第14話 貴女の為に差し出す首を

「おい、何者だ? 突然出てきて、随分と無礼を働くな。現状が分かっているのか?」

「抜刀はしておりません。しかし、誰かが剣を抜くのであれば、私も抜きます故、悪しからず」

「相手はこの国の王子だぞ?」

「無実のご令嬢を斬首する王子など、この国に必要でございますか? 少なくとも、そんな大馬鹿よりも、ローラ様の様な心優しきお方こそが、この国には必要ではございませんか?」

「随分な物言いだな。まだ、その女の容疑は晴れて居ない」


 タクトは、黒縁眼鏡を上げながら淡々と言葉を吐くが、この女騎士も一歩も引かない。


「昨晩、この方はあの部屋を出てはおりません。一晩私が廊下で護衛をしておりましたので、証言致します」

「え?」


 頼んだ覚えもない単語に、思わず私の口から驚きの声が出る。


「昨晩、私の廊下に?」

「はい。一晩勝手ながら見張りをさせて頂きました。貴女の様な美しい方に、何かあってからでは遅いと思いまして」


 言葉通り、何と言う勝手だろうか。

 一体、何のために? 美しいと言うのならば、自分で鏡を見れば良い。こんな醜い私よりも、格段に美しい自分の姿が見える事だろうに。

 それにして、一体この女騎士に何が起きたと言うのか。昨日、話したばかりの相手ではないか。何故、私にそんなにもつきまとうんだ。


「私は、ローラ様のお言葉で救われました。私が騎士であると言うのならば、私は貴女の騎士になりたい。貴女が首を差し出すと言うのならば、私が貴女の首を落とすうつけ者の首を先に刎ねます」

「ちょ、ちょっとお待ちなさい」


 何でこうも予想外の事ばかり起きるのか。

 命の危機よりも、今この場を治める方に気が参りそうだ。


「お話は、伺っておりました。言われない罪で貴女が膝を折る事が、どうしても私は我慢ならない。まして、首を差し出すとあってはならない事でございます」

「見ず知らずの私に、そこまでして頂くなんて、おかしいわ! 騎士様はどうか、この場を引いて下さいませ」

「それは、聞けません。王子は、あの男の言葉で剣を取るつもりだったのですから」


 矢張り。彼女の言葉に、思わず口から声が漏れそうだ。

 落胆よりも先に、呆れが来る。

 私が見えない場所で、王子はタクトに言われるがまま剣に手を伸ばして居たのだ。

 自分の信念よりも、私の叫びよりも、実の弟であるランティスの必死の願いよりも、腹心であるタクトのたった一言の方が優先全て事なのか。

 いや、それよりも不味い事になってきたぞ。

 話がこれだと、違ってくる。


「マルティスが部屋から出ていないとお前は証言するが、お前が雇われた暴漢でない証拠は?」


 私の恐れて居た矛盾を、タクトは見事に突いてきた。

 少なくとも、私の主張は単独犯が不可能であり、私を慕う人間など存在しない事が前提だ。

 金で雇うのであれば、ハンカチは必要ない。しかし、忠義を誓われた相手がいるとなると、話は別である。事実、私はシャーナにハンカチを渡している。女騎士の登場で事情があれば、私はハンカチを渡し、なおかつ相手はそのハンカチを大切に持っていてもおかしくないと言う主張が曲がり通ってしまう。

 事実はどうあれど、この主張を覆すのは、無理に近い。

 彼女が私の無実を幾ら叫んだところで……。


「それは、貴方方も同じではありませんか?」


 皆、女騎士の言葉に耳を疑った。

 彼女は無実を叫ぶよりも先に、王子が犯人ではないかと言い出したのだ。


「なっ!? 何故、僕がアリスを狙うのだっ!」

「ローラ様のハンカチを所有していたのでしょう? ローラ様と同じ立場にご自分もいることをお忘れなく。貴方が出来なくても、他の者なら出来るでしょうに。それとも、王子が犯人でないと証拠をここに提示できますか?」


 おいおいおい。タクトではないが、随分な物言いだな。この女騎士、随分な曲者だぞ。

 私でも考えていても言えなかった言葉を、この女騎士は直球で王子達に投げつける。

 私もだが、皆ここにいる者達は、王子の人となりを知っているが故に、そんな不躾な言葉など投げつけれるはずがない言葉である。

 どうせ、ハンカチの行方なんて知れている。


「今ここで、ローラ様のハンカチを貴方が出されるのであれば疑惑は晴れましょうに。どうぞ、お出しになさって下さい」

「そんなものは、ない……。その日のうちに、焼却炉に捨てたに決まっているだろ!」


 矢張りな。

 今日何度目かの私の推理が大当たりを見せてくれる。

 嫌っている相手のハンカチを後生大事に持っているわけがない。王子にとっては、悪に染まった証拠のハンカチだ。出来ればすぐ様手放したいが、奪った手前、シャーナ達に渡す事も出来なければ、私にハンカチを返して来るわけでもない。

 ならば、王子のとる行動は一つである。さっさと捨てるに決まっている。


「そうですか。では、証拠はないと仰るのですね。そうなれば、容疑者は貴方もでは? 王子。それとも、そこの眼鏡貴族様はそれを覆す程の証拠があると仰りますか? 無いのであれば、王子はローラ様と同じ事が出来ますね。その可能性を無視するのであれば、犯人が誰であるか暗に言っているのも同じでございます。おかしな話でございますね。自身の疑いを紛らわせるために、他人に押し付けるなど、あってはならぬ事を平然となさるわけだ。そんな王を国を治める資格があるとでも仰るのかしら?」


 流石に、女騎士の言葉にタクトも開く口は無いらしい。

 王子に至っては、最早この女騎士の存在が信じられないモノだろう。


「あら、何も無いんですの? なのに、ローラ様を? あらあらあら? そんなに貴方達はローラ様を犯人に仕立て上げたかったのですね。それは、犯人がこの中にいるからではなくて? 王子一派に犯人がいる。困りますものね。他の誰かが犯人でないと、困りますものね」


 女騎士は笑ったかと思うと、構えを解いて周りを見渡した。

 銀色のしなやかで美しいまっすぐとした髪がふわりと舞う。


「無知で愚かで、馬鹿な人達だ。このお方のご慈悲が分からぬ、おおうつけばかりだ。疑うなら自分を疑えと言う教えすら、分からない低脳だ。誰一人、馬鹿故か王子を止めなかったなんて、この学園にいる人間がする事か? まったくもって、笑えもしない。私は、軽蔑すら覚える」


 百合の女騎士は私に手を差し出した。

 あの中庭で、ぶつかって転んでしまった私にしたように。


「さあ、お手を。お召し物が汚れてしまいますよ」


 はにかんで笑う彼女は、私の名を聞いた時の彼女そのもので。

 あの時見た笑顔そのもので。

 私を守りたいと言ってくれた彼女の全てが、本当に、心の底から出ているものだと分かってしまって。

 この手を取ったら、彼女迄巻き込んでしまう事が分かってしまって。

 強く美しい百合の花の様な彼女を巻き込むには、余りにも汚すぎる事が分かっていて。

 私には、美しすぎるこの百合の花を折ることは出来なくて……。

 溢れ出しそうになる気持ちを、ぎゅっと掌で握りつぶすように、私は自分の拳を握る。

 美しく優しいこの手を借りるには、私の手は汚れ過ぎてしまっているのだから。

 差し出した手を、私は取ることなく一人で立ち上がり彼女を見た。


「有難う。でも、貴方は関係なくってよ。昨日今日会ったばかりの人間に守って頂くほど、私は弱くない。出過ぎた真似はやめて頂戴。王子、タクト様。これでもまだ、私に何か言いたい事がありまして? それとも、次は貴方達のアリバイでも教えてくださるのかしら?」


 彼女は今、どんな顔をしているのだろうか。

 悲しんではいないだろうか。優しさを反抗した私を軽蔑しているのだろうか。

 そんな女騎士の顔を見るのが怖くて、私は王子を只々見る事しか出来なかった。

 王子はチラリとタクトを見ると、タクトはため息を吐く。


「水掛け論程、無駄な論争はない。しかし、証拠はまだ出ていないだけだ。お互いな。しかし、こちらの動機は皆無であるのは明白。見つけ次第、マルティス。君の首を王子が刎ねるだろう。覚悟をしておけ」

「ええ。勿論。証拠が出ましたら直ぐにでも。貴方達の都合の悪い証拠が上がらない事を私は祈っておりますわ。では、私これで失礼致します」


 結果は、痛み分けと言ったところか。形勢逆転を狙ったが、随分と予想外の事が起きた。

 けど……。


「マルティスさんっ!」


 蜂蜜色の髪を揺らして、アリス様が私の腕を握る。

 可愛らしい大きな瞳に埋め込まれたサファイアの様な瞳が、零れ落ちそうだと思った。

 ローラと同じ、髪色目の色なのに。

 神様は残酷だ。同じ素材で作るのならば、型だって統一してくれ。

 味があるだなんて、思ってくれるなよ。その味なんて、貴方しか分からないのだから。

 でも、それでも。アリス様が美しく誰からも愛されるお姿を彼女に与えて下さったのは感謝しても仕切れない。可愛らしい貴女は、誰からも愛される資格がある事を私は誇らしく思うからだ。


「何かしら?」


 王子を追い込んだ罵倒がその口から溢れたとしても、構わない。

 彼女の美しい宝石に今、私の醜い姿が映っていても、構わない。

 貴女が私の前に居る。生きている。それだけで私は頭を下げる程感謝をしたい。

 おかしな話だな。

 初恋の様な気持ちを抱いた王子ですら捨てたと言うのに。私は只々画面越しに私に言葉を投げ掛けただけの貴女を救いたいと今も盲信しているだなんて。

 気持ち悪い。自分でもそう思う。

 でもね。


「有難う! ナーシャを助けてくれて、信じてくれて!」


 彼女の真っ直ぐなその言葉は、私にとっては神を仰ぐよりも尊いのだ。

 有難う。その言葉だけで、私は救われるのだ。

 感謝の気持ちを伝えられるだけで、私は満たされるのだ。

 気持ちの悪い盲信だって、貴女の為にならどんけ指を指されたって構いはしない。


「感謝は結構。当たり前のことをしただけでございます。お気になさらず」


 どれだけ素っ気ない言葉を並べても、貴女への気持ちは変わらない。出来るものならば、この場で跪き、頭を垂れ、私の方こそ有難うございますと、感謝の気持ちを伝えたい。

 でも、まだ出来ない。

 貴女を守る為に、それは出来ない。


「それでは、皆さま。失礼致しますわ」


 スカートを翻し、私はこの場を去る。

 私に出来るのは、ここまでだ。




 私はランティスと共に隠れた教室に戻ると、力なくへたり込んでしまう。

 慣れない事をするべきでは無いな。結局、スカートに隠れた足はカタカタと音を立てて震えていた。まるで私の臆病な心そのものである。

 それにしても、問題はタクトだ。

 あの男、中々に手強いぞ。

 ゲームでは秀才担当キャラクターとして攻略対象になっていたが、まさかその頭脳で攻撃されるとは思ってもみなかった。

 タクトは数あるキャラクターの中でも上位にランキングされるほどの人気キャラクターである。少し抜けているふわふわの癖のある金色の髪の王子に対して、黒髪ストレートをピシッと決めた眼鏡のしっかりしたタクトは外見でも中身でも正に対照的だ。

 発言もキツいものが多く、段々とそれが揶揄いにもにた優しさを帯びて行くのだが、決して私には良い印象はない。しかし、怒ったり、勉強を頑張るアリス様のスチルはとても可愛いのでそれなりに周回はしている。

 ゲームの中では良い印象の持ってなかったのはリュウも同じだが、どうやら彼はリュウとは違い、タクトはこの世界でもゲームのタクトのままなのだろう。

 切り捨てる様な言葉を吐く限り、甘い期待は持てなさそうだ。まあ、仲間になる事もないだろうに。

 ゲームでも、彼は随分と王子寄りの言動をしていたのだから。

 立場的には、それが正しいのだから私がとやかく言う事はない。彼の未来は王子補佐になるのだから、適切な関係は築いていかなくてはならないのだ。

 何が何でも王子と結婚しなければならない訳ではない私とは立場が違う。

 それに、どうせ私の末路は決まっているのだ。彼以上に。

 私は、まだ繋がっている自分の首を撫ぜながら目を閉じる。まだやるべき事がある。私には。

 今はまだ、この首を渡すわけにはいかないのだ。


「ローラ!」


 どれ程の時間、そうしていたのかは分からないが、私の名前を叫びながら入って来るランティスに私は目を開いた。


「ランティス様……」

「おい、大丈夫か?」


 ランティスは座り込んでいる私を覗き込む様に屈み込む。その顔には、私への心配の色を濃く宿していた。

 きっと、ずっと心配してくれていたのだろうな。この優しい弟君は。


「はい。でも、矢張り終わったら腰が抜けてしまって……」

「無茶をするなよ。お前が無事で良かった」


 ランティスは、私のおでこに自分の額を当てて安心した様に目を閉じる。

 本当にこの人は、心の底から心配してくれていたのだ。

 中々味わった事ない距離感にドキリとするが、男性とはそういうものかもしれないし、この世界ではこれが普通かもしれない。スチルを見る限りアリス様への距離は皆、ルートに降りる前にもそれなりに近かったからな。

 でも、これは親しい相手だからこそ、いや。仲間だからこその距離感なのは、いくら私でも分かる。

 なんだかその事実が少しむず痒い。


「お前が首を差し出した時、本当に心臓が止まるかと思ったぞ」

「ごめんなさい。でも、あそこで引いたら何も変わらないと思って」

「謝るな。俺だって、お前の案に乗ったんだ。あれが今出来るお前の最善だったんだろ? 出来る事をやったんだ。誇れ」

「ふふふ。ええ。私、頑張りました」

「ああ、頑張ったな」

「ちょ、ちょっと髪をぐしゃぐしゃにしないで下さいませ!」


 頑張ったと言った私を褒める様に、それこそ、犬にするように頭をぐしゃぐしゃを撫ぜられ、私は声を上げる。

 櫛など持ち歩いていないのだから、直すのも大変だと言うのに!

 これだから殿方は! と、言いたいが、褒められる事は心地よかった。

 起こる私をランティスは優しく笑う。


「悪い悪い。女は難しいな」

「これでは、ランティス様のお相手になる女性は大変ですわね」

「婚約相手には礼儀正しく接するさ。反面教師が近くにいるからな」

「そうだ。王子はあの後、大丈夫でしたか?」


 随分とショックを受けていた王子の様子を思い出し、私はランティスに問いかける。

 ランティスは、いつか聞かれるだろうと予想していたらしく、言葉を選ぶ様子もなく淡々と私に王子の様子を教えてくれた。


「大丈夫だよ。報いを受ける日が来ただけの事だ。兄貴は、ああ見えてそこら辺の商人よりも図太い神経をしてる所がある。そのうちケロッと立ち直るさ。それよりも、お前が心配するのは兄貴の方じゃないだろ」


 もう一人? 果たして、それは誰なのか。


「アリスだよ」

「アリス様が何か?」

「あの騒動で、王子と距離を取り始めている」

「何ですって? と、言いたいところですが、当然の結果ですわね。王子だって、犯人の一人となると」

「ああ。王子だから大丈夫とは言えないからな。あの騎士女が随分と引っ掻き回してくれたもんだ。あの女、何者だ?」

「私も昨日会ったばかりの方なので、何者かすらわかっておりませんわ。でも、多分、敵ではないと、思っております」

「守ってくれたからか? 安直だな」

「さあ? でも、タクトよりは殺意は無かったですし」

「しかし、これからどうするか」


 ランティスが大きなため息を吐く。


「アリスが兄貴からの保護から離れるとなると、大問題だぞ」

「ええ。犯人の犯行が加速していく」

「俺たち二人でアリスを見張るのは限界がある。かと言って、他に協力者なんていないしな」

「出来る事が限られていると言われても、これじゃあ何処から手を出せばいいか、分かりませんわ」

「せめて、アリス達を守ってくれる奴がいたらいいんだけとな。女子寮に入れて、強くて、それなりに頭が良くて、俺たちの敵にならない奴」

「それこそ、夢の様ですわ、ランティス様。まるで女騎士様の様な方がそう簡単に……」


 私がそう言った瞬間、大きく教室の扉が開く。

 其処には、銀色の髪をなびかせた女子生徒が一人。腰には見事な剣が一振り。


「お任せ下さい。ローラ様。喜んでその任、承りますわ」


 ……この女騎士は、一体何処から湧いてくるのか。熟不思議である。

 



_______


次回は5月3日(金)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

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