第12話 貴方の為の開演の幕を
「おはよう、ローラ」
「あら、リュウ様。おはようございます」
教室に入れば、いつも通り皆が静まり返る中、どんなメンタルをしているのか、晴れやかにリュウが右手を挙げて挨拶をしてくるではないか。
そもそも、本を読んでる全女子生徒に声をかけるメンタルを持ち合わせているのだから、それなりには強いのは当たり前である。
「昨日はよく眠れた?」
「お陰様で、寝る事を忘れてページを捲ってしまいましたわ」
私の言葉に、リュウが嬉しそうな顔をする。画面越しで見ていたどの笑顔よりも、それは輝いていて、まるで少年の様だ。
「最後まで読んでくれたの?」
「お陰で続きが気になって寝不足です」
素っ気ない私の返事にも、リュウは瞳を煌めかせる。
「最高の言葉だね」
「お粗末な感想で恐縮ですが、気持ちを認めたので是非読んでくださいな」
「有難く額に飾っておくさ」
「侯爵家の家には随分とお粗末な飾りになりますわよ」
「俺の権限で、家宝にしておくよ」
随分と自分の子供を褒められた親の様な顔をするものだ。
私は、袋に入れた原稿と手紙と言うよりは、感想文をリュウに渡して席に着く。
案の定、教室内は私達ふたりの関係に生徒達が興味を持っているが、私の所へ問い詰めに来る勇者はいないだろう。ここはリュウ一人に生贄になって貰うしかない様だ。
さて、と。
未だ疑惑の渦中にいるアスランはと言うと、昨日と同じ様に私達二人には目もくれずに中庭を眺めている。
探し物は未だに分からない。探すはずの婚約者も幽霊。問題は山積みである。
矢張り、顔を知る可能性が高いアスランから聞き出すしかないか。婚約者については、流石にアスランも会ったことがあると信じたいのが現状だが。
それにしても、幽霊、か。
誰も彼女を知らないなんて不思議なことが本当にあるのだろうか?
実際はリュウの言うように、噂は噂でしかなく、何処にでもいる有り触れた令嬢の一人かもしれないし、そうではないのかもしれない。何とも不思議な話である。
私は、今日は真面目に授業を受けながらぼんやりとそんな下らない考察に頭の中で展開していった。
彼がやってくるまでは。
「ローラ・マルティスはいるかっ!?」
本日全ての授業が終わり、皆教室を出ようかとしていた時、炎の様な赤い髪を振り乱し、一人の男子生徒が入ってくる。
「ランティス様よ」
女子生徒達の騒めきを余所に、飛び込んできたランティスは、一目散に私の所へとやってくる。一体、どうしたと言うのか。
「お前、何をした?」
「え?」
一体、何の話だ。
驚きのあまり言葉が出ないと、ランティスは乱暴に私の手を掴み上げる。
「ちっ。ここで答えなくていい。いいから、来いっ!」
「え、ちょ、ちょっと!」
「おい、ローラが痛がっているだろ。彼女の手を離せ」
私がされるがままにランティスに引っ張られそうになっていると、リュウがランティスを止めに入ってきてくれた。
流石に王族にその態度はとも思ったが、メンタルお化けは気にも留めずに読書仲間を助けるだ。
「……誰だ、お前?」
「リュウ・シュタンケットだ。彼女が嫌がってる。手を離せよ」
「はぁ? お前には関係ないだろ。どけよ」
「断る」
リュウは、優しさで私を守ってくれているのは分かるが、気になるのはランティスの方だ。
彼はとても焦っている。
一体何故? 私の教室に迄来るだなんて、王子に私達の事がバレてもおかしくないだろうに。何故、そんな危険を冒してまで……?
「俺が退けと言ってんだよ! 俺を知らないのか?」
「第二王子のランティス殿だろ。存じ上げているが、それが何か?」
今のリュウの態度はランティスの焦りに油を注いでいると言ってもいい。
早く何とかしなければ、この騒ぎでディール王子がいつ登場してもおかしくない場になってしまうではないか。
出来れば、そうなる前に場所は写りたい所である。
そうと決まれば、リュウを説得しなければ。
「……リュウ、私は大丈夫よ」
「ローラ、君は不当な扱いを受けてるんだぞ!」
「不当じゃねぇよ! 正当な扱いだろうが!」
ランティスも、そこは堪えてくれ。
やや乱暴ではあるが、場所を変えるだけの冷静さはあるのだから。
「リュウ、きっとランティス王子は何か勘違いをされているのですわ。大丈夫よ。話せば、きっと分かってくれるから。さあ、ランティス様行きましょう。私は逃げも隠れもしませんよ」
「ローラっ」
「リュウ、有難う」
それっぽい事を言えば、この場は何とか治るだろう。リュウには悪いが、ランティスが私を訪ねてくる理由なんて一つしかない。
私はリュウの手を握り、感謝を伝えるとランティスを促し外へ出る。
「何処に行くの?」
「いいから、こっちに来い。お前、本当に何をやったんだ?」
「どう言う事?」
私が問いかければ、ランティスの舌打ちが返ってくる。ここでは答えてくれる気はなさそうだ。
私たちは廊下を進み、ランティスが見つけた空き教室へと滑り込む。まるで、何かに隠れている様に。
「カーテンを閉めるぞ。お前は窓には近づくなよ」
「カーテン?」
「扉には鍵を掛けろ、早く!」
「ランティス様、一体、どうなさったの?」
私はランティスに言われるままに教室の鍵を掛けると、カーテンを閉め終わったランティスが顔を顰めた。
「まずい事になったぞ」
「まずい事?」
「昨日の晩に女子寮に強盗が入ったのは知ってるな?」
「ええ、寮母手伝いから聞きました。何でも、三階の窓から入ったと」
「それはアリスの部屋だ」
ランティスの言葉に、血の気が引いていく。
「そ、そんなっ! 何で!?」
「落ち着け。アリスも、同室のシャーナも無事だ」
「それでも、彼女は恐ろしい思いをしたのではなくて!?」
「不審な物音で、シャーナが起きて二人はクローゼットの中にすぐに隠れた様だ。無事だし、犯人とも鉢合わせはしていない」
「ああ、アリス様とシャーナ嬢……。なんて、お可哀想なの……っ!」
「お可哀想なのは、アリスとシャーナだけじゃない様だぞ。お前はその晩、何をしてた?」
「自室で、本を。物音は寮母手伝いにも聞かれましたが、私は何も」
「だよな。だよなぁ……」
ランティスが重い溜息を吐く。
「お前を疑ってたわけじゃないんだが、アリスが危機と知って、アリスの部屋に乗り込んでは、無いよな?」
「ええ。でも、出来ればそうしたかったですが……」
「そうしなくて、今回ばかりは正解だよ。荒らされた部屋の中から、お前のハンカチが出てきた。家紋付きだ。言い逃れはできねぇ」
「私の?」
何故?
「お前が来ていないとなると、誰かが故意的にそこに置いたってわけだ」
「ちょっと待って! 私、シャーナ嬢にハンカチを渡した事があるわ! それが、出て来たのでは?」
「あー……。アレな、あのハンカチは兄貴が持ってるよ。シャーナ嬢は取り上げられたから持ってない」
「そんなっ」
一体、何がどうなっていると言うのだ。
「兄貴達は今お前を探し回ってる頃だろうよ。先にお前を回収できて良かったよ、本当」
「……私が、犯人?」
「違うだろ。しっかりしろよ。でも、少なくともお前は犯人にハンカチを渡しているな。何したんだ?」
どうやら彼が言っていた何をしたは、私の容疑でなく、ハンカチの事を指していたらしい。
しかし、ハンカチとは……。
「シャーナ嬢以外にはハンカチを渡した覚えはないです」
「じゃあ、取られた?」
「今日の用意でハンカチは全て揃っていた筈です」
引き出しの中には、綺麗に整えられたハンカチがずらりと規則正しく並んでいた。
生前、親にその辺りは厳しく育てられたお陰で、自分の身の回りのものは常に整理整頓し管理している。一枚でもハンカチの不足があれば気付くはずだ。
「そんなわけねぇーだろ! あのリュウって奴は!? と言うか、あいつ何者だよ!」
「攻略者の一人と言いましたよね。あの、リュウですよ。仲良くなれました」
「昨日の今日で?」
「色々ありまして……。お陰で、アスランの婚約者の情報も手に入りましたよ」
「はぁ。こんな事でもなければゆっくり話が聞けるんだが……」
「そうですね。目下、私の疑惑を晴らさなければ、私は罪人ですわね」
「何で冷静でいられんだよ」
「頭に血が上った王子は別として、現状証拠でハンカチだけなら私がやった可能性は極めて低いとわかるからです。考えても見て下さい。同じ建屋にいる人間が、わざわざ三階の窓ガラスを割って入ると思いますか? 私なら中きら入って扉を壊しますよ。それとも、令嬢が木から木へ飛び移り、窓から侵入出来るとお思いで?」
もし、外部からだと思わせたいなら、わざわざピンポイントで三階のターゲットの部屋に行くわけがない。朝、私が考えた様に、一階からの侵入で十分だ。
運動能力が高いわけでも無い人間が、三階の窓ガラスを割るには無理がある。普通に考えれば、あり得ない。
「犯人は、何が何でも私に罪を着せたかったんでしょうね。でも、浅知恵だ。例えば、木に登らなくても梯子を使うにしても、三階はかなりの高さですよ。それに、夜中に出歩けば一階にいる寮母達が気付かない訳がないかと。どんな考えで私に罪をなすりつけようとしているのかは知りませんが、随分と破綻した計画ですわ」
「確かにそうだけど……」
「逆に言えば、王子以外の人間ならばこの内容に納得が行くはずです」
「誰かを雇ったとは考えられないか?」
「だったら、ハンカチをその犯人にわざわざ渡す必要がありますか? 先程申し上げた様に、この計画は破綻している。考えれば考えるほど、私が犯人ではない証拠があがるのですもの」
幽霊令嬢と同レベルなぐらいにおかしな話だ。
そもそも、そんなわざとらしく置かれたハンカチを誰が信じると言うのか。余程の馬鹿でも一瞬怯むぐらいの罠ではないか。
余りにも杜撰すぎるその行動。
「……意味がわからん」
「残念ながら、私もです」
意味が、いや。意図が分からない。
「とは言っても、王子以外には通じる話。王子が相手となれば、聞く耳なんから持ってくれないでしょう」
「そこまで兄貴が馬鹿とは思いたくないが、残念ながら有り得そうだな」
「何時迄もここに隠れているわけにはいきません。既に、人から貴方が私を捕まえたと王子の耳に入っている頃合いだ。これからどうするおつもりで?」
「取り敢えず、目的である保護と情報の共有は出来た。本来なら、お前をこのまま逃がしてやりたいが……」
「悪手過ぎますね」
「同感だ」
逃げた所で意味は無い。
「このまま、貴方の手から王子に私を引き渡すのが定石でしょうに」
「そうしたいが、このままお前を引き渡すのは出来ねぇよ。策を練る時間ぐらいはまだ稼げるだろ?」
「そうですね……。一番は、私が確実に犯人では無いと言える証拠があればいいのですが、夜は一人だ。アリバイがない以上は難しい」
「現状証拠で納得してくれたらこんなに悩まないからな」
「それに、今ここで貴方と同盟が組んでいる事がバレても困ります。ランティス様は、私が犯人だと思っている定を崩さない方がいいでしょうね」
「馬鹿の仲間入りをしろと」
「馬鹿のふりですわ。下手に庇えば、火に油を注ぐ事になる。王子が何とか冷静になってくれれば、話も早いとは思うのですが……。彼だって馬鹿じゃないんですもの」
「兄貴を冷静にねぇ……。難しい話だな」
「ええ。なので、ここからは私の提案です。ランティス様さえ良ければ、今回はこの案で行こうかと」
私は小さく手を挙げ、ランティスを見る。
す余り期待は進まないが、今はそうも言ってられる場面ではなかろうに。
「改まる所を見ると、俺にも重役をやれと言う事だな?」
「察しが早くて助かりますよ。ええ。今回、私は大胆にも暴れようと思います」
普段の自分からは考えもしない言葉が飛び出すと、私の性格を知っているランティスさえランティスもギョッとした顔をする。
自分でも驚いてるぐらいだ、無理もない。
「どう言う風の吹きまわしだ。今迄兄貴に言われるままだったお前が?」
「本当なら、逃げたいですが、そうも言ってられないと言う事ですよ。犯人がわからないだけではなく、起きる事の意図が分からない今、後手に後手に回るのは賢くない。それに、私も戦わなければいけないと思いましてね」
昨日出会った、リュウと女騎士の様に。現状を嘆いていても、彼らは戦っていた。
誰に指を指されても、笑われても、馬鹿にされても。逃げないと決めたのは自分なのだから。
「暴れるとは、言葉通り身体を使って暴れるわけじゃないよな?」
「ええ。口で、暴れますとも。今回、王子には悪いですが、少し悪役になって貰おうかと思います。頃合いを見計らって、ランティス様には王子を助けてあげて欲しいのです」
「助ける?」
「助けると言うよりも、逃がしてあげると言った方がいいかもしれませんね」
「……お前のしたい事の想像が付いてきたぞ」
「流石ランティス様ですわ。同盟者が馬鹿では、些か困りますもの」
「お前が俺の婚約者でなくて良かったよ。勝てる方法が思い付かないからな」
「それそれは。光栄ですわ」
私たちはお互いの顔を見て笑うと、外から声が聞こえてくる。
私とランティスを探している声だ。
どうやら、タイムアウトの様だな。
「思っていたより早いな、どうする?」
「出ましょう。この教室を見つけられた方が事ですわ。取り敢えず、逃げる私を追った定でお願いします」
「任せろ、王族だぞ?」
演技に王族が関係あるかは、はたはた疑問でもあるが、今は文句を言ってる場合ではない。
私とランティスは廊下に人影がない事を確認すると、頷きあって声が聞こえた方へと飛び出した。
「待てっ! ローラ・マルティス!」
先に走る私を追いかけてランティスが声を張り上げるが、何と言うか、ランティスは足が早かった。
直ぐに追いつかれてしまうので、思わず声を上げる。
「ランティス様、早いですっ」
「もっと、早く走れよっ」
「無茶を言わなくでくださいなっ」
勿論二人とも小声だが、何とも茶番劇が匂ってくる。
本当に、上手くいくのだろうか。除けな心配がムクムクと芽を出し始めてくるではないか。
しかし、それも直ぐに摘み取られる事なる。
「見つけたぞ、ローラっ!」
私の前には、ティールが立ち塞がった。
その後ろには取り巻き達と、アリス様達。
さて、どうやら幕は上がった様だ。
公演開始と、いこうではないか。
_______
次回は5月1日(水)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!
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