第8話 貴女の為に探索を

 然し乍ら、手放しに褒められる訳がない。文句無しの最良のアプローチを思いついたとしても、私は彼が探しているもの自体何かを知らないのだから。

 彼より先に探し当てるにしても、それが何かわからなければ、彼同様この学園を彷徨い歩いたとしても彼以上に見つかる訳がないのだ。

 私はペンを置き、黒板を見つめる。

 当たり前だが、そんな所に答えなど書かれていない。この国では有名な作家の詩が、教師の美しい文字で書かれているだけ。

 それにしても、分からない。

 彼はアリス様と出会う前は亡霊のようにこの学園を徘徊していた。しかし、彼のルートが確定すると一変して彼との場所は屋上へと変わる。

 アスランと一番遭遇率が高かった中庭ではない。

 アスランのルート確定が、追加攻略キャラクターが来る前の初夏。

 その間に探し物が見つかったのか? だとすると、彼は何故この学園から退学していないのか。随分と矛盾が起きる。

 では、矢張り探し物は見つかっておらず、アリス様と出会った事により、どうでもよくなった? それこそ、御都合主義過ぎる話の作りだ。

 ゲームなんて御都合主義の坩堝だと思うが、今起きているここでは現実である。ゲームに描かれていない背景が至る所にあるのだ。ゲームでない現実の今、御都合主義では通りが通らない。アスラン自体も御都合主義で探し物を終わらせられるとしたら、たまったものではないだろう。

 何か、理由があるはずだ。

 私は、ちらりとアスランを再度盗み見る。

 ゲームのビジュアルでは勿論皆美男美女で描かれているが、現実に存在してしまうとアスランの容姿は有り触れた容姿の一つであった。

 特に思い入れがない以上、それ以上の感想はないが、王子やリュウと比べると随分と一般人に寄ったビジュアルである。

 そんな彼の付加価値は不良である事。不躾な態度で不敬にもアリス様に接してくるが、それはリュウも同じか。現実世界ではそれなりに彼に熱を上げるユーザーも少なくなかったが、現実世界では彼の周りは実に静かであった。

 友と呼べる者はおらず、女達だって好んで彼には近づかない。

 ゲームでは登場は愚か、明かされてもいなかったが、彼の背後にいる父親を恐れて、誰も彼に近寄ろうしない理由を知ると、少しだけ物悲しさを感じてしまう。

 彼のその物悲しさを救ったのは、間違いなくアリス・ロベルトと言う名の少女だったのだろう。誰も居ない彼に、何の忖度も無く手を差し伸べてくれた彼女の優しさに、彼は溺れたのだ。

 探し物を探さなくても、私が彼にアリス様の様な手を差し伸べたら……。

 そこまで思い至って、私は小さく首を振るう。まるで、自分の愚かな考えを払いおとす様に。

 私にアリス様の代わりがいない様に、彼もまた、彼女の優しさの代わりはないのだ。それを悪戯に奪えるだなんて、それこそ御都合主義な最たるものではないか。

 そんな事が出来るのであれば、既に私とディール王子は和解をして穏やかな日々を過ごしていないと可笑しいだろうに。

 自分の幼稚な考えに溜息をつき、残りの授業を怠惰に終える。

 矢張り、悪役令嬢なローラには優しさよりも取引の方が向いている様だ。




 授業が終わると、私はアスランの後を追うべく彼について教室を飛び出した。

 時間はランチタイムである。生徒達は次々と食堂へと向かって歩いていくが、アスランはどうやら食堂へは行かないらしい。

 今日も例に漏れずに探し物を探しに行くのか。ならば好都合である。

 私は彼に気付かれない様に一定の距離を取り、彼の足取りを追っていく。

 食堂を通り過ぎた彼は、中庭り降り立った。私も後に続き、アスランは騎士貴族達の鍛錬をしている様子を横目に中庭の中へ中へと入っていく。

 この先に有るのは、確か古い噴水だったはずだ。

 更なるその奥は最早中庭とは言えない森林が続いている。

 そこは特に何かイベントがあった場所ではないが、学園長に案内された際に軽い説明は受けた場所だった。

 こんな所に、探し物を?

 入学当初に何か落としてしまった? それにしては随分と無作為な探し方だ。こんなにも色々な場所を回るとは考えにくい。

 だとすると、彼は何を探してるのか。

 宝探し? 何か学園の秘密を知ってしまったアスランは、その秘密を解き明かす為に学園内を歩き回っている? だとすると、彼が真面目に、いや、真面目ではないが、授業を受けているのは些か可笑しくないだろうか? 授業をボイコットしてでも、私が彼ならその宝探しを優先させて探し回っているし、何よりもこの学園に宝があると言う事だっておかしいだろう。

 それに疑問はまだ尽きない。私がノートに書き出した彼との遭遇場所を思い出してみて欲しい。彼は、同じ場所にも、何度も出現していた事を。探し物なのに、何故一度探した場所迄探すのか。

 探し物が小さな物、例えば指輪とかであったらどうだろうか?

 見落としがあったかもしれないと彼は再度同じ場所に足を踏み入れるのではないか?

 見落としが起こるほどの小さい物? これだけ探しているなら、余程大切なのであろう。例えば、亡くなった母の形見の指輪とか……。

 テレビドラマの見過ぎの様な想像力を働かせてはいるが、どれもピンとはなこない。自分が名探偵ではない事にこれ程真剣にがっかりした事は前世でもなかった事だろう。

 そもそも、本当に探し物をしているのかさえ、ここまでお目当ての検討もつかないと不安になってくる。

 それは思いついた時は、素晴らしい発見だと疑わなかったが、時間が経つに連れとんだガラクタを生み出してしまった時の心情と良く似ていた。

 しかし、当たりをつけずに行動はできない。 取り敢えずやってみるのは、大凡ぐらいの道筋が見えてからしか動けないのが凡人である。

 勿論の事、わたしはその凡人代表だ。

 凡人なりに考えて、それでいて違っていたら軌道修正をして行く。トライアンドエラーの繰り返しで最初から大当たりが出ない人生を二回も送っているのだ。慣れたものだと思わないか。

 私がそんな事を考えていると、彼は噴水を通り越して木々の中へと入って行く。

 噴水には用が無いのか? 随分拓けた場所だが、芝生もあり、緑が所彼処に生い茂っているのに、スルー? 探しがいのありそうな所だと思うのだが、違うのか?

 しかし、それは森林でも同じである。

 私はコソコソと彼の後に続いて森林に入って行く。全く以って、中庭に森林とは、可笑しな表現だと私も思う。しかし、それ以上に私には思い当たる言葉がない。

 彼は慣れた足取りで中へ中へと入って行くと、少し拓けた大木の前で立ち止まった。

 私は急いで土や葉っぱで汚れるのを厭わずに草叢に身を隠し、彼の様子を伺う。

 彼はキョロキョロと周りを見渡すと、離れたわたしの耳にも届くぐらいな苛立ちにも似た舌打ちをし、踵を返した。

 どうやら、ここで引き返すらしい。

 引き返した後、彼は校舎に戻るのだろうか。私も、その後を付けるべきか。

 彼の足音を聞きながら暫く草叢の中で耳を澄ましていたが、彼の足音が聞こえなくなったぐらいに重い腰を上げる事にした。

 ここで、彼は一目でここに自分の探している何かがない事がわかった。

 一体、何を見て判断したのか。

 彼を追う前にそれを確認する方が先だと思ったのだ。

 私は彼がやった様に大木の前に立ち、周りを見渡す。が、矢張り私の視界に映るものは草木しかない。

 この大木だって大きさは見事だが、触ってみても何処にもある大木である。

 何だ。何があるんだ。ここに。いや、無かった。彼は、何がここにあると思って来たのか。

 私は大木の周りをぐるりと周り、辺りを調べる。しかし、これと言ったものは特になかった。少し気なる所と言えば……。


「ここだけ、草が生えてないわね……」


 大木の周りに生い茂るはずの緑がその場所には土が剥き出しになっている。ふいに大木を見れば、その箇所だけ剣で斬りつけた様な無数の傷が付いていた。

 木の肌を見ると、真新しい傷だと言ってもいい。古くからの傷ではなさそうだが……。

 だがそこは、彼が立っていた木の面ではない。彼がこれを見て、何かを思っていた訳ではなさそうだ。

 この後も暫く辺りを探してみたが、少なくとも周りの茂みに人が立ち入った様子は伺えなかった。

 キョロキョロと周りを見渡す所を思えば、何かを探しているには間違いなかいかもしれないが、直ぐに折り返している所を見ると、小さな物ではないのか? そもそも、矢張り探し物と言うヤマが違うのか。

 ここは一旦、ランティスに相談するべきか否か。そんな事を考えて振り返ると、私は何かに打つかり、小さな悲鳴をあげてしまった。


「きゃっ!」


 格好がつかないことに、私はその拍子で尻餅をついてしまう。後ろには何も無かったはずなのに、一体何に当たったと言うのか。

 しかし、その答えは直ぐにわかった。


「大丈夫ですか?」


 顔を上げれば、美しい銀色の髪の女が立っていた。

 どうやら私は彼女にぶつかってしまったらしい。


「ごめんなさい。貴女に気付かずにぶつかってしまって。貴女は大丈夫かしら?」

「ええ。お構いなく。鍛えておりますので」


 彼女の顔は無表情で言葉はとても淡々としており、その両方から感情と言うものが伺う事は出来なかった。

 随分と派手にぶつかってしまったのだ。怒っていても不思議ではない。そう私が思っていると、目の前に白い美しい手が差し出された。


「お手をどうぞ」


 私は思わず、じっと彼女の手を見てしまう。

 彼女の手には無数の傷と何重かに巻かれた包帯が目に付いたからだ。傷は古いものが多く、包帯は真新しい。

 一体どうしたのかと問いかけたくもなったが、今は賢い選択ではない事に気付き、私はそれを何とか飲み込み彼女に礼を言う。


「ありがとう」


 彼女の美し顔には似つかない大きな角張った手を借りて、私は立ち上がると彼女は無表情のまま私の制服についた土を払ってくれる。

 自分が言うのも何だが、何とも読めいない女だ。

 私の土を払い終わった後も特に何も言わずにいるところを見ると、私も静かな方であるが、彼女もどうやら同種らしい。


「そこまでして頂いて、何だか申し訳ないわ。貴女、ここには良く来られますの?」


 土を払ってくれた彼女に礼を言いながら問いかけると、彼女は私を真っ直ぐに見つめて口を開いた。


「何故ですか?」


 私の顔を見て驚かずに接している所を見れば、彼女はまだ私がローラ・マルティスである事に気付いていない。だから、これだけ気を使ってくれている。気付いていないのならば、今と言うタイミングを利用しない手はないだろうに。

 私はどうしても気付かれる前に、彼女からアスランの情報を引き出したかった。彼女がここに良く訪れるのであれば、少なくともアスランに会った事はあるはずだ。彼のここに来るヒント、または何か言っていなかったか。聞き出したい事は山ほどある。

 その焦りが悪かったのか、彼女は私の問いかけに疑問を返した。

 突然故、怪しまれても当然なのだが、まさか、こんな初手で怪しまれるとは思わなかった私は、急いで言い訳を考えるしかない。

 ここで、アスランに会う可能性のある人物に、アスランの事を不審に聞く女だと印象を持たれるのは随分とまずいからだ。


「道に迷ってしまって。入学してきたばかりで探索をしていたら、こんな素敵な場所に辿り着いたのだけど……。入り口が分からなくなってしまったの」


 随分と説明が過ぎるか?

 余計怪しまれていないか?

 慣れない人を騙す行為に心臓がドキドキと煩い音を立てる。

 些か、この場所では入り口が近過ぎるし、令嬢が探索などするものか。ついて出てしまった自分の嘘を振り返り、私は後悔の渦へと落ちそうになる。もっと、まともな嘘を何故思いつかないのか。

 しかし、どうやら私の後悔は無駄になった様だ。


「そうでしたか。では、噴水までご案内致します」

「あら、いいのかしら。ありがとう」


 乗り切れたのか? これは。

 勿論の事、私の心中の問いかけに誰かが答えるわけでもないのだが、私が礼を告げれば、彼女は特に他に何か言う事もなく私を案内する為に背を向けた。

 まるで、それは答えだと言うように。

 ほっと胸を何故下ろしていると、カシャンと彼女の腰から金属音が聞こえてくる。

 其処には、彼女の体で見えなかった見事な剣が一振り。

 ああ、なるほど。そう言えば、彼女は体を鍛えているとも言っていたと私は一人、ここの中で手を打った。


「あら、貴女は騎士様だったのね」

「なっ!」


 私の言葉に、彼女は初めて感情らしい表現を声にも表情にも私に見せてきた。

 それは何故か怒りにも近い感情に私は見える。


「何を言ってらっしゃる。私は女ですよ」

「え、ええ」


 それは、見れば誰もがわかる事だった。

 しかし、美しい顔立ちで彼女はその当たり前を私に主張する。


「でも、その手の傷は厳しい騎士様の鍛錬で出来た物ではなくて?」

「でも、女は騎士にはなれないでしょうに」


 何処か、自嘲にも似た声で彼女は私に言う。

 この国では、女は子を産む為の『物』だ。古い時代であり、私の前世にもそんな下らない歴史があった。女は、外には出ずに家にいる。良いところに嫁ぎ、子を産むのが女の幸せであると、下らない妄想の様な悲しい時代だ。

 その女が騎士だなんてとんでもない。その下らない世論から剣すら握らせて貰えない女は多いだろう。でも、そんな世でも、そんな声に負けずに彼女は剣を握っている。

 あの木の傷は、きっと彼女が日々ここで鍛錬を積んだ証拠だ。女であるが故に騎士貴族の鍛錬には入らず、人知れずここでたった一人で鍛錬をしていたのだろう。

 別に外に出るのが女の幸せだとは言わないが、自分で人生を選べないのは不幸だと私も思う。その点では、前世は私も不幸な女の人だったのだから。

 結婚とは縁がなかったが、周りがする事を当たり前だと育てられ、そのレールに乗れない者は不適合者の烙印を押される。その烙印は死ぬより恐ろしく感じていた私は、必死に世間というものにしがみつき、入りたいわけでもない会社に入り、したくもない仕事をして、周りに言われるまま流されて生きてきた。そんな人生を、不幸と言うのは傲慢すぎるかもしれないが、少なくとも私は幸せではなかった。


「それでも、貴女が騎士である理由にはなり得ないんじゃなくて?」


 私は、そっと彼女傷だらけの手を握る。

 これは、私が生前で唯一の友人に言われた言葉。


「貴女の努力は、今私が知っていてよ。なりたいものは他人が決めるものではないわ。貴女自身が決めるべきものよ。貴女が騎士であると思えば、貴女は立派な騎士様なのだと私は思うわ。その為の努力を惜しまない貴女は、とても素敵よ」


 一字一句同じなわけではないのだが、真っ直ぐに努力をしている彼女を見なかった事には出来ない。

 彼女の顔を見ると、彼女は戸惑った顔をしていた。

 いくら自分に重ねてしまったとしても、先程あったばかりの身知らずの人間だと言うことには変わりがない。どうやら少しだけ、踏み込み過ぎてしまった様だ。


「……御免なさい。何も知らない私が出過ぎた事を言って。先程の言葉は聞かなかった事にして下さらない? さあ、入り口迄の案内をお願いできるかしら?」


 私が謝ると、彼女は返事をせずに、スタスタと歩いて行ってしまった。

 少しぐらい情報が聞き出せると思ったが、要らぬ世話が、どうやら彼女の地雷を踏み抜いてしまったらしい。

 悪い事をしてしまったな。

 情報が聞き出せないよりも、自分の大きな世話に溜息が出そうになる。だから、人と関わるのは得意ではないのだ。人が周りにいなかった私なんかに距離感なんて……。

 私は彼女の後ろをただひたすら付いて行き、噴水の場所迄出たら、私は彼女に軽く礼を言い校舎に向かって歩き出した。

 もう二度と彼女とは会わないだろう。そんな相手に捨て身になってでも最後にフォローぐらい、何故上手く入れられないのか。

 人の倍人生を歩いてきた自分が嫌になる。


「……あのっ」


 噴水の前を通り過ぎたところで、後ろから手を引かれた。

 振り返れば、真っ赤になった彼女の顔がある。


「……何かしら?」

「あのっ! あの……っ、どうか私に、貴女様のお名前を教えてくれないでしょうかっ!!」


 こんなにも近い距離だと言うのに、鼓膜に響きそうなぐらい大きな声を彼女が出した。


「名前? 私のですか?」

「はいっ! どうか、お名前だけでも……っ」


 無表情な彼女からは想像がつかなかったぐらい、必死になった顔に私は思わず微笑まずにはいられなかった。


「ローラ……、ローラ・マルティスでございますわ。騎士様」

「ローラ様……。ありがとうございますっ!」

「ふふ、良いのよ。では、御機嫌よう。鍛錬頑張って下さいませね」


 私は彼女と別れて校舎に入るとクスリと笑う。

 この学園には随分と可愛らしい騎士様がいたものだ。




_______


次回は4月26日(金)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

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