ!」


 予想もしないだろう。

 なんせ、普通の令嬢ならばこんなはしたない事などしない筈だものな。

 だが、残念だったな。

 私は、普通の令嬢じゃない。

 嫌われる事に特化した、悪役令嬢だ。

 勿論、学園長、お前にとってもな。

 学園長が怯むと同時に腕の力が一瞬緩む。


「ローラ、避けろっ!」


 その瞬間、ランティスが学園長目掛けて剣を振り上げた。

 私は間一髪、学園長の腕から擦り抜けると学園長はナイフを器用に使い、ランティスの剣を受け止める。


「さて、叔父貴。もうローラはあんたの手の中にはいない。あんたは終わりだ」

「それは、どうかな?」


 学園長はナイフを手放すと、すぐさまランティスと距離を置き入り口迄走った。

 ランティスも直ぐに態勢を立て直し、学園長の後ろを追うが学園長は壁に掛かっていた警備用の剣を手に取るとランティスの剣へに果敢に攻める。

 そうだ。

 かれもまた、王族。

 幼い頃から剣の稽古はランティスやティール王子がしていた様に身体に刻み込まれているだろう。

 しかし、若さではランティスが勝っている。

 ランティスも応戦し、何度か剣と剣がぶつかり合うが、鍔迫り合いではランティスの方に分がある。

 学園長は押し負けると、ランティスの懐に入り込もうと低めに攻めるが、その技を使いこなしていたフィンの動きを見ていたランティスの敵ではない。

 いつしか、自分もそれなりに剣の腕が立つとフィンに言っていたが、その言葉に嘘はなかった様だ。

 ランティスは強い。

 確かに、強い。

 その証拠に、程なくして彼は学園長の剣を弾き飛ばす。

 学園長は剣を手放した拍子で尻餅をつくと、ランティスはその隙を見逃さずに彼の首に剣をつけた。


「終わりだ、叔父貴」

「……ランティス、強くなったな」

「あんたが、弱くなったんだよ」

「そうか……」


 学園長は諦めた顔をし、手を上げた。


「もう、何も出来ないな。斬るといい。私も、息子の元へ行こう」


 随分と呆気ない。

 これ程の計画を立てた人物が、物理で負けて手をあげるなんて。


「……何も俺はあんたの命を取りたいわけじゃない。叔父貴の気持ちは、分からなくもない」


 確かに、学園長がしでかした事は許し難い事だ。

 しかし、その背景にあるものは人として到底無視は出来ない。心に何も響かない訳ではない。思う所がない訳ではない。

 彼の息子には罪がなかった。誰かが暴かなれば、何も無かったはずなのに。

 無実な青年の首が撥ねられた事実は何よりも重い。

 きっと、私もアリス様側についていなかったら。

 いや、何も知らないままこの世界に転生をしていたら、迷わず学園長の肩を持ってしまった事だろう。

 しかし、どんな理由であれ彼は彼女を利用して、剰え殺そうとしたのだ。

 そして、その代償にどんな命でさえ捧げようとした。

 ロサやシャーナ。タクトでさえ。きっと、キルトの様に私達が知り及ばない命も多い。

 その事実は変わらない。

 理由を知って同情する気持ちはあるが、決して無かった事は出来ない傷を、彼は私達に与えたのだ。


「同情などいらんよ。さあ、首を撥ねてくれ。ランティス、お前に撥ねられるならば、本望だ」


 そう首を差し出した学園長に、ランティスは剣を仕舞う。


「……撥ねない。あんたは、償うんだ。ここで死んで終わりなんて、俺が許さない。あんたのせいで死んだ、皆んなの為にも。あんたは人の前で裁かれるべきだ」


 そう言って、ランティスは彼に背を向けた。

 ふと、その瞬間、違和感が私の脳を駆け巡る。

 学園長は、ランティスの事を自分と同じ運命を持つ子だと特別可愛がり、気にかけていた。

 それって……。

 彼が、どういった性格で、何をすればどうするのか。全てを把握していると言うことではないだろうか?

 幼少期から、彼は学園長の元で育っている。

 フィシストラをギヌスが作った様に、ランティスもまた学園長に作り上げられているのでは?

 ならば、何故、首を撥ねろと彼は言うのだ?

 大砲を撃てなかった彼が、首を撥ねれる訳がないだろ?

 ならば、何故?

 何故……。

 その瞬間だ。


「ランティス、君は甘いな」


 学園長が床に転がった己の剣を手にランティスを突き刺そうとしたのは。


「え」


 振り返ろうとしているランティスに避ける事は叶わない。

 でも、大丈夫だよ。ランティス。

 学園長が剣を手にする前から駆け出した私はランティスと学園長の間に立ち塞がる。

 そして、ゆっくりと私の胸に学園長の剣が突き刺さった。


「……ローラ?」

「貴様……、何故っ!?」


 私は、片腕で学園長の剣を抑えると、ランティスに振り返って笑った。


「私も、貴方の事、愛して、た」


 何故だって?

 理由なんて、これで十分でしょ?


 愛する貴方の為に、私を。






_______


次回は1月30日(木)23時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

残り、二話です。頑張ります!

また、更新まで待っていてくれた方々、有難う御座います!

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