第55話 貴女の為の新しい噂を

「ローラ様、こんな所で如何致しましか?」

「ああ、フィン。お帰りなさい。タクト様もご苦労様です」

「何故、生徒会室にいないんだ。貴様らは」


 廊下でランティスと話していると、フィンとタクトが戻ってきた。

 どうやら、あの後も自分の見解を話していたら随分と時間が経っていたらしい。


「色々とありましてね。それで、そちらは何かありまして?」

「最悪の結果だ」


 タクトの言葉にフィンがため息を吐く。

 どうやら、戦利品は何一つ無かったらしい。


「遺書も?」

「書類などは、火を作る時に燃えやすいからと最初に燃やされた。遺書など重要書類は学園長が既に王宮に送られたそうだ。どうやら、間が悪かったな」


 間が、悪かったか。

 いや、犯人の事だ。こうなる事を見越して計画を立てていたのだろう。


「では、誰の文字かもわからぬままなのですね」

「ああ。残念ながらこれ以上調べようがない」


 あのタクトが、早々に諦めていると言うことは、他に手は何も無いと言うことになる。

 流石に気付くのが、遅すぎたか。

 随分と平和ボケをして、無駄な時間を浪費させてしまったものだ。

 これは緊張感を維持できず、自分の違和感さえも信じきれなかった私のせいだ。

 悔やんでも悔やみきれない。


「ローラ様、返事は遅いかもしれないのですが、一度兄に手紙でギヌス様の死亡時の事を訪ねてみようかと思います」

「ええ。そうね。お願いするわ」

「お任せを」

「後、フィンとの話で気になるところがあったんだが、ローラ。この後、貴様の時間はあるか?」

「私ですか?」

「ああ。お前だ」

「勿論、ありますが……」

「では、少し待ってろ。所用を終わらせてくる」


 それだけ言うと、タクトは生徒会室に消えて行った。

 一体、何だろうか?


「俺も、そろそろ兄貴の所に戻る。フィン、ローラを頼んだぞ」

「お前に言われなくても当たり前だろ」

「お前はブレないな……。まあ、いいさ。ローラ、またな」

「はい」


 ランティスが戻ろうとした背を見ると、何故だか私はあの時のように無意識に彼の服の裾を掴んだ。


「ローラ?」

「あ、いえ。お気を付けを。次に狙われるのは、貴方かもしれない」

「分かってるさ。ても、そこの騎士よりじゃないが、俺も強いんだぜ?」


 ランティスは笑って私の頭をポンポンと叩くと、次こそ彼はタクトと同じ様に生徒会室に姿を消した。

 強い、か。

 確かに、彼は強いだろう。私なんかが、どうこうするよりも、自分の身は自分で守る。それがランティスだ。

 でも、守らねば。

 この世界で、私は両手いっぱいの花を貰った。どれもこれも大切で、何一つ折りたくない。枯らしたくない。

 私には、私のやれる事をしなければ。


「フィン」

「はい」

「学園長の様子は如何だったかしら?」

「お元気そうでした。ただ、自分が倒れていた時の事件を知って、大層お心を痛めておいででしたよ」

「そう……。責任感の強い方ね」

「ええ。そうですね。ロザリーナの事も、気にかけていたらしく、彼女の悩みを解決出来なかったと投げていておいででした」

「学園長は、彼女が文字の読み書きが出来ない事に気付いていたのかしら?」


 気に掛けていたのならば、彼女の障害に気付いていても可笑しくない。

 ならば、彼女が文字を残す事に疑問は持たなかったのだろうか?


「知っておりましたよ。途中までは」

「途中迄?」

「ええ。彼は、彼女が努力し文字の読み書きを乗り越えたと仰っておりました」

「努力で?」


 そんなわけがないだろう。

 彼女は明らかにディスレクシアだ。例え軽度だとしてもこの世界の環境で変わるには容易ではないはず。また、もし変わったとしたのならば、彼女は自信に溢れていなければならない。

 克服出来たんだぞ?

 その自信を使って見知らずの元同族に攻撃するよりも、その自信を振りかざし、今迄馬鹿にしてきた親族共を殴りつけた方が随分と建設的だろうに。

 それに、もし克服出来ていたら、私をアレだけ憎むものだろうか?


「ええ。でも、ローラ様のお話ではそれは不可能に近いと」

「ええ。少なくとも私はそう思っているわ」


 あり得ないと断言は決して出来ないが、可能性は限りなく低い。


「ならば、矢張り可笑しい。学園長が言うには、ここ一年程で彼女は文字を覚えたと」

「……随分と短期ね。ここ一年にしたら、あの文字は随分と達筆だ」


 子供の文字と大人の文字は随分と違う。

 考えても見て欲しい。文字を覚え出した小学校低学年の頃の文字を。

 彼女は少なくとも、それに該当するはずだ。

 大人になっても同じ様な文字を書く人間も居るかもしれない。しかし、決定的な違いがある。

 それは、文字の細かさだ。

 遺書は紙にぎっしりと小さい文字が並んでいた。

 彼女が書くとなると、少なくともアレよりは大分大きな文字にならないといけない。

 そう考えれば、例え多少文字をこの一年で覚えたとしても、技術的に見ればあの遺書の作成は彼女には不可能なのだ。


「文字の大きさから見ても、矢張り、別の人間が書いてるな」

「ローラ様の見ては正しいかと」

「何故?」

「彼女の性格的に、自分の僻みが解消されているならば、私に話しかけると思いますよ。一族を追放された理由は定かではないですが、少なくとも私に劣っていた理由は解消されたわけだ。貴女を殴った程の劣等感を私に晴らさない訳がない」

「彼女の性格は知らなけれど、血縁者であるフィンが言うのならば、そうね。だとすると、矢張り問題は一点のみ」

「ええ。あの遺書を誰が書いたのか。それが今回の肝ですね」


 多少何か残っていれば、ギヌスの文字と比べる事が出来た。

 もし、ギヌスの文字であれば話は早いが、彼の文字ではなかったとしても、彼を容疑者の一人から外す事が出来る。

 しかし、今はそれも叶わぬ夢だ。

 私達は調べるのにあたり、常にギヌスの可能性がチラつく。

 精神的も随分と大変だろう。

 これも、犯人が張った罠の一つだと思えば頭が痛いな。

 その犯人が、ギヌスかもしれない可能性に、どうしても思考が引っ張られるのだから。


「冷静に考えるなら、部外者の可能性は低いわよね」

「何故ですか?」

「いや、部外者が書いたとしても、ロザリーナ以外の内部者のある程度の協力が必ず必要になってくるわ」

「ロザリーナのみで十分なのでは?」

「いいえ。それだけでは急な必要のある文字までは賄いきれない。この学園の中に、少なくとも一人は仲間がいると考えた方が自然だわ」

「成る程。そうなると、怪しいのはメイド仲間ですね」

「ええ。彼女のフォローが出来るとならば、同じメイド仲間が一番怪しいと見るのが正しい。しかし、この学園にメイド見習いが何人いるか……」


 あの宿舎の規模を考えるならば、何百人と、いる事だろう。

 その中から洗い出すとなると、随分と時間も掛かる。

 現実的に考えて不可能だ。

 しかし、何も手がないわけではない。目には目を歯には歯を。

 様は頭の使い様だ。


「おい、貴様ら。こんな廊下の真ん中で何をやっている。通行人の邪魔だろうが」


 ついつい、フィンと話し込んでいたらタクトが背中ら声を掛けてくる。

 どうやら、用事とやらは終わった様だ。


「目立つ様にお待ちしておりましたのに」

「いらん世話だな。フィン、兄上への手紙はどうした?」

「眼鏡に言われるまでもないだろ。今夜書く」

「今から書けば、夕の便に間に合うだろうか。今は一分でも惜しいだろ。ローラ・マルティスもそう思うな?」


 突然だな。

 いつ返事がくるかも分からない文など、いつ送っても同じだろうに。

 でも、それでは不味いのか。

 そう言えば、フィン側の立場に社会人時代は良く立っていたっけ。


「え、ええ。そうね。フィン、悪いけど、急ぎで出して頂けるかしら?」

「ローラ様、でもここから私が離れる事に……」

「大丈夫よ。タクト様に守って頂くから」


 肩を貸してやるのだ。

 それぐらいはしてもらわなければ割に合わない。

 昔、社会人の時に良く同僚からやられた事だ。

 私に聞かれたくない話があるのか、私をこの場から撤退させる様に先導する。

 大方悪口でも言われていたのかもしれない。

 しかし、今は違うだろう。

 タクトの事だ。純粋にフィンに聞かれて困る話か、本人の前では話難い事があるのだろう。

 彼なりの配慮ならば、少しぐらい肩を貸すさ。それ程空気が読めない人間でもないのだから。


「わかりました。書き終わり次第、迎えに参ります」

「ええ。宜しく頼んだわよ」

「はい」


 タクトとフィンの背中を見送ると、彼は空き教室に私を先導する。

 一体、何の話なのやら。


「随分と、警戒される内容で?」


 タクトと顔を付き合わせると、私は彼に問いかける。


「フィンに取っては、聞かない方が賢明だと思ってな」

「フィンの話を聞いてとの下りは?」

「勿論嘘だ。貴様はわかっていただろ?」

「ええ。では、本題を」

「アリスの事だ」

「アリス様の?」


 私は思わず立ち上がり彼を見る。


「アリスは今、この学園の英雄となっているのは知っているか?」

「少々本人から伺っております。王子を助けた件ですよね?」

「ああ。あの一件で、随分と彼女の株が上がった。貴様のせいでな」

「お言葉ですが、あんな事がなくても彼女は素晴らしいお人で御座います。株が上がるなんて、とんでもない。皆、やっと通常のアリス様を認識し始めたと言ったところでしょう」

「貴様のそれも最早宗教だな」


 タクトは呆れた顔を私に向けるが、その通りだ。否定はしない。

 しかし、気になる言い回しだ。


「私、も?」


 だとすると、他の誰かも彼女が宗教になっているという事か?


「ああ。アリスの英雄伝は飛ぶ鳥を落とす勢いでこの学園に広がっている」

「何故、それ程早く広がりを?」

「俺もそこが気になっている。誰があの噂をあれだけ早く流したのか」

「タクト様でもご存知がないと?」

「あるわけがないだろ。寧ろ、貴様が流したと答えてくれた方が随分と助かる」

「残念ながら、私ではございませんね」

「だろうな。それ程貴様が馬鹿でない事ぐらい知っている」


 タクトはため息を吐くと、そんな冗談などどうでもいいと肩を竦めた。

 どうやら、噂の出所は今回の本題ではない様だ。


「では、一体?」

「貴様はこの話も知っているか?」

「何をです?」

「近々、王子は新しい婚約者を取るらしい」

「……え?」


 それは、一体……。

 何の話だ?




_______


次回は8月19日(月)23時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る