第15話 貴女の為に夢の果てを

「話はお聞かせて頂きました」


 待て、待て、待て。


「ご安心下さいませ、ローラ様。恙無く、私がアリス・ロベルト子女の警備を致します故」


 だから、待て、待て、待て。


「騎士女! お前っ!」


 思わずランティスが立ち上がり、女騎士へ詰め寄る。どうして、ここがバレたのか。私達二人が此処へ落ち合うのはあの騒ぎの前に決めた事だ。付けられた? いや、私は周りに用心していたし、ランティスだってそんな無用心にここには来ていないはずだ。

 不味いぞ。

 私達二人の秘密の同盟が、この女騎士にバレてしまっている。この事実に震えない訳がない。

 人の口には戸がたてられないとは、良く言ったものだ。


「何でお前がここにいるんだよ!」


 どうしたものかと考えていると、ランティスが私を庇う様に、女騎士と私の間に割って入ってくれる。

 彼の中では、身を呈して守る仲間にカウントされている事が少し嬉しいが、今はそんな事を言っている場合ではない。


「貴方が出しゃ張る必要はないです。私は、ローラ様に付き従うだけでございます」


 いやいや、従ってないだろ。前提が大きき違うじゃないか。

 この女、言っている事とやっている事が随分と違いすぎるな。


「貴女は……、中庭の女騎士様ですよね?」

「はいっ! ローラ様!」

「だから、誰だよ!」

「だから、私も……」

「フィン! ローラ様、私の事はフィンとお呼びくださいませ!」


 フィンと名乗った女騎士は、その場で膝を折る。


「どうか、ローラ様。私を貴女の騎士にして頂く馳せ参じました」


 馳せ参じてない。押し掛けたの間違いだろ。と、心の中でどれだけ突っ込んでも仕方がない。彼女に敵意が無い以上、これ以上に無碍にするのは私には無理だ。

 出来ればお引き取り願いたいが、中々こんな強引なタイプの人間の相手は初めて過ぎて、どう手を出していいかが分からない。


「有難う。でも、何度でも言うけれども、貴女とは昨日会ったばかりだわ。騎士を願われても私には過ぎたるもの。貴女の忠誠には削ぐわない相手よ」

「いえ。私の剣は、貴女の為にあるのです。出会った年月など関係ない。貴女の為にこそ、私は忠誠を誓いたい」

「そうは言っても……」


 思わず、困り果てた顔をランティスに向けると、彼も困った顔で大きなため息を吐く。

 俺に言われてもと、言った所だろうか。


「あー。フィンとやら。お前のローラを慕う気持ちはわかるが、些か話が飛び過ぎやしてないか? 昨日今日会ったばかりの人間に、命を任せれられるほど、公爵家の血は安くないだろ」

「え、ええ。そうね。フィン、お気持ちは嬉しいのだけど、私はマルティス家の娘、ローラ。そう簡単には」

「ローラ様、私の力不足を嘆いていらっしゃるのですか。大丈夫です。ご心配には及びません。私は、かの剣聖ゴードン氏を負かした腕を持つ騎士でございます」

「剣聖?」

「いや、お前、それは流石に法螺を吹いてる。無理があるぞ」

「本当でございます。信じられないのであれば、貴方がお相手致しますか?」

「おいおい。俺だってこれでも王族きっての剣の腕をだな……」

「待って待って。二人とも、剣聖って、なんですの?」


 なんだ、剣聖って。剣豪ならば聞き覚えがあるが、剣聖など聞いた事がない。


「お前、剣聖を知らないのか?」

「ええ。初耳でございます」

「お前、よくそれで令嬢をやってこれたなぁ」

「そこの男。ローラ様は、心優しき令嬢であるのだから、そんな武芸などとは関わりが薄いに決まっているでしょうに。馬鹿にするとは何事ですか」


 社交場では有り触れた話題の様だが、それを知らないランティスは私に呆れ、それを庇うフィンは私を知らない。

 なんとも、可笑しな対面だろうか。


「御免なさい。父や母からもそんな話はした事なくて……」

「いえ、貴女様には必要の無い話でございます故、心を痛めて頂かなくても大丈夫ですわ」

「いや、お前はもっと交友関係を広げろよ。フィンも甘やかすな」


 最もな言い分だか、広げた交友関係によりこんな事態になっているのではないか。

 全くもって、ひどい話だ。推奨するぐらいならば教科書や手引きを渡して欲しい。

 今の所自力で広げた交友関係が本オタクと剣オタクだなんて目も当てられないじゃないか。


「取り敢えず話を戻すならば、剣聖ゴードンってのは、滅茶苦茶強いうちの元騎士団長の事だ」


 ランティスがそう言うと、フィンはふふんと鼻を鳴らす。


「ええ。この学園に入る前に一度手合わせをして頂きましたが、私は彼の膝に土を付けました」


 どうやら、とてもそれは凄い事らしい。

 フィンが言う通り、武芸とは程遠い生活を送っていた私にはピンと来るものも無いが、彼女の顔を見れば名誉な事なのが伺える。

 いや、しかし、待てよ?

 そのゴードンと言う名前、何処かで……。


「どうせ、女だから手加減されたんだろ?」

「だから、私の実力を疑うのならばお相手致しましょうと申しているでしょ?」

「女に騎士が務まるか。力の差が……」


 売り言葉に買い言葉。フィンの挑発にランティスが乗ろうとするが、注目すべき点はそこではない。


「ランティス様、待って下さいませ。その剣聖の称号を持つ騎士団長様は、ランティス様も知ってらっしゃるの?」


 先程、ランティスはうちのと言った。

 ランティスは曲がりなりにも弟王子。うちのと言うのは、この国、いや。彼の父親である陛下直属の騎士団長と言う事だろう。

 そうとなれば、その騎士団長の実力はかなりのものだ。

 剣聖。読んで字の如くならば、剣の聖域にまでに達すほどの腕前を持つ者を言うのではないだろうか。

 矢張り、正直にここまで自分なりに考えても凄さは全く以って分からないのは事実だが、一つだけ、気になる事がある。


「知ってるも何も、ゴードンは俺と兄貴の剣の師匠だぞ」

「やっぱり!」


 私は声を上げると、ランティスとフィンが私を見た。


「聞き覚えがあると思ったんですの! ゴードンと仰る方の!」


 個別の立ち絵は存在していないが、一度そのゴードンと言う名の元騎士団長はゲームに出ている。

 通りで聞き覚えがあるはずだ。


「兄貴が紹介してたか?」

「いえ、それが、ゴードン氏が出てきたのはタクトのルートでのはずです」

「タクトぉ?」


 ランティスが何とも変な顔をする。

 気持ちはわかる。

 タクトの立ち位置は、王子の幼馴染で良き親友であり、彼のストッパーとして未来永劫、王子の側から離れられない片腕となる男だ。

 しかし、片腕と雖も武力の話ではない。あくまでも、タクトの役割は頭脳。大臣なのだ。

 その次期大臣に何故、剣聖と呼ばれた騎士団長が出てくるのか。

 関わりがないだけにランティスの顔も納得である。


「ゴードン様は、タクトと戦うんですよ」

「え、何で? 苛めか?」

「そんなわけがないでしょうに。アリス様を手に入れる為の決闘です」

「ボコボコにされるだろ」


 まあ、気持ちは分からなくもない。

 現実のタクトは画面越しよりもヒョロそうだと言われれば、全くもってその通りでもある。

 王子やランティスと比べれば身体を鍛える様子も無く、良くも悪くも大臣の息子、勉強だけのガリ勉タイプに見え、剣の世界とは程遠い場所に居るだろうに。

 でも、ゲームでは少なくともスチルは強そうだった。今よりはの話だが。

 着痩せするタイプかもしれないが、悪いがそこ迄タクトに興味がわかないので確認する気もない。


「いえ、勝ちますよ」


 しかし、結果はタクトの勝利で終わるのである。


「剣聖があの眼鏡に!?」


 意外にも、声をあげたのはフィンであった。


「そんな訳がございません! 剣聖はっ!」

「落ち着いて。色々と話は省くけど、正面切って実力で勝ったわけじゃないわ」

「正面切らずに戦うのをあの人が許すか?」


 ランティスの言葉に私は頷く。

 まさに、そこなのだ。


「許さなかったですよ」

「だろうな」

「ええ。だからこそ、彼が女だからと言う理由で、フィンに手加減するとは考え難い。きっと、貴方も子供だからと手加減されて覚えはないのではないですか?」


 私が指摘すると、ランティスは図星を突かれたように口を噤む。

 どうやら、その通りのようだ。


「だからこそ、彼女の実力は本物だと私は思うのです」

「おいおい、ローラ。お前、どうした。こいつの肩を持っても、仕方がないだろ?」


 私は、ランティスの手を握り、首を振る。


「ごめんなさい、ランティス様。前言を撤回させて下さい。彼女は、とてつもないカードになる」

「は?」


 それはジョーカーよりも強いカードだ。

 切り札にするのは、もってこいの。


「ゴードン氏の弟子にキルトと言う若者がいませんでしたか?」

「キルト? 聞いたことのない名だな」

「私は知っていますよ。次期聖剣と呼ばれていた程の若者ですが、でも、彼は……」


 フィンの言い澱む姿に、私は静かに頷いた。


「騎士団を除隊されている」

「何故、ローラ様がお知りで?」

「おい、お前が知っていると言うことは……」

「ええ。アリス様の敵になる男ですわ」


 キルト。それは、あの乙女ゲームの最後にアリス様に立ち塞がる最後の敵だ。


「じゃあ、そのキルトって奴が今迄の犯人じゃないのか!?」

「いえ、それはあり得ません。彼は最後に出て来る最強の剣士。それに、今の状態では彼が関わる事件は起きていない」

「早まってるかもしれないだろ!」

「早まっているのならば、こんな関係ない事件が起きないんですよ。アリス様が事件に巻き込まれるのは、王子がアリス様への恋心が確定した時。即ち、私との婚約破棄後であるはずです」

「婚約、破棄?」


 思わず、フィンとランティスの動きが止まる。

 それもそうだろう。その国で婚約破棄とは、死刑判決の様なものだ。


「お前、それが分かってて、甘んじて受けるつもりじゃないだろうな!?」

「受けますよ。断る理由が見当たらない」

「お前、自分がどうなるか分かっているのか!?」


 普通の貴族同士の婚約破棄ならば、これ程の騒ぎにはならなかっただろう。

 しかし、相手は王族。王族が行う婚約破棄は、そもそもがある種の契約で成り立っている。それが白紙になると言うのだから、こちらに幾ら非は無くても、それなりにペナルティは存在する。

 まずは、罪人ローラ・マルティスをマルティス家からの追放だ。

 王子から婚約破棄を言い渡されるのだから、相手は悪人でると言う前提が付く。いくら、父や母がローラの事を愛していても、御家断絶を避ける

為には、我が家から除名する必要があると言うわけだ。

 また、名字を取られると私はただのローラとなり、貴族では無くなる。家柄がなくなる故に平民へと身を落とさなければならない。

 だが、しかし。ローラは元々貴族で彼女の身元を保証出来る物は身分しかない。平民に落ちたローラは身元を保証出来る物が何一つ無くなってしまう。

 現代の日本に置き換えて考えれば、実に簡単だ。

 つまり、私は戸籍がない。この国の人間だと証明出来るものが無くなる。ないとどうなるか。身元を保証出来る人間の居る所に留まるしかないか、この国へはいられなくなる。

 日本における犯罪者の身元引き受け人は大抵は家族だろうが、その時点でローラに家族は存在しない。

 そう。そうなると、ローラに残された道は国外追放ただ一つとなる。

 かと言って、渡海が現代の様なものではないこの世界では国外追放は死刑にも等しい険しい道のりであると言うわけだ。

 そうだな。もっと分かりやすく且つ、我々が馴染みがある言葉で例えるならば一種の『島流し』

である。


「ええ。旅行も良いものでございましょうに」


 勿論、旅行なんて能天気な事など言えないのは分かっている。

 分かっているが、王子から婚約破棄をされる未来はそれ以上に分かっている。


「馬鹿なことを言ってる場合かっ!」

「でも、私にはない恋心を王子はアリス様に持っている。人の心は縛れませんわ」

「アリスには身分がない。アリスを妃には出来ないだろ! どう考えても、お前を娶った後にアリスが好きならばアリスを妾として迎え入れるのが、筋だろ!」


 ランティスが叫ぶ様に、この世界ではその道筋が正解らしい。

 純愛を叫び尊ぶ現代では考えられない事だが、未だに家柄に縛られるこの世界ではそれが普通なのだ。


「ええ。でも、ランティス様、私一度砂漠に行ってみたいのです。砂漠の果てにある、海を見たいのです。普通の令嬢であれば、いいえ。王妃であれば叶えられない夢でしょ? その夢が叶えられるチャンスを貰ったと思えば、お互い様になるのでは?」


 海なんて嫌いだ。

 砂なんて嫌いだ。

 旅なんて嫌いだ。

 夢なんて嫌いだ。

 嘘を並べながら私はランティスに笑いかける。

 嘘をつく自分が一番嫌い。でも、貴方を傷つける私が一番嫌い。

 ローラ・マルティスの最期は決まっているのだ。

 砂漠なんて、渡らない。海なんて、流れない。揺られるのは、硬い石畳の階段を三つ。夢なんて見れずに、目を瞑る。


「それに、王子のお守りは御免ですし、社交場も嫌いですもの。私とっては、そちらの方が有難いですわ」

「お前って奴は……。熟呆れるな」

「その時は、このフィンもお供致します!」

「ふふふ、楽しい旅になりそうね。でも、その前に……。私達はアリス様をお守りしなければならいわ。フィン、貴女は私を守ると言うならば、私の大切な方も守る事は出来て?」

「はい。勿論でございます。それに、話はある程度は把握済みですので、説明はある程度省いて頂いていても構いません」


 何故、把握済みなのだ。何処まで、把握してるのか。聞きたいのは山々だが、今はとりあえず置いておこう。


「それを踏まえて、私が一つ発言をしても、よろしいでしょうか?」


 フィンが小さく手を挙げ、私とランティスを見た。


「ええ。宜しくってよ」

「言えよ」


 私達二人が許可を出すと、フィンは口を開く。


「今守るべきは、アリス子女ではなく、ローラ様が適切であると思います」

「私?」


 一体、何故……?




_______


次回は5月4日(土)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

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