第102話 アクトの為に、俺を

「アクト……?」

「待っていたよ。タクト。絶対にお前はここに来ると思っていた。外はあの有様だ。お前が長年かけて調べていた資料を取りに来ると、俺は信じていたよっ!」

「資料? 馬鹿かっ! そんなもの、今はゴミより劣るだろっ!」


 外には、砂漠の国の兵がいる。

 この研究棟を取り囲む様に。

 兵達はここに入ったのは、王子だと思い込んでいる。いくら、マントを羽織ってなくとも、いくら別の人物だと叫んだところで、彼らがその事実を受け入れるとは到底思えない。

 それに加えて、罠を張った扉はいつ開いてもおかしくない状態だ。

 金庫には一人しか入れない。

 もう一人を逃す手は、何処にもない。


「お前は本当に、自分ばっかりだなっ! タクト!」

「貴様は何を言っているんだっ!」

「自分のことばかりで、他者を人間だと思ってなんかないっ! 双子である俺の事さえっ!」

「アクト、いい加減しろっ!」


 そんな事をしている場合ではないのだ。

 ここにある火薬を使って爆発を起こす。その威力に耐えられるのは、目の前にある金庫だけ。

 人間一人はいるのがやっとの金庫。

 しかし、ここに人間は二人いる。

 今外に逃げた所で、兵に殺されるのはわかり切っているし、爆発する迄の間に遠くに流れるとは到底思えない。

 タクトの頭だけでは、二人が助かる方法など見つけれるはずがない。

 タクトは冷静にそれが分かっている。

 しかし、アクトは……。

 アクトは、違うのだ。


「何がいい加減にしろだっ! いつも俺を下に見やがって! 何処がお前よりも俺が劣っている!? お前に負けている所なんて何処にもないだろっ!」


 またもアクトはナイフをタクトに向かって振りかざした。

 距離がある分、先ほどの奇襲とは違いタクトは何なく避けるが、問題はそこではない。

 時間がないのだ。

 今そこで、砂漠の兵士がこの実験棟の扉を開けるべく今も扉の向こうにいると言うのに。


「アクトっ! 俺はお前を一度も下だと思った事はないっ!」

「煩いっ! 見え透いた嘘を言うなっ! 何でお前なんだっ! 何で、お前なんだよっ! 何でお前が父様の後を継ぐんだっ! 俺の方が優秀なのにっ! 俺の方が頭がいいのにっ! 俺の方が、母様に愛されているのにっ! たかが数分先に産まれて来ただけじゃないかっ!」

「アクト、貴様未だにそんな事を……?」


 双子の弟に嫌われている。

 それはタクトも嫌になる程分かっていた。

 アクトは何かあれば直ぐにタクトに突っ掛かってくる。子供の頃からそうだった。

 確かに、アクトは優秀だとタクトも思う。

 発言や行動は本当に同い年なのかと疑いたくもなる時もあるぐらい短絡で幼く、酷く自己中心的であり、その為人間的にはどうか分からないが、頭であればアクトはタクトよりも幾分も優れている。

 幼い頃タクトが悩んでいた数式をアクトは難なく解いた。

 幼い頃タクトが困っている研究をアクトは最も簡単に成功させる。

 誰の目から見てもアクトはタクトよりも優秀であったのだ。

 しかし、アクトがどれだけ頑張った所で産まれた順番は覆らない。

 この国の悪しき法に則り、タクトの家の当主は兄であるタクトのものになる。

 そんなアクトを見て、二人の母は不憫なアクトを可愛がった。

 お前の方が優れているよ。

 お前の方が相応しいのにね。

 そんな言葉で、涙に暮れるアクトを慰め続けたのだ。

 それも、タクトの目の前で。

 タクトは母に頭を撫ぜられ抱き上げられた記憶はない。

 代々国の中枢で財務を司る大臣を輩出し続ける名家。その長男が優秀である事は最早当たり前なのだ。

 褒める必要など何処にもない。

 そうだろう?

 当たり前に息をしている人間が、息をしているだけで褒められ続ける事は、限り無く少ない。

 タクトの優秀さは、息をする事と同じだ。

 タクトにとって、優秀である事は息をする様に当たり前の事だと認識され続けていた。

 いや、語弊がある。

 続けていたなんて過去形ではおかしい。なんせ、彼は今現在も優秀である事を当たり前だとされているのだから。

 彼がどれだけの時間を努力で費やしていても、それが何だと言うのだと、周りの大人は一掃する。

 しかし、アクトは違う。

 長男ではない。

 優秀である必要がないのに、彼は優秀であろうと努力と続ける。素晴らしい信念、素晴らしい忍耐。己を高める事にストイックな姿は、いつの時代も尊い行為だ。だからこそ、まるで人の美徳かと言う様に、彼らの母親はアクトを褒め庇い続けた。

 その結果が、あの様な性格になってしまっとするならば目も当てられないが、アクトは褒められるごとに自分の才能を残念ながら正しく認識してしまった。

 そう。

 自分は兄であるタクトよりも優れた人間であると言う事を。


「まだ、だって!? 終わってないだろ! タクト、お前が生きてる限り、終わらないんだよっ! お前が、俺の兄である限り、終わらないんだよっ!」


 貴方こそが相応しい。

 母にとっては、泣く子を宥めるただの言葉だったのかもしれない。

 しかし、それはいつしかアクトの中で呪いと化していく。

 長男以外の子供は、大人になるにつれ全てを奪われなくてはならない。

 家に居場所など無くなってしまう。

 そもそも、最初からアクトの居場所などなかった。

 母の膝の上以外には。

 父の目にはタクトしか映っていない。

 メイドや使用人は、将来の事を考えるとアクトに構う暇などない。次期当主は決まっているのだ。尻尾を振る方向など、最早選ぶまでもない。

 そんな残酷な風景をアクトは母の膝の上からずっと見ていた。

 いつしか、下の弟にもアクトは母の膝の上と言う定位置を奪われてしまう。

 そこからは、常に孤独だ。

 ずっと一人だ。

 今迄の様にアクトが優秀の美をこさえた所で、誰も見てくれなくなってしまった。

 誰も彼を褒めてはくれない。

 誰も彼を認めてはくれない。

 誰も彼を慰めてはくれない。

 孤独だ。

 まるでパンドラの箱を開けた後の様に、アクトと言う箱の底に残ったのは、純粋な孤独なのだ。

 タクトさえ、居なければ。

 兄さえ、居なければ。

 アクトの言う様に、たかが数分、たかが数分だけ早く産まれて来ただけのタクトは、全てを手に入れるのに。

 少しだけ産まれたのが遅れただけで、アクトは全てを取り上げられる。

 目の上のたんこぶ。

 いや、そんなものではない。

 最早、アクトにとってアクトは自分の居場所を奪った敵でしかないのだ。


「お前が、お前が居るからっ! 俺はっ!」

「何故、そんなにも貴様は当主の座を欲しがるっ! あんなもの、鎖でしかないんだぞ!?」


 そうだ。

 長男なんだと言うだけでこの世に生を受けた瞬間から首につけられた鎖だ。

 タクトは、好きで父の仕事を引き継ぐのでは決してない。

 本当は、ローラの父であるマルティス公爵の様に世界を、まだ誰も見たことない景色を見たかった。

 父の様に日がな一日書類を読み王族を茶をするだけの人生。

 本に書かれた様な景色を、タクトはその目で見たかった。

 ずっとずっと、幼い頃から思い描いていた彼の夢だ。

 しかし、それは産まれた瞬間から叶わない夢に成り果てる。

 そうだ。

 彼もまた、数分だけ先に産まれてしまったばかりに、自分の夢を諦めなければならない悪しき法の犠牲者なのだ。

 優秀ではない自分をひた隠しにし、自分には不向きな人間関係の構築をして、なんの興味も夢のもない仕事を、彼は死ぬ迄続けなければならない。

 子に仕事を引き継いだ後でさえ、貴族は働かなければならない。

 血こそが、正義。血こそが証。

 そこに代わりなどいないのだ。

 常に政は人手不足。人員の増加など、血がないと言う理由で受け付けられない。

 タクトは幼心にこれは奴隷ではないのかと、父に解いた。

 しかし、待っていたのは躾と称した体罰。

 血こそが名誉。血こそが全て。

 それを否定しようとしたタクトを彼らの父親は激しい折檻でその思考は間違いだと刻み付けようとしたのだ。

 その計画は間違ってはいない。

 何度も何度も痛みと共に刻まれた思考は、やがて諦めに色を変えていくものなのだから。

 タクトも、諦めの色に瞳を変えた一人である。

 だからこそ、アクトが当主の座を欲しがる事自体に理解が出来ない。

 長男ではない。

 たったそれだけで、彼は大人になれば自由になるのだから。

 自由を手に入れられるのだから。

 タクトが、何よりも欲しかった自由を。


「鎖っ!? 俺が欲しかったものを、鎖と言うのかっ! この傲慢めっ! お前はいつでもそうだっ! 俺が欲しいと思ったものを馬鹿にするっ! ああっ! そうだなっ! お前は何でも手に入れているんだものなっ! 俺の気持ちなんて分からないだろっ!」


 だからこそ、アクトのこの言葉がタクトの心の底にあった気持ちに火をつけた。

 それは、激しく燃える怒りにも似た感情。


「貴様だって、俺の欲しい物を全て持ってるじゃないかっ! 母上の愛も、自由も、才能もっ! 全て持ってる! 全てあるっ!」


 嫉妬だ。

 タクトもまた、アクトに嫉妬を覚えていた。

 しかし、そんなものを持った所でどうしろと言うのか。

 叶えられない夢と同じ。

 どれだけ妬んでも、恨んでも、喚いても。

 そんな気持ちを抱いた所で何も変わらない。不要なものだと心の奥底に仕舞い込んでいた。

 本当は、欲しかった。

 羨ましかった。

 母の膝の上に座るアクトが。

 母に愛されるアクトが。

 皆が一目置くアクトが。

 誰とでも仲良くなれるアクトが。

 アクトが。

 アクトが。

 タクトは羨ましくて堪らなかった。


「とってつけた様な嘘を言うなっ! 何が羨ましいだっ! 何も無い俺を馬鹿にしてるだけだろ! あの女もそうだった! 全てを知った顔をしてっ! 人を見下して、馬鹿にして、愚かだと笑う! いいよな! 全部持ってる人間はさっ! あの女も全部持っていた! 次期妃の席を持ってて、男爵に落ちる俺を馬鹿にしていたっ! あの女も、お前の後に殺してやる! あの欠陥品になった体の癖にっ! 俺を馬鹿にした奴全てを……っ!」


 アクトがタクト目掛け、ナイフを突き刺した。

 しかし、タクトは避けない。


「……え?」


 何で?


「あの女? ローラ・マルティスの事か?」

「な、何で避けないんだよ……? 俺、殺すよ? お前の事、殺すんだぞ?」

「ああ。だから、止めてるだろ」


 タクトの手からは血が滴り落ちる。

 タクトは、アクトのナイフをその手で握りしめて止めたのだ。


「このナイフを、ローラ・マルティスに使う気なのか?」

「避けてただろ! 今のだって、避けれただろっ!?」

「アクト、答えろ」

「タクト、馬鹿にしてるのかっ!? 同情したのかっ!? 俺の事を可哀想だと……」

「答えろっ! 貴様は、このナイフをローラ・マルティスに、ローラに使うつもりなのかっ!?」


 初めて、アクトはタクトに怒りの色を滲ませた大声を上げられている。

 勿論、兄弟だ。

 口喧嘩も大きな声も、それなりにされて来ている。

 だが、しかし、目を見て、今にも喰ってかからんとする気迫で怒鳴られたのは、初めてなのだ。

 そう。アクトでさえ、タクトが怒っているとわかる状態。

 何で、怒っているんだろう。

 何で、そんな事で。

 初めて、恐らく記憶がない程の幼い時以外で、タクトがアクトに向かって明らかな怒りなんて向けた事がないのだ。

 タクトはいつも諦める。

 口喧嘩になっても、殴りかかられそうになっても、最後にはうんざりした目をアクトに向けるだけ。

 相手にしてすらしてくれなかったのに。

 いや、それよりも。

 アクトは、タクトに怒りをぶつけると言う感情を持っているとは思っても居なかった。


「……何で」


 アクトが何かを言おうとした。

 その瞬間、タクトはナイフをアクトから取り上げると、その手でアクトの首を掴んだ。


「答えろっ! アクトっ!」


 その声に、アクトはビクりと体を震わせた。

 怒られた事がないアクトにとって、怒鳴られると言う行為はただただ恐怖でしかない。

 彼の名誉の為に言っておくが、別に、彼が特別我儘で不甲斐ない男と言うわけではない。

 貴族と言うものは、そう言うものなのだ。

 怒りや怒鳴り声飛びかう喧騒は、下卑たものである。

 だからこそ、貴族でも怒号飛び交う戦場に身を置く騎士は身分が低い。

 貴族だからこそ、優雅たれ。

 幻想と言えば幻想だが、この国の貴族の大部分には今尚この思考に取り憑かれている輩は多くいる。

 そんな輩の子は言うまでもない。

 カエルの子はカエルの子だ。

 そんな怯えたカエルの子は、悲鳴のでない声で首を横に振る。

 勿論、嘘だ。

 あの女とは、ローラ・マルティス。

 アクトを尽く馬鹿にし尽くす憎き女である。


「本当か?」


 恐怖の余り、涙に濡れた目で何度もアクトは頷く。

 嘘なのは、タクトもわかっている。

 なんたって、生まれる前からの付き合いだ。それぐらい分からないはずがない。

 こいつは、ローラを憎んでいる。

 殺そうとしている。

 それは到底許されない事だ。

 あのローラ・マルティスを殺すだなんて。

 そもそも、タクト自身も最初にローラを知ったのは噂からだ。

 醜い自分より美しい令嬢がいると、虐め倒してベッドから出られなくするらしい。たったそれだけの噂である。

 まさか、その噂の本人が、彼が最も尊敬している人間の娘だと知ったのは、だいぶ時間が経ってから。

 初めて見たのは、彼がこの学園に入る少し前の社交場で。

 確かに、噂に違わぬ容姿ではある。

 常に、下を向き、王子の三歩後ろを歩く。

 なんだアレは。幽霊か?

 目を疑ったのを今でもよく覚えている。

 この時代の男女は、男尊女卑があるももの歩く時は横一列。男は女の隣に立ち、女は男の隣に立つ。これが一般常識だ。

 なのにも関わらず、ローラは王子の後ろを歩く。

 その様子が目新しくて、面白くて、思わずタクトはローラの観察を始めていた。

 王子以外、友人と呼べる人間なんていないタクトには良い暇つぶしである。

 そして、観察をして分かったのは、ローラ・マルティスと言う少女は随分と令嬢の枠から外れていると言う事だ。

 まずは、挨拶。

 挨拶をされれば返すが、絶対に自分から口を開く事はない。普通の令嬢であれば、真逆だ。令嬢という生き物は、兎に角自分の話をしない事には気が済まない生き物だとタクトは思っていた。

 しかし、ローラは違う。決して、自分からは話さず表に立たず、ただ王子のサポートに徹している。

 現代で言えば、マネージャーの様な役割だ。

 人がくれば、一礼する為頭を下げては王子の後ろに控え、後ろに人が並べばさりげなく王子を其方に誘導する。

 今思えば、職業病と言うか、社会人としての気遣いの無駄遣いだ。

 しかし、これだけで驚くのはまだ早い。

 王子目当てに集まる令嬢に、婚約者である彼女は席を譲っている。

 決して邪魔をする事もなければ、文句一つ言う気配すらない。

 最初は不満を持っているからか、何を睨みつけている目をしてると思っていたが、アレが彼女のデフォルトなのだとタクトが気付くのには時間もかからなかった。

 メイドが粗相をされた時にハンカチを渡す時も、王子にプレゼントを渡せなくて困ってる爵位持ちから荷物を預かる時も、彼女は常に同じ顔をしているのだ。

 そもそも、普通の令嬢はメイドにハンカチを差し出す事もしなければ、困っている爵位持ちの大人に気を使って荷物を持つ手伝いだってしない。

 変な令嬢だ。

 それと同時にある一つの疑問が浮かび上がる。

 アレで苛め倒す? どうやって?

 思い出したのは、あの噂。

 自分が大臣となった時、彼女は恐らく王妃になっている。タクトは嫌でも顔を付き合わせなきゃいけない関係にならざる得ない。

 そんな危険人物を城に置くなと子供心に思っていたが、少なくとも観察していた中ではその噂自体の真意が疑われる結果だ。

 タクトは屋敷に戻るなり、ローラの噂を調べ上げた。その過程で、ローラがマルティス公爵の娘と知る事になるのだが、タクトの中では最早そんな事がなくてもローラは潔白だと分かっていた。

 別に、ローラが可哀想だとか、助けたいとか。そんな事を思って調べていた訳ではない。

 ただ単に、彼はあの少女の未来が自分と同じ様な理不尽なものなのだと、思ったからだ。

 同情と言うには、余りにも淡白で。興味本位と言うには、余りにも深入りしている。

 仲間意識。

 それが一番ふさわしい言葉だろう。

 彼は調べ上げた資料を手に王子の元へ向かったが、結果は我々が知る以下でも以上でもない。

 だからこそ、彼は驚いたのだ。

 救えなかったあの少女が、自分の目の前に現れた時。自分と同じ様に全てを諦めた顔をしていた彼女が、強い意志を持って、戦おうとする姿を見た時。声を忘れる程、驚いたのだ。


「殺そうと、思ってないっ!」


 ナイフを奪われたアクトは、情けない声を上げる。


「そりゃ、ムカつくけど、痛い目を見ればいいと思うけどっ! 本気じゃないっ!」


 本気じゃない。


「俺を殺そうとしたのは?」

「本気じゃないよっ! 兄さんなら分かるだろっ!? 兄弟を殺そうとする訳ないだろ! ただ、少し驚かせて謝って欲しくて……」


 アクトの言葉に思わずタクトは顔を顰めた。

 こいつを助ける意味はあるのだろうか?

 もう、扉は開くだろう。

 そうか。それだけ言って、自分はさっさと金庫の中に入れば良いんじゃないか?

 何回、同じ過ちを繰り返すんだ。

 何度、同じ言い訳を並べるんだろうか。

 こいつは、何も変わらない。

 こいつを助ける意味なんて、きっと何処にもない。


「そうか」


 タクトはそう言って、金庫を開ける。

 そして、こう呟いた。


「でも、ローラは貴様を殺さなかったし、ローラがここに居たら、貴様を守るんだろうな」


 ローラなら。

 ローラなら、自分と同じ状況でも迷わずアクトを助けるのだろう。

 そう思うと、足を進める気にはならない。

 だから、タクトは笑ってアクトを金庫の中に投げ入れた。


「な、何を?」

「アクト、よく聞け。ここら一帯はこれから大爆発が起きる。だが、安心しろ。助けは必ずくるから」

「タクト? な、何を言っているんだよ。そんな冗談、お前らしくないじゃないかっ! まだ、怒ってるのか? 俺がナイフで脅したから、怒ってるんだろ?」

「そうだな。ローラを傷付けようしたら、悪魔になって貴様を呪うかな。アクト、この金庫の中にいれば助かる。大人しくしていろよ」

「た、タクトっ!」

「後な、俺はアクトの事を馬鹿にした事も見下した事もない。当主に相応しいのは貴様だと思ってる。アクトには俺になかった才能がある。父上と母上を守ってやってくれ」

「タクト……。た、兄さんっ!」


 冗談だろ?

 冗談だって、言ってよ。

 そう言いたいのに。アクトの伸ばした手は、届かない。


「さよなら、アクト。俺は、嫌いじゃなかったよ」


 いがみ合っていても、嫌われていても、邪険にされても、双子の弟だと言う事は変わらない。

 バタンと思い音を立てて金庫の扉が締まる。

 ローラと一緒に旅が出ると思っていたのに。

 どうやら、自分の人生は産まれた時から叶わない願いを抱く様に出来ていたらしい。


「さよなら、ランティスに王子。フィン、アリス」


 叶わない恋をしたのも、そのせいだ。


「さよなら、ローラ」


 ローラのせいで、また夢などを持ってしまった。

 全部諦めていたのに。

 仲間だと思っていたローラがどんな苦難の道にいても諦めずに前を向いて進んでいた。

 その背中に、愛しさを覚えてしまった。

 誰にも認めてもらえなかったのに、糸も簡単にタクトの存在を認めて、対等だと思ってくれて。

 だから、最後迄ローラと対等に居たいと思った。

 だからこそ、タクトは自分を犠牲にしてアクトを助けたのだ。

 タクトは自分の手を見つめる。

 何一つ、手に残らない人生だった。

 けど……。

 入り口の扉が壊された音が聞こえる。


 手に入れたいと思える程のものに触れる事の出来た幸せな人生だった。


 大きな爆発音が学園全体に響いたのは、その時だった。




_______


次回は1月22日(水)23時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

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