第104話 貴方の為に白馬の王子を
「いや、待ってくれ。大砲が何故この学園に? それに、あの鐘の塔は上に登れる階段など存在しないはずだ。例え大砲などが本当にあったとしても、誰かがあの塔に登って、大砲を撃つなんてあり得ない。何かの見間違いではないのか?」
王子が私とフィンの間に割って入る。
確かに、あの塔の一階部分にあたる祈りの場には、階段の様なものはなく、他の部屋に続く様な扉もなかった。
王子が言う言葉も、嘘ではないだろう。
しかし。
「フィンが、間違える訳がない」
私が思っていた言葉を、ランティスが呟く。
「こいつの目も鼻も耳も、全て信頼できる。フィンが見たと言うのならば、大砲はあるし、放たれたのも事実だよ、兄貴」
「しかし……」
「ランティスの言葉であるのは釈だが、間違いなら間違いであって欲しいのは私も同じだ。しかし、事実だ。私は見間違えてもいない。信じたくないなら、お前は席を外せ。時間がないんだよ。この短時間で援軍が来るとなると城からではなく、辺境貴族の騎士団。彼等が撃たれた事になる」
「辺境貴族の騎士団? ……それは、不味いわね」
「ええ、ローラ様。不味いなんてものじゃない。最悪の結末しか残らなくなるのです」
ただでさえ、こちらはジリ貧だと言うのに……。
「何が不味いんだ?」
王子は私に向かって問いかける。
「辺境貴族は、国境を守る騎士団を任されている。今、ここに辺境貴族の騎士団がいると言うことは、国境の警備が手薄になっていると言う事。つまり、砂漠の国側の援軍が、いつ此処に着いても可笑しくないと言う状況を作り上げてしまう」
此方はたった、あれだけの兵士と戦っただけで、この負傷者。
フィンの言う様に此方でなく、敵の援軍が届いたら我々の勝ち目は完全に消え失せる。
チラリとフィンを見れば、私の視線に気付いた彼女は首を振るった。
「無理ですよ」
どうやら、私の言いたい事が分かったようだ。
「先ほどの兵に勝てたのは、彼らが私の戦い方を知らなかったと言う点一点だけの勝機。数多の兵に囲まれて、私の剣筋を見せれば、直ぐにでも対応され、違う技を繰り出そうにも警戒した兵に囲まれたら終わりです。一対一で常に戦える場ならともかく、戦場の様な場であれば、私の様な人間が一人いたぐらいでは戦況が変わる事はない。勝機は完全に無くなってしまう」
フィンが居るならば、フィンならば。
しかし、いくら強いと言っても、彼女一人。
力で押し勝つ術がないフィンの強みは技のみ。
その先方を見せれば、直ぐにでも対応が効いてしまう。
「私がいた所で、倒せる数は数名であることは代わりませんよ」
如何に自分の考えが甘いか。
先程まで、嫌と言うほど分かっていたと言うのに。
「……あの塔の上にある大砲を止めるしか、私達に残された手はないと言う事ね」
「はい」
しかし、あの塔に登る階段はない。
いや、そんな訳はないだろ。
現に、あの塔に登って大砲をぶちかましてる輩がいるんだ。
必ず、方法は何処かにある筈だろ。
この世界に魔法はない。
飛ぶ事も、遠隔操作も、そんな事はあり得ないのだから。
「ランティス。本当にあの塔の上に行ける道はないの? この学園に長くいる貴方なら、何か知っているのでは?」
「ない。地下道も何でも、あの塔に続いてるもんは何もねぇよ」
「地下道も……」
実用的ではない現実的な可能性を考えるならば、梯子。または、壁をよじ登る等がある。
確かに、現実的だ。それ程高さのない場所であれば、魔法などよりは現実的だ。
しかし、あの塔の高さは少なく見積もっても、7階建てほどのビルの高さがある。
その高さで、梯子を掛けるなんて魔法よりも現実的ではない。
登るとなっても、同じだ。
いや、登るだけなら時間をかければ出来る人間はいるかもしれない。
だが、大砲の弾を担いで登るとなると到底現実的とは思えない。
何か、他の方法が必ずある筈。
「……アリス。君の力であの塔を登る方法を見つける事は出来ないか?」
「わ、私?」
私が方法について頭を捻らせている横で、王子がアリス様に詰め寄った。
「アリス? 何で、アリスが?」
ランティスが不思議そうに王子に問いかけると、王子はランティスに説明を始める。
「アリスには、先見の力があるんだ」
「なっ! 本当かよっ! アリス!」
「う、うん……。だから、私この学園に入る事になったの」
「その力を使って、塔に上がる方法が分かれば……っ!」
「でも、あの力はまだわたしには制御できなくて、いつ使えるかも分からないし、眠っている時、夢として見る方法しかないの」
「念じてみたら、どうだろうか?」
「でも、私、シャーナの事もタクトの事も分からなかったのよ!?」
「しかし、アリスの力に頼る他無いだろ?」
どうにかして、アリス様に先見の力を使わせようと、王子が躍起になっているが、そんな事は無意味だ。
「王子、おやめ下さい」
アリス様を庇う様に王子とアリス様の間に割って入ると、王子は困った顔を作る。
「可哀想、だと思うのか? しかし、我々には手段を選ぶ時間はないんだ。ローラ、君ならわかるだろう?」
「ええ。ですからです」
私は王子を宥めながら口を開ける。
「だからこそ、そんな無駄な事はおやめ下さい。時間が惜しい」
「無駄? アリスの能力は、女神に与えられた力だぞ? 君は女神を……」
「彼女に力を与えたのは、女神じゃない。学園長だ」
そもそも、この世界に魔法も奇跡も存在しない。
人の力は、現代と何一つ変わっていない。
確かに、超能力と言うものは私の子供の頃に流行った事もある。
オカルトを信じる、信じないは別にして、理由のつかない不思議な体験は多かれ少なかれあるのは事実だ。だから、全てを否定するわけではない。
だが、アリス様のその力は明らかに人の力だ。
「……どう言う事だ?」
「先程の簡単な経緯の話で、アーガストと言う幻覚剤が出た事は覚えていますか?」
「遠い異国の薬だろ?」
「ええ。何故、学園長はアーガストをアリス様に使ったのかわかりますか? 安価に手に入るものでもなければ、簡単に使えるものでもない。幻覚剤ならばこの国にも出回っているものがある」
そう。
最初のあの事件から、全ては続いているのだ。
「それは……、強いから? 強い薬だと、言っていただろ?」
「ええ。では、何故その強い薬が必要になったのでしょうか?」
「それは……」
いい線までは来ているが、後が続かない様だ。
私も常々不思議でたまらなかった。
何故、アーガスト使わなければならなかったのか。
確かに、この国で出回っていない薬だ。分析に回されたとしても薬が分かる人間がいなければ話にならない。
しかし、それにしては手間とリスクが多すぎる。
出回っていないせいで、足は付きやすく、薬の維持も精製三時間以内と時間制限付き。
強い薬だと言っても、ただそれだけ。
この国に出回っている薬を使ったほうが、足が付くリスクも薄れ、薬の維持も安易に出来る。
頭のキレる犯人にとって、この国の薬よりもアーガストを使う利点は限りなくゼロに近い。
しかし、犯人はアーガストを使用した。
何故か。
この答えは、私が犯人が学園長であると気付いた時に漸く辿り付くことができた。
「……そう。強い薬だからこそ、です。アリス様にこの国で出回っている薬は既に効かなくなっているんですよ」
そう。
アリス様は幼い頃から先見の力がある様に見せ掛ける為に幻覚剤を飲まされていた。
薬は飲み過ぎるとやがて抗体が出来、効かなくなっていく。
アリス様がいた教会は、学園長が支援する教会。
神父でもメイドでもなんでも、彼の手駒だと思って間違いはない。
彼等はアリス様に特別な能力がある様に見せかける為、幻覚剤を用いて先見の力を与え続けた。
いつしか、アリス様の中で幻覚剤の力は弱くなっていく。
多分、薬に抗体が出来たと気付いたのはギヌスだろう。薬が効かなくなるなんて知識は、まだこの国にはない筈だから。
ギヌスは、学園長に知識を与えた。
そして、より強い薬を与えればその問題が解決される旨も一緒に。
その結果が、アーガストだ。
そう。
学園長は何もアーガストをわさわざ好んで選んだ訳ではない。選ばざる得なかったのだ。
「アリス様の先見の力は、幻覚剤によって与えられた力なのです」
「そ、そんな……」
「アリス様は自分の意思では力を使う事は出来ない。だから、いくら彼女に詰め寄っても致し方ないし、アリス様はご自分を責めるべきではない。貴女はそんな力がなくてもここの騎士を何人もその手で救った。貴女がいなければ、私一人で満足な処置すらできなかった。貴女は無力じゃない」
「ローラ様……。ごめんなさい。私、勝手に一人で弱気になっていました。そうです。いつの時も、危機を乗り越えたのは人の力。先見の力じゃない。だから、早くあの塔の上にあがる方法を考えましょう」
落ち込まないわけがない。
彼女の全ては、偽りだったと言われたのと同じなのに。
酷な事をしている自覚はある。
本当ならば、この秘密は墓まで持っていくつもりだった。
でも、今、彼女の力をあてにしたら全てが終わってしまう。
言った事に後悔はないが、アリス様の心中を思うと申し訳なくて仕方がない。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか。
アリス様は、そっと私に寄り添い手を握る。
「私は、大丈夫。落ち込むのは、いつでも出来るから。止めてくれて、有難う。ローラ」
ああ。
私の女神様。
能力がなくても、貴女は私の女神だ。
貴女にだけは、敵わない。
「ローラ様、一つだけ気になる点が御座います」
「何かしら、フィン」
「ギヌスです」
「ギヌスの行方?」
確かに、ギヌスはどこに消えたのだろうか。
正直に言うと、アリスと王子の始末はギヌスが付けに来ると私は踏んでいた。
砂漠の国の兵は確かに強い。
しかし、彼等にだけ任せると言うものおかしな話だ。
此方には、フィンがいる。
多勢に無勢とは言うが、ギヌスは少なくともフィンに固執していた筈だ。
また、戦うと言っていたのに砂漠の兵にフィンを任せると言うのも確かに可笑しい。
ギヌスは、何処に居るんだろうか?
「行方、と言うよりもギヌスが何処に消えたかですね」
「消えた? ああ、そう言えばランティス達はおかしな事を言っていたわね」
「おかしな事じゃないだろ。見てないもんは見てないんだから」
そうだ。
確かに外へと続く扉の向こうに消えたはずのギヌスの姿を、ランティス達は見ていないと言っていたな。
「私とローラ様はギヌスがあの扉を出たと思って居たのに、ランティス達は扉を出ていないと言っている。でも、祈りの場にはギヌスの姿は確かに無かった」
「そうね。だからこそ、私達はあの場から立ち去れたわけだし……」
可笑しいな話だ。
忽然とギヌスが消えるなんて。
「出入り口付近に扉はないわよね?」
「祈りの場には、小部屋がないですからね。あそこは、扉は一つしかないはずです」
「祈りの場に隠れる場所は……」
「扉付近には何も」
「外に出てすぐに隠れれる場所は?」
「あれだけの人集りがあったのですがら、人に紛れるのは容易だとは思いますが彼の服を思い出してみてください」
「制服では、なかったものね……」
人垣を作っていたのは、生徒達だ。
制服を聞いていない人間が紛れようにも流石に無理がある。
「文字通り、ギヌスはあの場から消えてしまった……」
「ええ。だからこそ、気になるのです。何処に、消えたのかを」
恐らく、ギヌスはあの塔の上にいるのだろう。
姿を見せないと言う事は、そう言う事だ。
「……塔の上」
塔の上?
「ローラ様?」
「あ、いえ。恐らく、ギヌスは塔の上にいるんじゃないかと思って」
「ええ。それは私も同意です」
塔の上。
あの時、ローラは何処にいた?
あそこには、何があった?
「……」
私が思い出したのは、あの夢だ。
私ではないローラが、一人。ギヌスではなくキルトに会いに螺旋階段を上がる夢。
あの螺旋階段は何処にあったのだろうか?
この学園の建物の中には、螺旋階段など存在しないはずだ。
しかし、ローラは確かに長い螺旋階段を登っていた。
螺旋階段が作られる場所。
それにふさわしい場所。
答えは、明白。
あの鐘の塔だ。
あの鐘の塔の螺旋階段をローラは登っていた。
しかし、何処から?
あんな場面、ゲームには存在しなかった筈だ。
『振り返って貰わなければ困るけど』
電車の中で出会ったローラはそう言って炎に包まれた。
炎に包まれるローラ。
振り返る?
何を振り返ればいい?
振り返るヒントを、ローラはあの電車の中でくれていたのか?
あの電車で何を語った?
何を見た?
炎に包まれたローラがいやに頭から離れてくれず、そればかりが頭をかすめる。
炎に……。
炎に?
ちょっと待て。
ローラと、炎。前世でも、その組み合わせはいやと言うほど見た覚えがある。
ローラの最期はエンディング付近での斬殺が基本。しかし、炎を纏って死ぬエンドが確かにあった。
彼女は、何処で炎を纏う?
誰に火を付けられて?
付けられた後、彼女は何をした?
火を付けたのは、タクトだ。
タクトルートの時のみ、ローラは炎に飲み込まれ命を断つ。
では、何処で?
あの、祈りの場だ。
タクトルートでは、ゴードンとの絡みの関係かキルトが中々出てこない。
その為、キルトが手を拱いている内に、ローラがアリス様の元へ乗り込んでいる。
確か、あれは王子達の前ので二人だけの結婚式を挙げた時。
祈りの場で、ローラは確か……。
「あ」
「ローラ様?」
私の声にフィンが首を傾げる。
何故だ?
あのゲームは、一体何なんだ?
何の為に、作られたんだ?
「何かありましたか?」
「……恐らく、あの塔に登る方法が、わかったかも」
「えっ!?」
皆んなが一様に私を見るが、私だって同じ気持ちだ。
「どう言う事だっ!? 何で、急に!?」
「私も、分からない。でも、可笑しかったの」
何で、あの場面のスチルがあるんだろうか。
炎に包まれたローラが、壁をつたい、入り口の方へ逃げていく。
しかし、入り口迄は持たず、扉の少し前で、ローラは壁を叩いて最期に助けを求め彼女の全てが炎に呑まれる。
はっきり言って、乙女ゲームには相応しく無い場面であり、尚且つその場面にスチルが存在していた。
タクトルートをこなしている時は悪趣味だなと思うぐらいで、それ程気にはしていなかった。
けど、あの場面で、あの場所でローラは誰に助けを求めたのだろうか?
あれは、間違いなく壁の向こうにいた自分の仲間。そう、キルトに助けを求めていたのだ。
となると、あのスチルでローラが叩いた壁が怪しいと言う事になる。
「何が可笑しいんだ?」
「……一度、祈りの場に行かなきゃいけない」
「おい、ローラっ!」
「もし、この記憶が本当なら、私しか分からないかもしれない……」
「記憶……?」
「私しか、あの扉を開く事はできない……」
待ってと言っても、貴女は待ってくれなかったでしょ?
ローラの言葉を思い出す。
そうだ。
彼女は何度も待ってくれとゲームの中で懇願していた。
しかし、その手を止めなかったのは私だ。
だって、ゲームの中での出来事だもの。
待ってと言われて待つ通がない。
そう思っていた。
人が炎に焼かれる場面なんて見たくないから、足早にかけていた。
その結果、他人に説明できる情報を私は何一つ記憶に残していないのだ。
これは、罪か。
これは、罰か。
いや違う。
これこそが、私がこの世界に来た、本当の理由ではないだろうか。
「……ローラ様」
「止めるの? フィン。けど、私が行かなければ……」
「止めませんよ」
フィンは呆れた口調で私の頬を撫ぜる。
「止めた所で、止まってくれる貴女ではないでしょうに。だから、止めません。ただ、私もついて行きます。片腕だけを持っていくなんて、許しませんよ」
「……フィン」
「それに、ギヌスが居るのならば、私がいないと。彼は私の獲物です。勝負はまだ付いていないのですよ」
「……そうね。貴女を置いては、行かないわ」
「なら、僕も」
王子が手を上げる。
「馬はもう一頭いる。僕が馬を出そう」
「王子、これは危険な事なのですよ!?」
「君は、王妃になると言うのに、これまで様々な事に勇猛果敢に向かって行った。王子だからなんて、理由にならないだろ?」
「な、何を仰っているのですか。王妃など、変わりはいくらでもいます。それに、私は王妃になるつもりは最初からなかった。貴方と同じでは……」
「同じだよ。君は、次期王妃で僕は次期国王。同じ位置にまだ立っている」
「……婚約は、破棄されました。女神の前で、破棄をされた。無かった事には出来ない」
「ならば、また君を選ぶ」
「私には、私には腕がないんですよっ! 欠陥品は、王妃になれないっ!」
そう、お前が言ったじゃないか。
腕は二度と生えてこない。
「それでも。矢張り、ローラ。僕の隣には君しかいない」
そう言って、王子は手を差し伸べる。
駄目だ。
手を取っては駄目だ。
当たり前だ。
取るつもりなんて毛頭ない。
けど、けど。
本当に好きだった。ずっと、ずっと。好きだった。
ずっと、一人だった私に寄り添っていてくれたあのキーホルダーの王子は、私の王子様だった。
捨てた筈の思いが、溢れ出しそうになる。
最低なことをされ続けていたのに。
あれだけ嫌われていたのに。
あれだけ馬鹿にされ続けていたのに。
調子が良いことを言うなと、払い退けるべきなのに。
「……私は」
「取り敢えず、話が長くなるなら中に入るべきじゃないのかい?」
何と答えればいいのか迷っていると、リュウが助け舟を出してくれる。
「いつ、敵が来てもおかしくない外で、そんな話はするものではないと俺は思うよ。皆んなも、そうだろ?」
「そうだね。リュウの言う通りだよ。王子も、ローラ様も中に入って話し合お?」
「そうだな。ほら、兄貴も立って中に入れよ」
何というか、随分と皆んなが助けてくれる。
「いや、しかし……」
「ほらほら、いつ弓兵が来てもおかしくいって。な? フィン」
「は? ……ああ、まあ、そうですね」
「ほら、うちの主力の騎士様もそう仰っているんだ。入った入った」
ランティスが王子を連れて行く様を、呆然としながら見届ける。
何だ?
皆んな、どうしたんだ?
話し合ってる時間なんて、ないだろ?
私が困惑していると、リュウが私の手を引く。
「ローラ、早く」
「え、ええ。でも、何方に?」
入り口とは違う方向に進むリュウに困惑していると、リュウが振り返って私を見た。
それは、何処か寂しそうで悲しそうに。
「俺は、役に立たないけど、これぐらいなら出来るから。ねぇ、ローラ。俺、この学園を出たら君が主人公の小説を書こうと思う。誰かからも嫌われているけど、けど、真っ直ぐに他人の為に戦う、勇敢な可愛らしくもあって、美しい君の話を」
「……リュウ?」
「だから、完成出来たら読んでくれ。君が何処か遠く離れた場所にいても。必ず、届けるから」
「リュウ……」
「こっちだよ」
リュウは私の手を引くと、裏にある馬小屋の前に私を連れて来てくれた。
これは……。
「行くんだろ? 王子は俺達に任せて」
「……いいの?」
「嫌だよ。けど、君を自分勝手に止める自分はもっと嫌だ。俺は弱い奴なんだ。好きな人に嫌われたくない。大好きな君にね」
そう言って、リュウは私を抱きしめて額にキスを送る。
「加護を。必ず、帰ってきて」
「リュウ……。うん。ありがとう。貴方も」
私もリュウの額にキスを送る。
「ローラ様っ!」
次に飛び出して来たのは、アリス様だ。
「アリス様っ!」
「これを。あの場所に戻るなら、シャーナに布をかけてあげて欲しいの。まだ、あそこは冷えるから……」
そう言って、綺麗なシーツを彼女から渡された。
「ええ。必ず、かけてきますね」
「お願いします。あとね、ローラ様……、うんん。ローラ、フィンも。気をつけて。絶対に戻って来て。私、ずっと待ってるから。もっと、二人と話したいこと、沢山あるの。だからっ!」
シーツに隠れて震える彼女の手を、私は握りしめて彼女の額にもキスを送った。
ああ、私の女神様。
ああ、私の神様。
「アリス、ありがとう。貴女にも、女神の加護を」
「……ローラも」
アリス様は私の頬にキスを送る。
そして、後ろからついて来てくれているフィンにも。
「フィン、行きましょう」
「はい」
ここ迄、皆んなしてくれる。
私なんかの為に。
私が、助けなきゃ。
私が、皆んなを助けなきゃ。
フィンが馬に跨ると、私向かって手を差し伸べてくれた。
行こう。
これが、きっと、この学園事件にとって、最後の戦いだ。
私がフィンの手を取ろうとした瞬間、フワリと体が浮く。
「フィンっ! それは俺の仕事だっ!」
えっ?
「ら、ランティスっ!?」
私を後ろから拐ったのは、フィンが乗っている栗色の馬ではなく、白馬に乗ったランティス。
「俺も、行く」
「で、でもっ!」
「俺は、兄貴のようにまどろっこしい事は嫌いだ。俺がついて行きたいと思ったから、勝手について行く。それだけだ」
「……私が来ないでって、言ったら?」
「言っただろ? 誰もついて行くとは言っていない。たまたま向かう方向が同じなだけだ。ついでに乗せていってやるんだから、有り難く乗ってけよ」
そう言って、彼は笑った。
いつかの、同盟を組んだばかりの彼の様に。
「何だその態度は。嫌なら此方にローラ様は乗られるのだから、さっさと降ろせ」
「嫌だとは言ってねぇだろ」
「乗り気じゃないんだろ?」
「ちょ、ちょっと二人とも! 早くしないと王子来ちゃうから喧嘩はやめてよ!」
「君達にローラを任せるのは間違いだったか?」
「ふふ、あははっ」
いつもの様なやり取りに、思わず私は笑ってしまった。
そうだ。
あの時から、私はここ迄来たんだ。
皆んなと。
私が助けるんじゃない。
皆んなが皆んなを助けるのだ。
「ローラ?」
「如何しましたか?」
「いや、本当に、いい仲間を持ったなって思って」
一人だった私が。
一人で戦う筈の私が。
こんなにも素敵な仲間に囲まれている。
「アリス、リュウ。有難う。二人とも、ここは頼んだわよ」
「うん! 任せて!」
「ああ! 勿論だ!」
「さあ、ランティス、フィンっ! 行くわよっ!」
最後の、戦いへっ!
_______
次回は1月25日(土)24時頃に更新予定となっております。お楽しみに!
今日から三日連続更新です!応援よろしくお願いします!挫折したら笑ってやってください。
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