第29話 貴女の為のメイドを

 部屋にはシャーナ嬢の言う通り、王子と学園長以外誰もいなかった。

 私が指摘する権利はないが、一国の時期国王が寝ていると言うのに、護衛も付き添いもないと言うのは、些か如何なものかと思うが。


「ローラ様。私は廊下で見張っていた方が宜しいかと」

「そうね。フィン、宜しくお願いするわ」

「ローラ様、私は何をしましょうか?」

「シャーナ嬢は一先ず、この部屋に怪しいものが無いかを見ていただけるからしら? もし、見つけたとしても手は触れずに私に教えて頂ける?」

「はいっ!」


 ここまで来て、明らかに怪しい物を忍ばせておく犯人では無いだろうが、シャーナ嬢は、取り敢えず余り危ない事をしない様に細心の注意を払らわなければならない。

 フィンが廊下を見張るならば、それなりの安全は確保出来るだろうが、犯人の今までの行動を振り返ると、彼は毒物を多用している。

 王子を暗殺するならば、矢張り何処かに毒物が混入されていると見た方が現実的だ。

 しかし、その毒物をどう見分けるか。

 私は、寝ている王子の近くに立って周りを見渡す。

 王子自身はまだ意識が戻らず眠っているが、寝息は立てているところを見れば、まだ犯人の追撃がない事を教えてくれる。

 毒物を混入するならば、矢張り王子が摂取するものにするだろう。

 一番怪しいのは水差しだ。

 水差しは王子の枕元に置かれているが、量は半分程。既に何回か飲ませた後だろう。

 誰かが私達と入れ違いに毒を入れた可能性もあるが……。

 私は王子の水差しの水を少しだけ飲んでみる。

 特に味も匂いもしないな。そんな毒だって少なくないだろうから飲んでみたものの、私の身体に異変は起きない。

 水差しは、大丈夫みたいだ。

 ふぅと肩を下ろしながらため息を吐く。

 危ない確認方法だが、私には毒かどうかを瞬時に見分ける技術はないだから致し方ないのである。


「他は……」


 薬とか?

 周りを見ても、薬は特に置いていない。

 寝ている人間に薬を飲ませる事なんて出来るものかも分からないが、素人目線の私には次に怪しい物と思い浮かぶのはそれぐらいだった。

 それに関しては、食事でも同じだ。

 寝ている人間に食事を与えるものなのだろうか?

 私は王子の布団を巡り、彼の衣服を見る。

 マントなどの装飾品は外されているが、服装は昨日倒れた時に着ていた制服だ。

 続いて学園長も確認してみるが、これまた王子と同じ。

 二人とも、特に衣服は汚れていない。となれば、吐いてはないと言う事だ。

 吐きもせず、衣服に汚れが無いところを見れば、二人が食事を与えられていないのは明白。

 王子が起きた時を狙い、食事に毒を?

 いや、流石に王族だぞ。食事ぐらいは必ず誰かが毒味を行うとこだろう。

 それに、王子は私に取ってもだが、犯人に取ってはイレギュラーな存在だ。そんな相手の目を覚ます事を良しとするものか?

 リスクを考えれば、そんな事はあり得ない。

 だとすると、矢張り、犯人は昏睡状態である今、王子を狙うはずだ。


「ローラ様、そちらに何かありましたか?」

「いいえ。何も。シャーナ様は如何かしら?」

「こっちも何も。私、思ったんですが、怪しい物って言っても、基本的にはこの部屋には何人ものお医者さんがいるから、置けないですよね?」

「確かにそうね。シャーナ様達は、王子が倒れてからはここには?」

「一度も来て無いです。私達の周りだと、ランティス様が尋ねられたぐらいで」

「ランティス様ね……」


 正確な時間は分からないが、ランティスは私のいた牢に尋ねてくる前にはここに居たのだろう。

 私が起きた時、月の位置は小窓の近くにあった。

 そこから推測するに、ランティスが私の牢に来たのは大体深夜一時頃となる。

 だとすると、ここを出たのは大体深夜零時過ぎぐらいだろうか。

 その時には、見張りがいると言っていた所を見れば、深夜帯には流石に見張りが付いていたのだろう。

 そう考えると、いつから、ここの見張りはいなくなったんだ?

 何故、見張りがいないんだ?

 朝日が登れば大丈夫だなんて、いくら相手が吸血鬼であったとしても無用心極まりない事である。

 それとも、何か事情があって皆ここから離れたのか?

 何だ? 何が起こってるのだ?


「それにしても、ランティス様はお可哀想……」


 考えを張り巡らせていると、シャーナ嬢が深い溜息を吐く。

 突然のランティスの話題に、思わず詰まりながらも私は頷いた。


「え、ええ。そうね。ランティス様はティール王子を大層慕ってらっしゃったもの」

「はい。それも有りますが、同時に学園長もだなんて」

「学園長?」


 何故、ここで学園長の名が?


「ランティス様は、学園長も慕っていらっしゃったんです」

「そうなの?」


 初耳である。

 確かに、何処か言葉の節々に学園長を庇うニュアンスが読み取れたが、本人の口からは一度も聞いたことが無かった。

 そう言えば、出会って間もない頃にランティス自身が学園長への切り札になると言っていたな。

 王子も、学園長とは親しい様子だったし、その弟であるランティスもその恩恵に当たってもおかしくは無いか。


「はい。ランティス様は、家族想いな方なんです」

「家族?」

「ええ。あ、もしかして、ローラ様は学園長とランティス様が血族であるのをご存知ないですか?」

「血族? 学園長が?」


 勿論私はご存知ない。


「はい。学園長は現国王の弟王子なんですよ」

「あら。だとすると、叔父と甥っ子の関係なのね」

「はい。ローラ様はご存知かと思ってました」


 確かに、王子の婚約者ならば知っていなければならい事柄だろう。

 しかし、私は弟王子のランティスとの面識すら無かったわけである。

 それもそのはず。私は婚約の儀以外で王子とまともに喋ったのはこの学園に来てからだ。だから、親族の紹介など一度もされた事がない。


「王子は、私の事を毛嫌いしておりましたからね。彼なりに、親族をお守りになっていたのでしょう」


 その行為から察するに、彼は私と言う巨悪から、親族を守っていたと言うわけだ。

 それぐらいならば、さっさと婚約を破棄した方が効率的だと言うのに。実に回りくどい正義を執行なさる方である。


「シャーナ様は、ランティス様から?」

「はい。自慢の叔父だと、言われました」

「そう」


 成る程。道理で彼が自身有り気に切り札になると言っていた訳だ。


「確かに、親族が二人も倒れられるだなんて、ランティス様も可哀想ね」

「ええ。でも、二人ともローラ様が救ってくれたって、ランティス様は」

「私が? 私はただ、自分が出来るだけの処置を二人にしただけなのに」

「いえ。私はすごい事だと思います。私が知っている令嬢は、そんな事が出来ない人ばかりですもん。勿論、私も。きっと、皆んな助けを呼ぶ勇気すらないですよ」


 王子が倒れたと言うことは、そう言うことなのだ。

 シャーナ嬢はきっと、自分を責めているが、それがこの世界の賢い生き方である。何も責める事はない。


「ふふ。シャーナ様は何か勘違いをなされているわ。私はその逆だっただけ。助けを呼ばない、逃げる勇気が無かっただけよ」


 きっと、どちらも勇気が要ることには変わりないだろう。

 私は、ただ、逃げる勇気がなかった。それだけの事だ。


「ローラ様……」

「シャーナ様。時間も限られていますし、もう少しだけ、辺りを探しましょう。私は、今からこの水差しに薬草を入れて警告を残します」

「警告?」

「犯人がどんな手にでるかは分からない。今、王子の危機を知るのは私たちだけ。なので、ここに警備に当たる人間に、危機感を持ってもらうのです」

「それって……」

「ええ。現状では、水差しに毒を仕込む可能性が高いと私は思います。その水差しに、何か私が分かりやすい細工をすれば、警備の人々は水差しに対する警戒を強めるでしょう」

「でも、間違えて飲んじゃったら?」

「それでも困らないように、薬品を入れるんですよ」


 私は戸棚を開けて、並んでいる薬品から二つ小瓶を取り出す。

 一つは、現代のヨモギの様な匂いの強い薬草を煎じた液体。これは、胃痛などに良いとされている薬草である。

 もう一つは、色鮮やかな赤い実をすり潰して作られた液体。これは、確か現代のミントの様に爽快感があり頭痛に効くとされている。

 私は二つの液体を水差しに入れて混ぜ合わせた。


「禍々しいですね……」


 出来上がった赤黒い液体に、シャーナ嬢は思わず顔を顰める。


「まず、間違えて飲むこともなければ、飲んだとしても胃と頭痛に優しい薬ですので、大丈夫ですよ」


 こうしておけば、水差しに対しての警戒は一層強まるはずだ。


「ローラ様、薬草にお詳しいんですか?」

「まさか。付け焼刃よ」


 無駄だと投げていた薬草の本に、今は感謝しかない。

 矢張り、本は叡智の結晶である。


「さて、もう一度周りを探して、何もなければフィンと合流しましょう」

「はいっ」


 今度は私もシャーナ嬢と同じく、部屋の中を見て回る。

 特に怪しいものはないし、矢張りまだ犯人がここに来ていないのだろう。

 そもそも、犯人が先に動くとしたら毒入り紅茶の回収の方が優先度が高いはずだ。王子は恐らく、その後。

 先回りをしたのはいいが、誰もいないとなると随分指せる手だって限られてくるものだ。


「何もないですね」

「ええ。このまま何もなければいいんだけど……」


 あの水差しを見て、犯人も諦めてくれればいいが。


「んー。何かアリスが言うには、王子が刺されるって言うんですよね。でも、王子を刺すのは、流石に無理があるし、ローラ様の言う通り、やっぱり毒とかそう言うのを……」

「……刺される?」


 私は、ゆっくりとシャーナ嬢の言葉を繰り返した。

 いま彼女は王子を刺すと言ったのか?


「シャーナ様、アリス様が今王子は刺されると!?」

「あ、うん」


 私の剣幕に戸惑ったのか、彼女は敬語すら忘れてコクンと頷いた。


「どうして、刺されると?」

「え、えっと、何かそんな夢を見ちゃったらしくて……」

「夢ですって?」


 忘れていた。

 このファンタジーも欠片もない世界に、唯一のファンタジー要素がある事を。

 アリス様の、先見の能力!

 夢の中で、少し先の未来が断片的に見れる、アリス様の能力だ。

 だとすると……、不味いぞ。

 王子は、毒物ではなく刃物で命を狙われる事となる。

 そして、今何故かこの部屋には人が居ない。

 もし、犯人が用意したタイミングであったら……。

 私はシャーナ嬢を見ると、彼女の腕を引く。


「ローラ様?」

「シャーナ様、少しの間だけ我慢を。決して、物音を立てず、ここを出てはなりません。良いですね。私がこの扉を開く迄、必ずっ」

「え?」


 私はシャーナ嬢を薬品棚の空いていたロッカーに入れると、扉を閉める。


「ローラ様!?」

「しっ。いいですか、必ずですよ。必ず、静かに、決して、開けてはいけません。良いですね」


 私は、繰り返しシャーナ嬢のいるロッカーの扉に呪文の様に呟いた。

 アリス様の先見の能力は、ゲーム内なんども見た。だからこそ、よく知っている。

 あの能力は、断片的なものだが、どんなイレギュラーが起こったとしても、見えた事は必ず起こる。

 原因をいくら刈っても、過程をいくら潰しても、必ず起こる事が見えるもの。

 つまり、王子は必ず刺されると言う事だ。

 

「時間が、ないっ」


 起こる事からは逃げられる訳がない。

 例え、この部屋から王子を連れて逃げ出しても、例え私が思いつく限りの手を尽くしたとしても、何をしても。

 それは変えられない。

 もし、犯人が入ってくるとなれば、時間の問題だ。

 いや、もし、じゃない。必ず入ってくるっ!

 私は手当たり次第にトレーに乗っていた薬品を落とし、布を引き裂き王子の布団を捲り準備をする。

 外にいるフィンが気掛かりだが、今はこちらが優先だ。

 ここに犯人が入ってくると言う事は、最悪の場合、フィンだって……。

 クソ野郎がっ!


「王子は、これでいい」


 息を荒げながら、私は再び布団を戻す。

 取り敢えず、上手くいけば王子は助かるだけの事はした。

 学園長は、どうする?

 アリス様は学園長の夢も見たのか? いや、見たらナーシャ嬢に伝えるはずだ。彼女が何も言わなかった所を見ると、今回は大丈夫だと思っていい。

 次は、フィンをここに呼ぶか?

 いや、フィンを逃した方が……。


 コンコン。


 ドアからノックの音が聞こえる。

 タイムアウトか。

 フィン、どうか無事でいて……っ!




「……メイド?」


 入って来たのは、学園の制服を纏った女子生徒が一人。

 散らばった薬品を拾う私の姿を見て、不思議そうに声を上げる。

 こいつが……。

 赤みがかかった髪に、緑の瞳、髪は肩にかかるかかからないか。顔立ちから言って、この国の人間だろう。

 私はすっと立ち上がると、一礼を女にする。


「申し訳御座いません、お嬢様。今、片付けますので少々お待ちになって下さいませ」

「ここは、立ち入り禁止だと言われてるはずだけど、あんた誰?」


 ここが立ち入り禁止? 関係者以外と言うわけだろうか?


「申し遅れました。私、ローラ・マルティスご令嬢様の付きのメイドで御座います」

「マルティスぅ? ……ああ、あのご令嬢ね。で、付きって言うならその令嬢は?」

「ローラ様は婚約者である王子が倒れていらっしゃる事に錯乱されまして……」


 そう言いながら、私は床に散らばった薬品たちを見る。


「今は別室でお休みになられております」

「あっそう。じゃあ、ここにいるのあんただけ?」

「はい。私だけで御座います」


 女はふーんと軽く返事をすると、周りを見渡した。

 私が真実を言ってるかを確認しているのだ。


「あのさ」

「はい。如何いたしまたでしょうか?」

「私喉が渇いたの」

「はあ」

「そこの棚にお茶が入ってるのよ。取って淹れてくれなぁい?」

「……わかりました」


 こんな所にお茶なんて本当にあるのか?

 私は半信半疑で棚を開けてお茶の葉を探す。

 棚は綺麗に分類されており、空いたスペースには紙で中身が書かれていた。

 現世の片付け上手とか何とか謳っている本に書いてありそうな収納術だ。しかし、そのおかげで一つ一つ箱を開ける必要がないのも事実。

 あいつが、何者かわからない今、下手に刺激したら不味い。ここでモタモタしていたら、何をされるかはわからないのだ。

 お茶を飲むと言うのならば、その茶の中に睡眠薬を入れれば多少は時間がかせげるのではないだろうか?

 棚を目で追うと、本当にお茶と書かれた文字があった。

 本当に中はお茶なのか。

 しかし、私がその箱に手を伸ばす前に後ろから低い声が聞こえる。

 

「おい、何でメイドが文字なんて読めんだよ」

「っ!?」


 し、しまった!!

 思わず私が構えようとした瞬間、腹に今まで受けた事のない衝撃が走る。


「が、がっ!!」

「おいおい、舐めてんじゃねぇぞ。ブス」


 耳元に、女声が響くと漸く私は自分に何が起こったか悟る事が出来た。殴られたんだ。

 腹を、この女に。

 

「お前、メイドじゃねぇな」


 そう女が言ったのだった。




_______


次回は5月30日(木)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

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