第16話 貴女の為の星空逃避を
何故、私?
「お二人共、失礼ですが耄碌でもされているのかと疑いたい程です。何故、そのアリス子女に物事を集中させたがるのですか? 今回の事件の狙いは、明らかにそのアリス子女ではなく、ローラ様でございましょうに」
フィンは不思議気に私達二人を見るが、私達にとってはフィンの発言が不思議でしかない。
それをひても、ローラの事を随分と盲信しているのかと思えば、耄碌しているのかと失礼極まりない事を言ってのけたりする奴だな。
ランティスは兎も角、前世と合わせると耄碌してもおかしくない歳である私にとっては聞きたくもない単語である。
「何でローラが?」
ランティスの問い掛けに、思わず私も頷いた。
だってそうだろ? 毒物混入に階段からの突き飛ばし、今回の部屋を荒らされたのもアリス様への物だ。
私なんて、取ってつけたように犯人にされただけである。
「それではお聞きしますけど、アリス子女を狙ったとして、貴方は部屋を荒らしますか?」
「荒らすだろ。そりゃ」
金目の物を狙った犯行にみせかけているのかもしれない。
それでは足りずに私を犯人に仕立て上げた。
おかしくは無い筋書きではないだろうか?
「深夜に、特定の部屋に入ったのに住人が居ない。まず、その時点で不自然ですよね?」
基本、深夜はいくら寮内であっても自室に戻らなければならない決まりがある。
寮にいる私と、恐らく同じ寮内にいるフィンもその規則は知っているし、確か男子寮にも同じ規則がある事を、ゲーム内でアリス様への夜の逢引を行ったリュウが証言している筈だ。となると、この学園にいる人間は誰もが知る規則となっている。
「そりゃ、まあ、そうだな」
不自然と言えば、不自然だが、都合がいいと思ったならば話は別だ。
それに、外部の犯行であればそんな規則は知らない。なんらおかしい事はない筈だ。
「外部の人間に頼んだのであれば、不思議はないのでは?」
私が手を挙げて発言すると、フィンはその美しい顔を横に振る。
「尚の事、おかしいです。少なくとも、依頼者はこの学園の人間ですですよね。寮の部屋を知っている人間。その人間が、わざわざ雇った人間に必要最低限の情報も与えないのは、おかしい。自分の悪事の自白に直結する事ですよ? それに、もう一つ筋が通らないものがある。クローゼットですよ」
「アリス達が隠れていたクローゼットのことか?」
「部屋を荒らしたのですよね? ならば、クローゼットは何故手付かずなのですか?」
確かに、それは可笑しい。
「アリス子女が狙いであれば、犯人は隈なく部屋を探しクローゼットを開けます。逆に金目のものを狙っても同じです。でも、犯人はしなかった」
フィンの言葉は、私やランティスが立てた予想よりも遥かに先に行くものだった。
そうだ。犯人の狙いがアリス様であれば、アリス様を探す筈だ。金目の物を狙っての犯行に見せかけたいのであれば、机周りだけでは随分と無理がある。
皆、何故それで納得した?
皆、何故クローゼットを犯人が開けなかった事に納得した?
「私だ……」
ボソリと、私が呟く。
呟いた瞬間、ぞくりと、味わった事ない悪寒が背中を駆けて行った。
そうだ。私が、私がいるからだ。
「おい、ローラ。どうした?」
「私のハンカチが有ったからだ……。私の存在が、あの事件の歪さを、無かった事にしてから……っ!」
私と言う存在で、この事件は大きな見違いを起こしている。
ローラ・マルティスは悪役令嬢で、愛される為に生まれたアリス様に嫌がらせをしている。
その情報の所為で、不自然さを払拭しているのだ。
あの事件がローラの嫌がらせであると、それだけで全て説明がつく。
また、私達もアリス様が狙われているという前提で話を受け取っている為、何故犯人がアリス様を探さないのかまで思考が回っていなかった。無事で良かったで終わっていた。
あの事件の本当の目的は……。
「そうです。ローラ様の完全なる孤立、ですかね」
私の、孤立……。
「物取りでもなければ、アリス子女でも無いのだと、あの部屋に押し入った本当の目的は、ローラ様のハンカチを置くだけ以外あり得ません。でなければ、ローラ様が何度も言っていた杜撰な計画は何の意味も持たない。かと言って、ローラ様に只々恨みがある人間が犯行に及ぶならば、犯罪に手を染めてまで、こんなにも回りくどい事はしないでしょうね」
「今でも十分に孤立している状態だというのに、私を孤立させてどうすると言うの……」
「答えは簡単ですよ、ローラ様。貴女を消す為に他ならない」
フィンの優しい口調とは裏腹な言葉に、ランティスと私は息を飲む。
「例えば、ローラ様が今死んだとします。まあ、私がさせませんが、例えばの話なので、大船に乗ったつもりで聞いてください」
話の内容自体が既に泥舟じゃないか。
と、言いたいところだが、フィンの見立ては正しいだろう。
「貴女が今死ねば、理由が既に用意されている状態だと思いませんか?」
「……孤立とは、王子とのか。そうね。普通であれば、私が一番恐れなくてはならない事は、婚約破棄。その理由が明白に出来ている」
それは、いつも通り私が黙っていても、今日の様には向かってもどちらでも成り立つ理由だ。
考えた奴は頭が随分と良いみたいだな。賞賛序でに殴りたくもなってくる。
自害に見せ掛けて殺すのならば、今ということか。
「何だよ、それ! 俺たちが追ってるのは、アリスを狙う奴じゃないのかよ!」
「今回、もしかしたら別の犯人の可能性があると言う事ですね……」
「以前にも、アリス子女は狙われて?」
その情報は知らないのか、フィンが私に問いかけて来る。
一体、何処まで情報を持っているのか怪しいものだとも思いながら、フィンにはこれまでアリス様が受けた嫌がらせの内容を伝えた。
流石に仲間になったのだから、ゲームの事も言うべきかと迷ったが、それだと随分と話が長くなってしまうので、今回は止めておいた。ランティスも何も言わないところを見ると、ゲームについての話をしない事には賛成の様だ。
また頃合いを見て話すのが吉だろう。
「成る程。そうなると、犯人は同じかもしれませんね」
フィンは私の話を聞き終えた後、そう口を開いた。
どうやら、私達の予想とは真逆の考えらしい。しかし、固定概念に囚われつつある私達の言葉よりも、純粋な第三者として見れるフィンの言葉は何よりも有難いのも事実である。
「どうしてそう思ったの?」
私が問いかけば、フィンは私を見る。
「ローラ様は、その犯人達に取って最も都合が悪い物をお持ちだからですよ」
「都合が悪い?」
「ええ。証拠をです」
証拠……。
「小瓶か!」
今度はランティスが声を上げた。
「はい。今、犯人に直接結びつきそうな物は、その小瓶しかない。その小瓶を貴女は奪った」
「でも、その小瓶を私は今、持ってはいないわ。学園長にお渡ししたもの」
「……いや、ローラ。小瓶を手に入れたと言うことは、お前は犯人を見ている事になる。実際はお前も必死で犯人の顔は覚えてもいないが、犯人は、少なくともお前が覚えていない事を知らない。だとすると、お前を消そうとするのは筋が通っている」
実に嫌な道筋だ。思わず顔を顰めたくもなる。
だが、フィンとランティスの言う様に、直接犯人とのやり取りがあるのは私だけ。
「まず、私を消してからアリス様を狙う、か」
「私なら、そうしてますね」
随分と物騒な事をフィンは顔色一つ変えずに言ってのけてくれるものだ。
でも、私が犯人で同じ事をすると思う。
「忌々しいな。そこまでして、犯人は何がしたいんだ?」
「ただの嫌がらせにしては、邪魔者には明確な殺意がありすぎるわ」
「ローラ様、その小瓶の中身は本当に毒なのですか?」
「まだ明確には分かっておらず、学園側で調査中よ。まだ学園長からなんの連絡も来てない状態ね」
「まだ上がってないのかよ。分析なら得意だろ。この学園には、タクトが居る……」
ランティスは、自分の言いかけた言葉にハッとした。
「タクトが、なんですの?」
「学園長は、学園の機関で調べてるんだよな?」
「ええ。その筈です」
「だとしたら、分析機関にはタクトがいる。あいつは、現在この学園における分析機関の事実上のトップだ」
「タクトが!?」
何だって?
「では、あの小瓶の中身を調べてるのは……」
「あの眼鏡の可能性が高いですね。学園長が秘密裏に進めているとなると、限られた人間にしか公開は出来ないですもの」
「フィンの言う通りだ。間違いなく、タクトの手に渡っている」
ちょっと待て。いや、待ってくれないのは分かっているが、そうなると随分と話が違ってくる。
「タクトは、いい奴だ。でも、それは支えてくれる王族にとっての」
「タクトが、タクトが犯人かもしれないと?」
「それだけ分析結果を黙っているならば、可能性は高いですね。中身が分かると困るからこそ、押し黙ってるなら筋は通ります」
「でも、タクトが何故アリス様を?」
「アリスを狙うの理由は分からんが、今日の騒ぎでのお前への態度は、明らかにいつものタクトとは違った。確かに冷たい奴だが、それでも首を差し出せなんて冗談でも言う筈がない。いや、冗談じゃ、無かったよな。あれは……」
「アリス子女へを狙う心当たりはないですが、ローラ様を狙う心当たりはあるのでは? 例えば、王子の為に、とか」
「……流石に、飛躍しすぎてると思いたいけど、ランティスの様子を見る限りでは怪しいのは怪しいわ。最悪、小瓶は既に処分されているかもしれないわね。小瓶の形ぐらい、メモを残しておけば良かったわ」
「処分したら、学園長にばれないか? 幾ら何でも、いい逃れられないだろう」
「中身の処分の目処が立っていないのかもしれないですよ。それなら、でっち上げでもなんでも既に上げてない理由にもなる」
「俺もそう思う。さっさと処分出来ないんだから、報告も遅れてるんじゃないか? 時間稼ぎとして、さ」
「では、今あの中身は分析室にあると言うと? でも、それが分かっても私達はタクトの様に研究生でもないし、簡単にあの部屋に入れはしないわよね」
出来れば、直ぐにでも取り返したい。
やはり、学園長にそのまま渡すのは随分と軽率な行動だった。学園長に非はなくても、彼が信じるこの学園に犯人がいる可能性が高いと分かっていながら、なんたる悪手を指したものか。
しかし、タクトが黒幕だなんて……。
好きでもないキャラクターだが、それは少々信じられない部分が多い。
彼に関しては、ゲームの中では唯一ローラに対して攻撃的ではなかった人物なのだ。
いや、ローラに関心がなかった人物と言った方が正しいだろう。悪役である彼女からアリス様を守る事も無かったが、ローラもまた、彼だけには何も直接的には仕掛けていない。
ゲームでは描かれていない描写の中で、彼とローラに何かあったのか?
あれだけ上から物を言う男だ。絵に描いたような我儘な令嬢であるローラが彼を苦手としていてもなんら不思議はないのは確かだが……。
それにしても、何かがおかしい。タクトも、アリス様を狙う事件も。どれもこれも。
一体、この話は何処に向かって収束していくつもりなのだ。
「何を言ってるんです? ローラ様。貴女が入りたいならば、入ればいい。貴女は今、万能な鍵を持っている。扉のない部屋などないのですから」
「……フィン?」
万能な鍵。
ショベルカーの間違いではないか。いや、この世界にそんな洒落乙なものはないが。
「貴女が望まれるままに。私は貴女の騎士ですから」
この女は。
ジョーカーどころの騒ぎではないぞ。
「ローラ、今なら第二王子も付いてくる」
ニヤリとランティスが私に向かって笑いかける。
どうやら、私の共犯者様は騎士の提案に乗る気の様だ。
「どうなってもしらなくてよ?」
ならば、私も腹を括るしかない。
どうやら、良い子ちゃんの私とは今日でサヨナラの様だ。
何とも自分と別れが多い日である。
厄日? まさか。今日ほど吉日な日もなかろうに!
「でも、寮を抜け出すなんて難しいわよね」
ランティスとフィンの二人との約束の時間まで刻一刻と時計が刻んでいる中、思わず私は溜息を吐く。
良い子ちゃんの自分との別れを惜しんでおきながら、いざ悪い事をしようと思っても中々積極的には動けぬものだ。
これが酒やタバコならば話は別だが、寮を抜け出して研究室に忍び込むとなると、まずはその手立てを思いつき実行に移すのが、こんなにも難しいことなのかと溜息を吐きたくもなる。
あの後、二人と話して人がいない深夜に忍び込む約束を取り付けた。
なるべくは、無用な騒ぎは避けたい所である。当たり前の選択だ。
二人はアッサリと承諾をするがどうやって寮を抜け出すかは誰も何も言わなかった。つまり、各自の自由である。点呼は終わってたが、正面玄関からの突破であれば寮長や寮母に止められるのは訳がない。
我儘なローラならば話は別だろうが、今まで自分で言うのも何だが、品行方正にこの寮で過ごしてきた私がそんな事をすれば、騒ぎになるのは目に見えている。騒ぎになれば、戸を壊して研究室に入るのだ。直ぐ様私の犯行だとバレるだろうに。そうなってしまっては、元も子もない。
かと言って、私抜きでは小瓶がどれかは分からない。行かないと言う選択肢がない。
これは困ったぞ。
何度も廊下と自室を行ったり来たりしているが、矢張り長年培われた良い子ちゃん要素が抜けない私は、何処かで思いとどまってしまう。
今だけは、アリス様の部屋に押し入った犯人が羨ましくも思う。
何度目かの溜息を吐いていると、部屋のドアが小さくなった。
こんな時間に何の誰だ?
部屋着にはならず制服を着たままの私は、ドアに近づき、取っ手を取った。訪ねてくる人に覚えはない。時間もこんな深夜だ。
一体、誰が? 何の用で?
その時、脳裏にフィンの言葉が蘇る。
私ならば、今狙うのはローラ様ですよ。
まさかっ!
「っ!」
私を消そうとしている犯人が!?
昨日の今日だぞ!? いや、それでも、私が消える理由が出来なのならば二の足を踏んでくれる理由はない。
邪魔者は早いうちに処理をしたいと思うのは自然の摂理だ。
私は周りを見渡し、使っていない燭台を握りしめる。
もし、犯人ならば良い機会でもある。ここで黙ってやられるつもりは無い。
私は、ゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりとドアを開ける。
「えいっ!」
人影が見えた瞬間、私は燭台を振り回す。
目を閉じて力の限り振り回したのだから、当たるものだと思った手に感触がない。
ゆっくりと目を開くと、そこには……。
「フィン?」
私の燭台を剣の鞘で受け流したフィンの姿があった。
「ローラ様、相手を倒すのであれば、もっと素早く、腰に力を入れなければなりませんよ。もう少し、こう構えて……」
「あ、はい」
「そうそう。良い姿勢です。そして、上から下に落とした方が力のな女性でも脳天がかち割れますから、次からはそうして下さいね」
「あ、はい。すみません」
じゃなくて。
「フィン、どうして貴女がここに!?」
思わず、仕事の指導をされたのかと勘違いする程、ナチュラルに明後日の方向の指摘をしてくるフィンに私は声を上げる。
「何故って、貴女の騎士だからですよ。レディを舞踏会場まで送り届けるのも、騎士の務めですからね。お手をどうぞ」
そう言うと、フィンは私の手を取る。
どうやら、私は勘違いをしていたらしい。
「多少の悪路ではありますが、少々我慢を」
「抜け道でもあるの?」
「ええ。でもご安心下さい。綺麗な星空が見えますから」
「星空? えっ!? 何を!?」
そう言って、フィンは私をお姫様抱っこをすると、この部屋のテラスに出る。
星空が綺麗って、まさか……。
「では、参りましょうか」
そう言って、フィンは私を抱きかかえたまま軽々と星空に飛び上がる。
私は勘違いをしていた。
星空は確かに綺麗だったが、そうじゃない。
この女、本当に曲者じゃないかっ!
_______
次回は5月5日(日)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!
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