第19話 貴女の為の一粒の種を

「お前は何をしているのかわかってるのか?」

「おいおい、俺も王子と言えば王子だぞ。ったく。そんな真剣に怒るなよ。ただの悪戯じゃん」


 私が守らなければならないのに、ランティスは自分の身を差し出して私たちを守ろうとしている。

 自分が主犯だと自供して、私を庇うつもりだ。

 なんて馬鹿な事を!

 これが王子に知れてみろ、直ぐに王の耳にも届き最悪ランティスは退学だ。

 彼は王にはなれない。兄がいる限り。

 この学園を出て、外交として海外を渡り歩くのが彼の運命だ。それしか、弟王子である彼が生きるすべが無い。

 もし、退学となればその道が断たれ、彼は一生城に幽閉される。即ち、それは彼の未来がなくなるという事だ。

 直ぐ様、私が庇おうと動くと、フィンが私を止める。

 何故!?

 ランティスが私達を守ろうとしているんだぞ!? 何故それを止めれるんだ!


「悪戯で済む話だと思ってるのか?」

「勿論」

「深夜に俺の研究室に入って家探しを?」

「最近、お前が何かコソコソやってるのが気に食わなくて。兄貴がここにくる前は、お前はそんな事してなかったじゃねぇか。俺にも良くしてくれてたのにさ」

「だから、こんな悪戯を?」

「そう。お前が俺と遊んでくれなかったからこうなったんだぜ? タクトが悪いさ」


 そんな言葉でタクトは有耶無耶にするタイプの男では無い事ぐらい、彼も分かっているだろうに。

 何故、こんな馬鹿げたことが出来るのか。


「それは悪い事をしたな」

「だろ?」

「でも、お前にも悪い友達が出来たんだろ? お互い様じゃないか」

「何言ってんだよ」

「明らかに、目的を持ってここにお前らは入っている。その瓶と報告書を探して、どうするつもりだったんだ? 何に使うつもりだったんだ?」

「あー。これ? お前が大切そうに隠してから見つけただけで、別にこれが何かなんて知らねぇよ」


 ギリギリだ。ギリギリの辻褄合わせだ。

 タクトもタクトで、明らかに私達が困る様な質問をしてくる。

 現行犯で直ぐ様捕まえればいいものを、試しているのか?

 少しでも、ランティスの言葉を信じているからか?

 クソっ。そんな事、私がわかるかっ! 私はタクトじゃないんだぞ!

 下手に動けば直ぐ様ゲームオーバーになる様な現状で、下手に勘繰って悪手を打つような馬鹿に、私は慣れない。

 どうすれば、どうすればいいんだ。

 タクトを、いや。ランティスを信じるしかないのか?


「ああ、大切なものだ。返してくれるか?」


 タクトの言葉に、ランティスはちらりと私を見る。

 返した所で、私達は既にあの中身を知っているのだ。問題はないだろう。

 タクトは犯人ではない。これは確かだ。でも、タクトは何故、犯人でないのならば既に分析出来ていた結果を隠していた?

 それも、こんなにも厳重に。


「どうした? 早く返してくれ」


 中々答えが出ない私を、ランティスは再度伺ってくる。

 どうすれば、どうすれば正解だ。

 全ては私に掛かってると言うのに、何故こんなにも答えが出ないんだ。

 そんな私にランティスが呆れたのか、彼は自分で選択肢をタクトに突きつける。


「……わかった。渡すよ。渡すけど、代わりにこれが何か教えてくれよ」

「聞いてどうする? お前には無縁のものだ」

「だって、お前があんなにも大事に隠してたんだろ? 興味はある。それに、アーガストって何だよ。聞いたこともない名前だぞ」

「仕方がない、教えやるよ。先程にも言ったが、ここから南に離れた国にある植物だ。花や葉は薬草にもなるが、種は……」

「毒か?」


 ランティスはタクトが答えるよりも先に、口を挟む。


「……毒であって欲しいのか?」

「いや、勘だよ、勘。わざわざ前置きに花や葉っぱが薬草になるって言ったら、種は真逆だろ?」


 いい答えだ。自然に出た言葉に感じられる。

 でも……。


「そうだな。お前は賢いな」

「随分と棘のある言い方だな」

「この種の効果は、間引いて数日しか保たない。数日経ってしまうと、ただの水と変わらん成分になる」

「へぇー。じゃあ、今この瓶の中身を舐めてもただの水ってことだな」

「そうなるな。試してみるか?」


 何を言いだすんだ?

 思わず、私はタクトを見るが、月明かりに照らされた彼の表情は何一つ変わっていない。

 冗談なのか、何なのか。

 その情報が本当か嘘かさえこちらには分からない。

 今、タクトをどれだけ信じられるか。その情報が少なすぎる。

 タクトはそれを知っている。では、何を、タクトは狙っている?


「毒だったんだろ? 無くなってても嫌だよ。そんな事」

「俺がお前に嘘をつくわけ無いだろ。だが、逆に興味が湧いたな」

「は?」

「毒の小瓶の中身は飲めない。その判断は正しい。だけど、どうしてお前がそれを毒だと思ったか興味が湧いた」

「何言ってんだよ、タクト。それはお前が……」

「誰かがお前にそれは毒だと言ったんだろ? なあ、ローラ・マルティス」

「っ!」


 クソ野郎っ。

 こんな小芝居まで、しやがって!


「おい、何言ってんだよ、そいつは俺が……」

「ええ。お久しぶりでございますね。タクト様、昨日のお昼から貴方といつ会えるかと心待ちにしておりましたわ」

「お、おいっ!」

「おやめくださいっ」


 私はランティスとフィンが止めるのも聞かずに紙袋を脱ぎ捨てる。


「私だと分かっていたのに、ランティス様に何てことをさせるのかしら。この大臣候補は。恥を知りなさいっ!」


 私だと分かっていて、ランティスを試したな!

 巫山戯るなよ!

 彼がどれ程、捨て身の思いで私を庇ったと言うのか! その気持ちを弄ぶだなんて、どれ程馬鹿にすれば気がすむのだ!


「おいおい。兄の次は弟か? 噂に違わぬ尻軽だな」

「それ以上、ローラ様を愚弄するなよ、眼鏡。お前のよく動く口が上と下に分かれると思え」


 フィンが紙袋を脱ぎ捨てて、タクトの口元に剣の先を向ける。


「本当の事だろ?」

「何とでも。貴方に何を言われても、私は傷一つつかないわ。私には、ランティス様とフィンが居る。その二人を馬鹿にするならば、話は別ですけどね」

「強気だな。気が急ぎ過ぎている。だから、間違いをするんだよ。アーガストなんて使ってな」

「どう言う事?」


 気が急ぎ過ぎて、アーガストを使う?


「アーガストの毒で殺す気だったか? そんな馬鹿な思い付きを良くしたものだ」

「殺す? その毒はそれほど強いものなの!?」

「一体、どうしてそうなったのか。多少なりとも興味がある。ローラ・マルティス。お前は小瓶に何を入れるつもりだったんだ?」


 私の、小瓶?

 ちょっと待て。

 話が、噛み合っていないぞ。

 タクトは、私がその小瓶を用意したかの様に話している。

 どう言う事だ? タクトは何を勘違いしている?

 タクトの様子を見れば、タクト自身は話の矛盾に気付いていない。ここで間違いを訂正してわざわざこちらの情報を渡す必要性があるか?

 最悪、こちらの情報だけ渡して勘違いだったで終わる可能性だってある。

 ならば、ここは話に乗るしかない。

 いいだろう。やってやろうじゃないか。悪役令嬢ローラの腕の見せ所だ。

 

「タクト様、何を勘違いされているのか分かりませんわ。私はその小瓶を知りませんもの」

「ここまでわざわざ回収に来たと言うのに、随分おかしな話だな」

「ええ。貴方こそ、どうしてこれが私の小瓶だと? 昼間の様に当てずっぽうかしら? 下手な弓使いは、的がないのにも気づかないものかのかしらね。どれだけ撃っても矢の無駄だわ」


 まずは、なぜその小瓶が私の物だと思ったかを聞かねばならない。

 学園長が、私の物だと言ったのであれば学園長にも疑惑の目を向けざる得ない。また、犯人が私の物で見せかける様に細工をしているのであれば、一昨日の夜よりも前から、私も狙われていた事となる。


「それとも、ご自分でありもしない証拠でも作られたのかしら? 流石秀才様ですわ」

「夢物語も良いところだな。これはお前の小瓶である事は、明らかなんだよ、ローラ・マルティス」

「何故?」

「先程も言っただろ。このアーガストはこの国とは遠く離れた南国の物だ。この国では気候によりアーガストは栽培出来ない。この事実の意味がわかるか?」

「……輸入されるものと言うことかしら?」

「間違ってはいないな。つまり、この国では栽培されていないという事になる」


 成る程。入手方法か。

 自国で栽培されていないのであれば、まずは平民の間では出回らない物だ。

 これにより、平民は犯人から除外しされる。


「そして、なんども言うか遠方からの輸入品だ」


 遠方という事は、輸送費とその希少度から価値が上がる。一度に持ち運べる量にもよるが、何度もタクトが遠方と言うからには、こちらに持ち込める量も限られているはずだ。

 となると、ナーシャを始めとした地方貴族は犯人から外れる事となる。

 いや、地方貴族だけではないか。

 図鑑に乗っても居ない希少度を考えれば、貴族間で出回るのも難しいだろう。

 となると……。


「私が公爵家の娘だから、ですか?」


 上級爵位を持つ貴族のみが、アーガストを手に入れれるものとなる。


「ほう。意味がわかってくれて嬉しい限りだ」


 成る程、矢張りそうか。

 だとすると、アーガストはかなりの高額で取引されている代物となる。犯人は、上級爵位の家の人間?

 そうなると、ますますアリス様とは結び付かなくなってくるぞ。


「この学園に、私が以外の何人の公爵家の娘がいるとお思いで? それとも、意地の悪い公爵の娘にしか触れれない物なのかしら?」


 取り敢えず、ここで煙に巻いて次の質問に移ろう。

 少なくとも、タクトが自ら推理したのであれば、学園長から言われたのではない事は分かった。

 次は何故、タクトがこの結果を隠していたか、だ。

 さて、タクトが鼻で笑ったら戦闘開始だ。こちらは既に準備が……。


「素晴らしいご名答だ。ローラ・マルティス」

「え?」


 しかし、タクトは私を鼻で笑うどころか、賞賛の拍手を送る。

 どう言う事、だ?


「中々素晴らしい着目点だ。意外にも、頭がいいのか?」

「馬鹿にしていらっしゃるの? そんな魔法みたいな植物が存在するわけがないでしょうに!」

「いや、存在するんだよ。それがアーガストだ」

「どう言う事?」

「先程お前は輸入と言ったが、アーガストを栽培している国とは、この国は取引をしていない」

「……他の国と仲介の貿易品?」

「貿易をしてるのは、何処も近場の国だろ。何処も南の国には遠く貿易なんて現実的じゃない」


 しまった。私はある事実を見逃していた。

 そうだ。ここは、現代ではない。遠く離れた国と安定して貿易が築ける程、旅路は整っておらず空路は愚か、海路すら長い航海から返ってくるのはごく僅かだと聞く。

 そうなると、可笑しい。


「アーガストなんて手に入らねぇ筈だろ。そんな事を言うなら」


 違う。ランティス。

 そこが可笑しいんじゃない。

 可笑しいのは、目の前にいる人間だ。


「何故、貴方がアーガストの存在を知っているの? タクト様」


 何故、この国には存在もしない植物の分析出来るんだ。


「成る程、ランティスよりもお前の方が頭がいいな」

「ここで褒められても、膝はおりませんわよ」


 何故……。


「俺は、とある人から譲り受けてね」

「とある人?」


 一体、それは誰だ?

 いや、誰だじゃない。間違いなく、そいつが犯人だと言うことになる。


「ああ。ローラ・マルティス、君の方がよく知っているんじゃないか? 君だって持っていたんだろ? その種を」

「私が? 何を言って……っ!」

「おい、ローラ? どうした?」

「ローラ様?」


 まさか……。

 顔から血の気が引いていくのが自分でも分かる。

 でも、でなければあり得ない。

 南国に行けるのも、タクトにアーガストを渡せるのも、きっとあの人一人だけだ。


「お父様……」


 ローラ・マルティスの父親であるマルティス公爵は外交官である。

 王族付として、特に海を渡る外交が多く、一年間の大半を他国で過ごす。

 貿易もしない国に行っても、その国特産を持って帰れるのも、そして大臣の息子であるタクトに軽々しく物を渡せれるのも、マルティス公爵しかいないのだ。


「正解だ、ローラ・マルティス」


 ニヤリと笑うタクトが、眼鏡をかけ直した。

 その向こうに映ったのは、勝利の笑みが何なのか。

 まだ、私には分からなかった。




_______


次回は5月10日(金)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

 

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