第18話 貴女の為の小瓶の中身を

 ゲーム内でのタクトは、王子の良き補佐であり最初は身分のないアリス様をよく思って居なかった。

 最初の会話も、随分と棘があり、王子に余り近づかない様にと牽制を入れてきたものだった。しかし、アリス様の人柄に触れ彼は自分の考えを改め身分に関係なく人を認める様になっていく。

 アリス様は、そんな変わっていくタクトに惹かれ恋に落ちられた。素晴らしい話だ。タクトはいけ好かないが、タクトに恋心を惹かれるアリス様はとても可愛かった。

 逆に、タクトルートに入ったローラはその意地の悪さをタクトへではなくアリス様に向けて居た。決して、タクトの前では粗相をしなかったローラ。彼の前だけは、まるで借りてきた猫の様に静かにアリス様を睨むだけ。王子に婚約破棄を言い渡されるのは、各キャラクタールートに入る前で必ず起こるイベントである。

 ゲームの中のローラは、婚約破棄を頑なに認めなかった。認めないからなんだと言うのだと言う話だが、この学園を去らずに彼女の思想はアリス様さえ居なければ婚約破棄を無効にできると言う妄想に取り憑かれて居た様に見えた。実際の所はどうかは分からないが、アリス様をいくら消した所で王子は二度とローラと婚約などしない様に思う。彼もそれなりの覚悟を持って、婚約破棄を言い渡したのだから。

 しかし、その婚約破棄を一度止めている人物がいる。

 一度目の婚約破棄のきっかけになったイベントは、確かローラがアリス様の服を破り、多くの男たちの前で辱めようとしたイベントだ。

 随分と大人な内容にも聞こえるが、ゲーム対象は全年齢であり、イベントの内容も未遂で終わる。

 その後、王子はローラのその非道さに嫌気がさし婚約破棄をしようとするが、それがある鶴の一声でそれも未遂に終わってしまうのだ。

 ある鶴とは、勿論タクトである。

 何故、彼がローラへの婚約破棄を止めたかは知らないが、王子に軽はずみな行動は避けろと忠告をする。人一人の人生を棒にするのだから気持ちは分からなくもない。アリス様を接する事により、人への思い遣りを育てていたのなら納得の言葉だ。

 でも、彼は二度目の婚約破棄には一切合切口を挟まなかった。

 ゲームをやっている時には特に気にならなかったが、現実になってみると実に違和感がある。一度止めた事を、何故二度目は止めない? 人への思い遣りが育った後だと言うのならば、二度目の方が大木に近くなるはずだろうに。

 何故だ。

 タクトは、ローラと繋がっていた? しかし、そんな素振りも描写もなかったぞ。でも、それでも。最初はアリス様に良い印象を持たなかったタクトが、その嫌らがらせをローラに依頼していたるどうだろうか?

 ローラと協力して、アリス様をこの学園から追い出そうとしていたら、どうだろうか?

 筋は通る。

 一人だけアリス様に絆され、ローラを一人見捨てた?

 けど、今の私はタクトとなんの接点もない。話したのも、今日の騒ぎの時が始めてだ。

 しかし、ゲーム内では入学当初からいたローラとは違い、私は後から入学してきた。今回、依頼出来る悪役がいなかったから、自分で手を下した。おかしくは無い話では無いだろうか?

 でも、だからこそ、何かがおかしい。

 霧が立ち込めた道の上に立っているかの様な、そんな気がするのだ。


「小瓶はあったか?」

「いえ、ここにあるものには紛れて内容ですね」

「こちらの小瓶は如何ですか?」

「それよりも、一回り小さいものだわ」


 フィンが手に取った小瓶を指をさし私は首を振るう。

 部屋に入ったのはいいが、あれから随分と経つのに件の小瓶が見当たらない。


「本当にこの部屋にあるんですかね?」


 そろそろ探す所も限られてきた今、そう思うのは致しが無いことだろう。


「ここの部屋が一番高度な分析機材が置いてある場所だからな。ここになかったら、一体何処に置いてあるんだか見当もつかないぞ」

「持ち歩いてるとは考えにくいですか? 私なら、そんなに大切なものであれば持ち歩くと思いますが」

「馬鹿。それこそ、紛失した方が痛手だろ。それに、男がわざわざ小瓶なんて持ち歩いてたらアレだろ?」

「別におかしくないでしょ? 男は男女差別が好きね」


 ランティスとフィンの会話を聞きながら、私は一度この部屋を見渡す。

 用途の分からない機材は多いが、散らかっている訳でもなく、整理整頓がされている。

 タクトが責任者であると言うのならば、納得の環境だ。あいつも私の親と同様に几帳面で物事の徹底した管理を好むからな。

 小瓶がここにあったとしても、机の上やらに無作為に置いておくタイプではない。

 また、学園長直々の秘密裏に依頼されてきた物を見え易い場所に置くとも考え難い。だとしたら、隠せる場所だ。

 引き出しは粗方調べたがなかった。

 鍵のかかった引き出しもフィンがこじ開けたが中身が何もなかった。では、戸棚の隠せる場所? いや、ここにある戸棚には鍵がかかるタイプのものがない。それぐらいならば鍵のかかる引き出しを私でも選ぶだろう。

 本当に、本当に。隠したい時は人は何処に物を隠そうとする?

 タクトの性格を考えろ。思い出せ。

 タクトは頭がいい。だが、天才タイプではなく、努力で自分の力を埋めていく秀才タイプだ。この国にいる人間としては、誰よりも未来を見据えて考えている。

 もし、自分が犯人だったらどうする?

 知らないブスに小瓶を奪われて、一度は逃げたが、証拠にもなる物をそのままにしておけるか?

 考えろ。足手纏いは体力面だけで十分だ。私には、前世からの持ち越した知恵がある。

 約五十年間稼働していたこの脳がある。

 考えろ。思い付け。

 タクトは、間違いなく犯人を意識している。犯人が、ここに入ってくる事も過程している。目星居場所に小瓶がないのがその証拠だろう。そして、自分が襲われる可能性もだ。

 だとしたら、私と同じタイプのタクトは自分自身で証拠を守ると言う手には出れない。なんだって、あのゲーム内でも頭は切れてもステータスは最弱だ。スピードも力もフィンの様な技術もない。現実ならゲームよりも貧弱であるだろうに。

 ならば、矢張り、この部屋から小瓶を動かすのは考えられない。

 私が犯人なら、鍵のかかった引き出しを開ける。そこに無かったら、別の場所を探す。それでも無かったから、ここにないと結論を出し他の部屋に行く事だろう。それがタクトの狙いではないか?

 何だ。何かで似た様な事を……。


「男女差別は関係ないだろ」

「あるわ。男はこうあるべき、女はこうあるべき。だから私は騎士になれないなんて馬鹿げている」

「そんな事を考えてるのはお前ぐらいだよ。他の人からは聞いた事もねぇよ。そんな不満は」


 男なら……。

 二人の会話で私は顔を上げる。


「リュウ……」


 彼もフィンと同じ様な事で嘆いていたな。

 物語好きな男のいない世界に、一人孤独を味わっていた。そんな彼は是非とも私がいた世界を勧めたい。

 この世界にはない推理小説などを是非……。

 推理小説?


「……分かったわ」

「へ?」

「小瓶の場所が、わかったかもしれない!」


 そうだ。

 推理小説だ!

 何かで同じ情景を見たことがあると思っていたが、そうだ。推理小説の中でだ。

 確か、富なんとかと言う売れない推理小説作家の話で、殺された富豪が裏取引の証拠を人間心理を利用して隠しているものだった。

 もし、その富豪とタクトが同じ様な事を考えているとすれば、小瓶はそこにあるはずだ。


「その引き出しは、調べましたよ」

「中は何も入ってなかっただろ」


 そうだ。それがおかしいのだ。鍵のついた引き出しに、何故何も入っていないんだ。

 何も入れれない理由があるからに、他ならない。


「探すべき場所は引き出しの中じゃないわ」


 私は鍵のついた引き出しを開けて、中に手を入れる。

 もし、中に何か入っていれば、引っかかってしまう可能性がある場所。

 そう。


「……矢張りね。ここにあったのね」


 引き出しの、天井部分だ。

 天井部分に、小瓶を含む何枚かの紙が袋に入れられて止められていた。

 私は止められた部分を引きちぎり、袋を机の上に広げる。


「これが、その小瓶よ」

「そんな所にあったなんて……」

「気づきませんでしたわ」


 私だって、普通だったら気付けなかっただろうに。今回は、偶然と言っていい。

 二人の会話で、リュウを思い出し、リュウから推理小説を思い出せた。一人だったら、あの推理小説の様に違う部屋に探しに入って捕まえられていた所だ。


「瓶の中は、空ね」

「処分が終わったのか?」

「かもしれないわ。一緒に入っている紙は何かしら?」

「見たところ、報告書みたいですね。これを学園長に提出するつもりだったのかもしれないです」

「偽の報告書も、もう出来上がってるのかよ。一足違いだったな」

「ちょっと、その報告書を見せて頂戴」


 フィンから受け取った報告書を月明かりに照らして読むと、瓶の中が書かれていた。

 混入されていたものは、アーガストの種から抽出した薬物。


「アーガスト?」


 私の横で読んでいたランティスが声を上げる。


「聞いたことのない植物ですね」


 種と書かれているのならば植物なのだろう。


「ええ。私もだわ。可笑しいわね」

「何がだ?」

「ランティス様は覚えていなくて? 私が最初貴方に振り回した本は薬草などが載っている植物図鑑。だから、あれ程大きく太かった。そして、私はアーガストと呼ばれるその植物を私は知らない」

「……その植物図鑑に、アーガストは載っていなかったと言うことか!」

「ええ。植物図鑑に載っていない植物なんて、おかしくなくて?」


 叡智の詰まったこの学園の図書室にある植物図鑑だぞ。

 それに存在が載っていない植物だって?

 そんな馬鹿な話があるものかっ!

 これは、どう考えても……。


「植物自体も架空のものをでっち上げて報告をしようとしているという訳ですか」

「徹底的に隠す様な事なのかよ」

「違うわ。その逆よ」


 そうだ。そもそも、自分が犯人だったら学園長からの依頼をこんなにも大切に隠しておくものか?

 そこから、私達は見誤っていた。


「多分、これは真実。正しい報告書だわ……」


 霧が、晴れて来た。

 あるべきものは、目の前にやはりある。

 でも、その霧は何処へ行くのか。


「アーガストは、存在する植物」

「ああ。その通りだ。ここから南の大陸にあるとある国で取れる植物の名がアーガストと言う」

「っ!?」


 私の言葉に返す様に、ドアから声がする。

 フィンの声でも、ランティスの声でもない、第三者のよく知る声が。


「葉はすりつぶせば擦り傷などに効く薬草となる。だが、種は違う」


 ゆっくりと振り向けば、そこにはここにいないはずの男が、眼鏡をかけ直しながら立っていた。

 夜の黒に似た髪で。鋭い眼光を放ちながら。

 タクトがそこに立っていたのだ。


「なっ」


 私が声を上げそうになると、フィンが剣を腰から引き抜き私の前に立ちふさがる。

 そうか。私達は今顔を隠している状態。今は気付いていない可能性もある。下手に声を挙げれば僅かな望みも絶たれ正体に気付かれる恐れもあるのだ。


「見るからに怪しいヤツらだな。お前らが犯人か?」


 気付いて、いない?

 ランティスは、後ろですぐさま小瓶を持って窓を開ける。この二人の身体能力ならば、飛び降りて逃げる事も可能かもしれない。直ぐに逃げ道を確保したのは、いい判断だ。


「逃げるな。逃げたら……」


 二階から飛び降りるならば、タクトも追えない。脅した所で、既に小瓶を手に入れた私達には何も困ることはないのだ。

 わざわざタクトの戯言に付き合う必要はない。

 きっと、私以外の二人もそう思っていただろう。タクトの次の言葉が出るまでは。


「ローラ・マルティスがこの部屋に入り込んだと王子に伝える。やはり、アリスの部屋に入ったのも、あいつの手引きがあったからだと」


 なんだって?

 私達の動きが止まる。

 私を、私を人質にする気か!?


「どうした? 逃げないのか?」


 まさに、それは正しい。

 ローラ・マルティスがこの部屋に忍び込み、証拠を隠滅しようとしている。

 脅しでもない。本当の事だ。

 シラを切った所で、綻びは必ずでてくるだろう。真実とは、そういうものだ。

 ならば、どうする。

 逃げるのも、戦うのも同じ。でも、先ほどの報告書を読む限りでは、タクトは少なくともあの小瓶の犯人ではない。ここで倒すべき人ではないのだ。

 どうする? どうすれば、いい?

 私が、私が二人を守らなければ!!


「……おいおい。タクト。冗談はやめてくれよ。俺だよ、俺」


 嘘、でしょ。


「……その声はランティスか」

「そうそう、俺だって」


 そう言って、ランティスは一人紙袋を取った。

 ランティス、貴方何故そんな事をっ!?




_______


次回は5月8日(水)22時頃に更新予定となっております。

連休ほぼ毎日更新お付き合いありがとうございました。今後は通常の更新(基本一日置き。土曜日は必ず更新)とさせて頂きます。

お楽しみに!

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