第28話 貴女の為の扉を
「ローラ様っ!」
牢から出ると、シャーナ嬢が私に駆け寄ってくる。
「お身体は大丈夫ですか?」
「ええ。心配をさせて申し訳ないわ」
「何を仰っているのですか。私は貴女に助けられた身。申し訳ないなんて思わないで。さぁ、こちらに」
「……ありがとう」
私の手を引き、ローラは草叢に私を先導する。
「でも、今牢の中にはアリス様が……」
「アリスは大丈夫ですよ。あの子は強いもん」
私の心配を吹き飛ばすように、ニカッとシャーナ嬢が笑ってくれる。
「私達、相談して決めたんです。ローラ様を助けようって。ローラ様、ここでお召し物をお脱ぎ下さい。代わりにこれを」
そう言って手渡されたのは、メイト達が来ている服だった。
「公爵令嬢のローラ様にこんなお召し物を勧めるなど、無礼だとは思いますが今は……」
「いいのよ。私の事を思ってでしょう? こんなに考えてくれて、ありがとう」
私なんかがいいのだろうか?
アリス様を犠牲にして、シャーナ嬢迄も巻き込んでしまって。
私にその権利がると言うのか。
ほんの一瞬、そんな自分勝手な言葉が頭を過る。
違うだろ、私。
「私は、貴女達を犠牲にしたくない。けど、貴女達の決意を無駄にしたくない。シャーナ様、これだけは分かって欲しい。何かあれば、私が必ず貴女達を守るから、どうか無茶だけはしないで下さい」
ギュッと、スカートの裾を握り締めながら絞り出した私の声に、シャーナ様は微笑んだ。
「私もローラ様の事を、私が出来る最大限の力で守りますっ。絶対に! アリスと約束したんです。私は、親友も貴女も裏切らないって」
一体、私が彼女達に何をしたと言うのだ。
何一つ守れなかった私に、彼女達は揃いも揃って馬鹿みたいに手を差し伸べる。
私は、そんな事をされていい女ではない。
ランティスだって、フィンだって、タクトだって、リュウだって。彼らに信じられる程、私は優れた人間じゃないのに。
彼女達に差し出せるほどの価値のあるものを持っている人間ではないのに。
だからこそ、絶対に守ろう。
彼女達を、必ず。この命に代えても。足りないかもしれないけれど、私は私の出来る事をして、彼女達を守ろう。
私は服を脱ぎ彼女達が用意した服に袖を通す。
「それで、私がいない間に何が?」
私はシャーナ嬢を振り返ると、彼女は頷きながらアリス様の続きを話した。
「王子が、危ないかもしれないんです」
「それは何故?」
「はい。私達の部屋に賊が押し入ったのを覚えていますか?」
「ええ。あなた達が無事でよかった。盗られたものは無かったのでしょ?」
「はい。私達もそう思っていたんですが、昨夜見つけたんです。一つだけ、あったのです」
「一つだけ?」
あの犯行は、私に対しててはないのか?
「それも、普通に盗られたのとは違うんです。すり替えられてたんです」
「何ですって?」
一つだけ、しかもそれがすり替えられていた?
私が狙いじゃない。明らかに、犯人はそのすり替えを目的にしていると言う事ではないか!
「それは、一体?」
「アリスが王子に頂いた指輪です」
「指輪?」
まだルートも確定していない今、指輪をアリス様に?
「何故、すり替わっていると分かったのかしら?」
「あの、色々経緯があるんですが、そもそも、その指輪はもらったと言うよりも、アリスに王子が押し付けるような形で渡された指輪なんです。王子は入学当初から、その指輪を見ながら悩んでて、気になったアリスが声を掛けたら、こんな物があるから悪いのだ。お前が持っていろって、渡されたんです。すごく大きな赤色の宝石が嵌った指輪で……」
「赤色の大きな宝石? まさかっ!」
少しだけ見覚えがあり、はっと声をあげる。
「その指輪、赤い宝石の周りにはダイアモンドとルビーの小さな宝石が交互に並んでいなかったかしら?」
「えっ! ローラ様、ご存知なんですか!?」
「ええとても。それは、本来ならば王子が私に贈らなければならない婚約指輪だから……」
はぁと、思い溜息が一つ。
勿論、違う女に渡したや、思い悩んでいたと聞いて出た溜息ではない。
その指輪はよく知っている。王族に代々伝わる婚約指輪で、価値は国宝級のもの。
最初見たときは周りが紅白でここだけ日本式の目出度さを表してて、ダサいと思ったものだ。
だが、注目するのはそこではない。
そのアクセサリーに纏わるイベンドが一つあるのだ。
「成る程。部屋にあった指輪には、イニシャルが刻まれてなかったのね」
国宝級の宝石にイニシャルを刻むと言うとんでもないイベントである。
「何故それを!?」
確かに私もだが、アリス様とシャーナ嬢には本来なら本物の宝石かガラス細工の安物かなんて見分けはつかないだろう。
それでも、二人が偽物だと気づいたのは、あるはずの目印が存在しないから。
何ともわかりやすい話だ。
「私が知っているのは気にしないで頂戴。そうなると……、やはり狙われていたのは私じゃない」
私はカモフラージュに使われていただけだったと言う事だ。
無くなったものが一つ。尚且つそれが偽物とすり替えられていた。そうなれば、私のハンカチを置くよりも、それが本来の狙いと取った方が正しいだろう。
「フィンっ!」
私が声を張り上げると、上から葉の擦れる音と共に、フィンが私とシャーナ嬢の前に落ちてくる。
「きゃあっ!」
すっかり私は慣れてしまったが、フィンの身体能力の高さを初めて見たシャーナ嬢は思わず声を上げている。
そんな所で見張らなくてもいいのにとは思うが、それ故に彼女は誰にも見つからないでいるわけだから、そこは良しとしよう。
「ローラ様、如何致しました?」
「フィン、お仕事ご苦労様。シャーナ様、驚かせてしまって申し訳ないですわ。彼女は私の騎士のフィン。とても自慢の立派な騎士様なの。これからはお見知り置きを」
「は、はい」
「所で、フィン。貴女が彼女達を守っていた間に変わった事はなくて?」
「はい。何者も現れる事はありませんでした」
「有難う。ここも誰かに見られていると言う事は?」
「ありません。近くに貴族達の気配がしましたので、私が脅かしたら逃げて行きました。それ以降はまったく」
「あらあら。それは仕事が早いわね。いい事だわ」
不穏な気配は彼女達の周囲にはなかった。
ターゲットが移り変わっているのか? 最初は、アリス様、次が私、その次があるとすれば、王子と言う事になる。
いや、違うな。
どちらかと言えば、王子はとてもイレギュラーな存在だ。
犯人は、頭が良い。悔しいが、そればかりは事実だ。私達の行動を先回りし、全ての事に意味があるように見える。だからこそ、私はこれは別の事件ではなく、繋がった連続した犯行だと睨んでいるのだ。
その犯人にとっても、王子の行動は読めなかった。
今回の毒入り紅茶といい、宝石といい、彼の行動は犯人の理解の外側にある。
もし、アリス様の部屋に押し入ったのが物取りで、高価な物を手に入れるためにしたとしても、あれだけ荒らしておいて、偽物とすり替える事などするものか。
犯人は、指輪をすり替える為に部屋に押し入り、指輪から意識をそらす為に私のハンカチをそこに置いた。
何故か。
指輪が盗まれた事を何故隠す。隠すのならば、部屋を荒らす必要はない。価値が分からない彼女達にとっては、毎日その指輪を見る可能性は実に低いだろう。発見に至るまでに長い時間を要したいのならば、荒らさずにそのまますり替えた方が随分と効率的だ。
目的は見えてきたと言うのに、意図がだけが酷く絡まって見えなくなって行く。
この件については、意図が分からなければ意味がない。
しかし、これだけは分かる。
「今から、私は王子の元へ向かおうと思います」
イレギュラーである王子が倒れた今、犯人にとっては好機に他ならない。
今のうちに事を進めるならば絶好のタイミングだ。
しかし、犯人は頭が良い。
冷静に考えれば分かるが、複数の結びつけの難しい事件を起こすと言う事は、犯人が思い描く目的を達成する為のスパンは長いと言う事だ。
だったら、どうする?
王子が起きれば、少なからず、また犯人の手に余る事を起こす危険は絶大だ。
私が犯人ならば、元からその危惧を絶つ。それが今後の為に一番リスクが少ない。
「やはり、王子が狙われてるんですね?」
ナーシャ嬢とアリス様は単純に預かっていた王子の私物と今回の事件を結びつけただけだほうが、答えは間違ってはいない。
「ええ。恐らくは。ナーシャ様、王子が今どこにいらっしゃるか分かるかしら?」
「あ、はい。ランティス様の話では、医務室の本部に学園長とともにお休みになっているとお聞きしました」
「では、校舎に向かいましょう。フィン、悪いけどアリス様の護衛ではなく私に付いてきてくれるかしら? 今、貴女の力が必要なの」
「……勿論でございますっ! 私は、貴女様の騎士なのですから」
「ありがとう。今は、アリス様の言葉を信じて、私達は先に進みましょう。さぁっ」
王子の所に!
「案外バレないものですね」
思わず、私が声をあげる。髪を全てキャップに入れて、制服を脱ぎ捨てメイド服を着る。これだけの変装なのだが、何人とすれ違ってもバレはしなかった。
「公爵令嬢がメイド服をお召しになるなんて、考えないですもん」
自信満々にシャーナ嬢はそう言うが、私には誰よりも醜い顔がある。
皆、この醜い顔を見て、私だとすぐに気付くと思っていたのだが、案外人間顔なんて見ないものだ。
目も会うことも無ければ、私の顔をジロジロと見る人もいない。
寧ろ、私の事を醜いと言っていた人間達でさえ今思えば私の顔を認識しているかも怪しくなる。
醜い顔が私なのだと思っていただけに、今回の体験は実に驚きだった。
ああ、何だ。醜いから私ではなく、私だから醜いのかと、何とも言えない真実に気付くのは些か複雑であるが。
「ローラ様、この先が医務室の本部となります」
「私が、先に行って中を見てきますね!」
そう言うと、シャーナ嬢は走り出し、先へ先へと言ってしまう。
そんな事は必要ないと止める暇すら与えてくれないようだ。
「あの娘は元気がいいですね」
フィンはそう言いながら、シャーナ嬢の後ろ姿を見送っていた。
「ええ。彼女も素晴らしい令嬢よ。私なんて及ばないぐらい」
「ローラ様には負けますが、素晴らしい令嬢である事は認めますよ」
随分と意地っ張りな事を言う。けど、彼女の中でもシャーナ嬢達は敵ではないのだろう。
顔はいつも通り無表情だが、優しい瞳で彼女を見ているのがその証拠だ。
「ありがとう」
「いえ。礼を言われる事はしておりません。それに、私はローラ様が捕まっている時に何も出来なかった。先程、私が立派な騎士だと……」
「ええ。立派よ。貴女は貴女の仕事を全うした。誇り高き私の騎士様よ。謝るなんて許さないわ」
私が笑えば、彼女も少しだけ困った様に笑うのだ。
本来ならば、私はランティスと合流し、毒入り紅茶を入手する手伝いをすべきである。
しかし、それはランティスに任せた仕事。今、私のやるべき事は、私しか出来ない事である。
私しか気付いていない、敵の思惑を潰す事だ。
然し乍ら、敵がどんな手を使って王子を襲うかは皆目見当がつかないのは事実。
果たして、次なる手は何なのか……。
「ローラ様、中には誰もいない様です」
「あら? そうなの?」
戻ってきたシャーナ嬢は私に医務室本部の現状を教えてくれるが、些か気になる。
普通ならば、二、三人、いや。一人ぐらいは王子や学園長の容態を見ているものだと思っていた。
その為に、シャーナ嬢が同席するのだ。
彼女ならば王子の友人としての看病が言い訳に出来る。
しかし、どうやらその計画すら杞憂に終わる様だ。
「容態が安定してるからですかね? ランティス様の話だと、今はほぼ寝ている状態と何ら変わりがないらしいですよ」
「そうなのね」
現代医学の機器がないのに、何故そんな事が言い切れるのか不思議だが、私だってこの世界の医療に精通しているわけではない。
何か調べる方法でもあるのだろう。
「では、絶好の機会ね」
私達は、こうして医務室への扉を開けたのだ。
犯人がどんな手に出るのか。この後の事さえ何も知らずに。
_______
次回は5月28日(火)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます