第103話 貴女の為の止まらない時計の針を

「見た目が地味な眼鏡な癖に、やる事は派手だな。タクト」


 寮を狙っていた弓兵を二束ほど倒して来たフィンが、実験棟の跡地にポツンと一つだけ残った金庫の前に立つ。

 最初は口だけの偉そうな男だと思っていたが、自分の主人であるローラが認める事はある。

 これで、少なく見積もっても相手の戦力を半分程削れたのだ。

 しかし、これ程の度胸があるとは恐れ慄く。

 本当にこの金庫は耐えられるのか。耐えられると分かっていてもあの爆発を画策した本人が、威力を知らぬわけがない。

 威力を知って尚、飛び込んだ心意気。

 嫌いではないと、フィンは思う。

 タクトの本質はフィンの様な戦士ではない。

 策士だ。

 策士は本来戦士の後ろに隠れているもの。

 それはそうだ。防御も攻撃も出来ない奴が戦場に要られても邪魔なだけ。

 それに策士は人で言えば脳を司る。早々に死んでもらっては、フィン達手足は動けない。

 だからこそ、隠れて居なければ困る。困るのだが、自分の命を賭けれない人間はもっと困る。

 いるだ。安全圏にいる事をいい事に、戦だというのに命を賭けれない勘違いした馬鹿は。

 策士は、人の命を、いや。国の明日の運命すらも背負わなければならない身だと言うのに。

 その点、タクトの今回の行動はフィンの中では高く評価をされていた。

 作戦の為、仲間の為、自分の命を賭けれる策士は戦士として信用を置ける。文字通り、共に命を賭けれる仲間であるのだから。

 タクトがローラに付いてくると聞いた時には、正直快くは思っていなかった。

 しかし、ローラが認めるのであれば一従者である自分が何か言える身ではない。そんな事はフィンでも分かっている。

 信用が置けない策士と戦士の関係は最悪だ。少なくとも、仲間としては対等であり好きも嫌いもないが、この先策士と戦士の関係になるとなれば、この爆発が起きる迄はタクトの事を信用できるかと問われれば疑問が残っていた。

 タクトは命を賭けれない策士。フィンはそう思っていたのだ。

 だからこそ、フィンにとってこの作戦はタクトが命を賭けれる策士であると言う認識を改める結果となった。

 一緒にこれからローラ様の為に共に戦おう。

 そう思っていたのに。

 金庫を開けた瞬間、フィンの顔は凍りつく。


「……お前は」


 そう。

 そこには居るはずもないアクトの姿があったのだから。

 金庫の中で、アクトは顔を抑えて震えていた。

 震えて、縮こまり、涙を流していた。

 そこに、タクトの姿は何処にもない。

 その答えは酷く簡単で、それいて酷く信じられないものだ。


「おいっ! 何故ここにお前が居る? タクトは、あの眼鏡はどうしたっ!」


 金庫からアクトを引っ張り上げると、フィンが声を張り上げる。

 分かっている。

 此処にいないと言う事が、どれ程の残酷な事実が残るのか、フィンは分かっている。

 だけど、どうしても受け入れられない。

 いつも小馬鹿にした様に笑って。

 減らず口を叩いて。

 それなのに、いつも見えない場所からフォローに回って。

 縁の下を支えてて。

 相手を認めて。

 当たり前だろと笑う。

 そんな彼が、此処にいない。


「兄さんは……、兄さんは何処にいるんだ? 何が起きてるんだよ……。いつもと、何が違うんだよ……」

「何が違う? ……お前は、なんで此処にいるんだよ……」

「いつも、兄さんは相手にすらしないだろっ! 何で、何でこんな事になってるんだよ! 誰のせいだよ! ローラ・マルティスか! あの女が……」

「いい加減しろっ!」


 フィンがアクトを押し倒す。


「いい加減にしろっ! お前がここにいるのも、ローラ・マルティスのせいか!? お前が、お前が生き残る為にタクトが爆発に巻き込まれたのも、ローラ・マルティスのせいかっ!? 誰かのせいで、タクトはお前に命を譲ったのか!? お前が、お前がっ! 人のせいにする度にタクトは無駄死にしてるんだぞっ!」


 アクトの襟を掴み怒鳴り上げるフィンを、アクトは茫然と見ていてた。

 金庫から出た景色は、先程までタクトと一緒にいた景色とは違う。

 空が見える。

 緑が見える。

 壁も天井も何処にもない。

 そして、彼の兄も。

 何処にもいない。

 金庫の中で聞こえた爆発が何だったか。何の為に起こったかすら、アクトに知る由はないのだ。


「いつもみたいに、からかうつもりだったのに……。苛々したから、兄さんに憂さ晴らしすれば、すぐ帰るつもりだったのに……」


 あの医務室で気を失っていたアクトは、アリスの件すら知らないでいる。

 アクトは何も知らない。

 そして、知ろうとしなかった。


「何で……。何で……」

「……お前は、あの医務室でローラ様に言われた言葉をもう忘れたのか?」


 フィンはゆっくりとアクトの襟を離す。


「あの方は言わなかったな? もう少し賢く生きろと。お前のその判断が、お前ばかりがお前の大切な人を殺す事にもなると」


 フィンは周りを見渡す。

 タクトがいた事すら、分からない惨状を。


「他人で気晴らし出来るものなんて、この世に存在するか。他人で取った機嫌が、人の中に残るものか」


 そんな素晴らしい世界の構成があるわけがない。

 人のせいにしても、人で自分の機嫌を取っても、何も残らない。

 それぐらい、分かっていただろ。

 ただただ甘えていただけだろ。

 怒りをぶつけて、それでも許してくれる存在に。

 知らず知らずに依存して、知らず知らずに縋って。

 それが永遠に続く筈だと、何の根拠もない空想を信じて。


「……私は、お前に何一つ思い入れも情もない。だから、お前の方が死ねば良かったと思う」


 やっと、認められたのに。

 やっと、信じられると思ったのに。


「だが、お前を助けたのはタクトだ。そのタクトが命を賭けて守ったのはお前だ」


 認めたくない。

 信じたくない。

 それでも、そんな気持ちをアクトでぶつけた所でタクトは帰ってこない。

 そんな事、フィンは誰よりも知っている。

 死んだ人間は、帰ってこない。

 何をしても。


「……兄さんは俺の事を嫌っていれば、良かったのに」


 アクトの頭には、最後のタクトの言葉が頭に響く。

 嫌いじゃなかった。

 そんな事すら、家族なのに、兄弟なのに、双子なのに。

 何も知らなかった。

 知ろうとしなかった。

 ただただ、タクトに甘え続けていた。

 嫌いじゃなかった。きっと、心の何処かで分かっていて、タクトも自分の事を分かっててくれると、思っていた。

 自分なんて庇わずに、さっさと金庫に一人隠れれば何一つ問題などなかったのに。

 そんな優しさを、死んだ後に見せるなんて。

 項垂れたアクトの腕を、フィンは掴む。


「……来い。タクトの託した命を助ける。お前は、タクトの命を背負った。お前がそれを投げ出す事は、私が許さない」


 お前が死ねば良かった。

 けど、それをさせなかったのはアクト自身だ。


「……仲間が命を賭けて守ったんだ。命を賭けて繋いだんだ。お前の命を。だから、私も繋ぐ。仲間が繋いだ命を。それが、騎士道だ」


 それがせめてものタクトに向けての餞だ。

 無気力のアクトを引き摺りながら、フィンは寮へ向かう。

 タクトとフィンの帰りを今かと待っている仲間達の元へ。

 その時だ。


「……え?」


 フィンは信じられない音を聞く。

 聞こえは、いけない。

 今、聞こえてはいけない音を。


「……嘘、だろ?」


 音の方を見れば、フィンは信じられないモノを見てしまった。


「アクト」

「俺の事は……」

「煩い。黙れ。走れるか走れないかを私は聞いている。答えろ」

「え……? 走れるけど、走りたい気分じゃ……」

「そうか。その答えは知るかとお前の喉元を切り裂きたい気分だが、クソ眼鏡に感謝しろ」


 フィンはアクトをヒョイとまるで軽石でも持ち上げる様に抱き上げる。


「なっ! 何のつもりだっ!」

「喋るな。舌でも噛み切りやがったら殺すぞ」

「え」


 フィンはアクトを抱き上げたまま、樹々へと飛び移る。

 最短で。

 最短で寮に向かわなければならない。

 だって、そうだろ。

 アレは……っ!




「あと、二人っ!」


 寮では残った兵士と王子達が戦っていた。

 何とか、数を二人にまで減らす事ができたが、こちらの戦力も随分と削がれた。

 流石、戦さ場経験のある兵士である。

 うちの見習い騎士達では決定打は与えられない。


「早く此方にっ!」


 此方の死者は出ていないが、負傷者は増えるばかり。


「ローラ様っ! 抑えてっ!」

「ええっ!」


 アリス様と共に負傷者の救護に当たっているが、これ以上となると、後が続かない。

 先ほどの爆発音。

 タクトの策は成功したと思ってもいいだろう。

 しかし、どれ程の兵士を削れたか。

 そればかりは、タクトやフィンが戻ってこない限りは分からない。

 仲間が戻ってこない事を怪しんで、第二波の援軍を組み直されれば此方の勝機は完全に失ってしまう。


「止血は出来たわっ! リュウ、早く中に運んであげてっ!」

「わかった!」


 結局、十人倒すだけで我々こちら側の人間は総動員。

 フィンの戦争に甘い考えは捨てろと言われた言葉を思い出さずにはいられない。

 甘かった。

 確かに、甘かった。

 まさか、こんなにも実力差と言う違いが数ですら埋めれないなんて、知らなかった。

 甘く、考えていた。

 戦争と言うものを。

 戦った事のある経験値の差と言うものを。


「ローラ様っ! 大丈夫ですか!?」

「……ごめんなさい。少し、気をやっていたわ」

「……無理はないですよ。こんな酷い惨状、私もはじめです」


 アリス様は優しく私の背中をさすってくれる。

 情けない。

 今、後悔してる場合ではないのに。

 戦ってくれているのは、私ではない。

 騎士生徒やランティス達だ。


「……何で、今回は先見の力が出なかったんだろう」

「え?」

「あ、ごめんなさい。……私も、随分と参ってるかも」


 そう言って、アリス様は力なく笑う。


「こんな大きな事になるなら、先見が出来てた筈なのに。昨日、薬を飲まされてなかったら……。あの力があれば、こんな事に……」

「……アリス様」


 アリス様の先見の力。

 未来が夢の中で見える、女神の力。


「私のせいで、皆んなが……っ! あの力があったら、きっと誰も……っ!」


 その時だ。


「ローラ様っ!」


 待ち侘びた声が聞こえてくる。


「……フィンっ!」


 振り返れば、フィンがいた。


「お前らっ! 離れろっ!」


 残った兵士が、フィンめがけ剣を振るうが、フィンは体を捩り剣を躱すと自分の剣を抜く。

 懐に入ったフィンは、低い位置から兵士二人の腹を切り裂いた。


「……す、凄い」


 アリス様の声が漏れる。


「ローラ様、遅くなりました。ご無事ですか?」

「私は、ね」


 思わず、肩を落としながら答えてしまう。


「……よく持ち堪えた方です」

「ええ。でも、ここにいる騎士以外は全員負傷者よ。タクトは?」


 そう言えば、タクトの姿が見当たらない。


「まさか、置いて来たりはしてないわよね?」


 フィンはタクトをそれ程良くは思っていない。

 しかし、それでも、そんな不義理などはしないだろう。

 だからこそ、冗談めいた言葉で言えばフィンの顔が途端に曇る。


「……フィン?」


 一体、どうしたのだ?


「フィンっ! 流石だなっ!」

「有難う、助かったよ」


 まだ、答えないフィンにランティスと王子が声を掛ける。


「あれ? タクトは?」

「早くタクトも呼んで次の作戦を練らなければ、時間はないぞ」

「タクトは……」


 フィンが、下を向く。

 あれ? フィンが、今、タクトの名前を……。


「タクトは、いない。死んだんだ」


 え?


「あの爆発で、死んだ」

「な、何言ってんだよ! タクトは金庫に入るから大丈夫だって……」

「金庫が爆発に耐えれなかったの!?」

「……違います。タクトは、金庫に入らなかった」

「何故っ!?」


 タクトが!?

 何故、タクトがっ!?


「……兄さんが、僕を金庫に入れたからだよ」


 フィンに全員が問い詰めようとした瞬間、草むらからアクトが私たちの前に現れる。


「アクト……?」


 まさか……。


「兄さんは、俺を助けて……」

「……そんな」


 馬鹿な。

 馬鹿な話があっていいのか。

 だって、タクトは……。


「俺は兄さんが、自分の資料を持って逃げるんだと思って、困ればいいと思って資料を隠しに実験棟にいて、それで、なにも知らなくて、まさか、こんな事になるなんて……っ」


 次の瞬間、アクトの体が横に飛んだ。


「ランティスっ!」


 ランティスが、アクトを殴りつけたからだ。


「ランティス、やめろ」

「兄貴っ! 止めるなっ! こいつのせいで、タクトがっ!」

「だからだ。タクトは、弟を助ける選択を取ったんだ。命より大切な弟を守ったんだ。そのタクトが守った弟を、傷付けてはいけない」

「……でも、それでもっ! 俺はコイツを殴らなきゃ気が済まないっ! 一発で足りるかっ! 二発でも三発でも……っ!」

「ランティス。気持ちはわかる。僕も同じ気持ちだ。だから、止めてるんだ。タクトの気持ちを、自分の感情だけで潰してやるな。後悔するのは、お前だぞ。ランティス」

「……兄貴」


 嘘だと、思いたかった。

 信じたくなかった。

 ランティスがアクトを殴りつけた時、そのままアクトが死ねばいいとさえ、私は思いそうになった。

 でも、王子の言う事は正しい。

 何をしても、どんな事をしても、タクトを失った穴を埋めれる事はないのだから。

 このままでは彼の最後の願いまで、私達は汚してしまう。


「……フィン、ご苦労様。爆発によりどれ程の戦力を向こうは失ったかしら?」

「ローラ、タクトが死んだんだぞ!?」

「少なく見積もって、半分程。多く見積もって、三分の二の戦力は削いだ事でしょう」

「フィンもっ! 何でお前達は次の話が出来るんだよっ! タクトが……」

「だかですよ。ランティス。タクトは、命を賭けてアクトを、私達を守った。だからこそ、私達は生きなければならない。彼の死を嘆きたい気持ちはわかります。私だって、嘘だと言って、泣き出したいっ! けどっ!」


 私は前を向く。


「それがタクトの為になる訳がないでしょうっ!」


 悲しむのも、嘆くのも、全てが終わってからだ。

 タクトが作ってくれた道を、通らずに立ち止まるなんて、私が許さない。


「前を向きましょう。敵の戦力がそれだけ削がれたのならば、私達に勝機はある。あと少し、国からの援軍が来るのを持ち堪えれば……」

「ローラ様、その事でお話が」

「……え?」

「我が国の援軍は来ません」

「……何を言っているの? フィン」

「先程、鐘の塔から大砲が伸び、弾が発射されました」

「……ちょっと待って」


 それって……。


「援軍を、撃ち落としたのでしょう。援軍は、あの大砲がある限りこの学園には近寄れません」

「なんですって?」


 フィンが真剣な顔で、私を見る。


「ローラ様、このままでは我々が生き残る道は絶望的と言えるでしょう」


 漸く、掴めた光なのに。

 時計の針は止まらない。





_______


次回は1月24日(金)23時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

今回、金土日連続で更新するかもですー!よろしくお願いしまーす!\\\\٩( 'ω' )و ////

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