第7話 貴女の為にアスランを

 ランティスと同盟を組んだ、翌日の朝。

 私は授業を受ける為に教室に入ると、いつも通り、教室は音もなく静まり返る。

 未だ、私への皆の印象は最悪である事に変わりはなかったが、ここまで異質と扱われるならばいっそ清々しい気分でもあった。

 それに今だけはその清々しさに感謝をしなけれらならない。

 あの後、自分が攻略キャラクターではないと知ったランティスを宥めつつ、ティール王子を除く三名は既にアリス様と会っている事が確認できたが、ティール王子以外の出会いは概ねゲーム通りである。

 ランティスと似た不良キャラクターであるアスランと遊び人と名高いリュウは奇しくも私と同じ授業を受ける級友であった。

 もう一人の攻略対象キャラクターであるタクトは私やアリス様よりも学年が一つ上で、王子の取り巻きでもあり、ランティスも良く知る相手。

 ここで、私達は一つの仮説を立てた。

 アリスはごく普通の平凡な平民である。そのアリスをわざわざこの貴族や平民が意味もなく悪戯に狙うはずがない。彼女は、少なくとも入学から私がこの学園に来るまでの間に、何らかのトラブルに彼女が知り及ばない形で巻き込まれているのではないかと言う仮説である。

 しかし、誰だとは簡単には特定は愚か、仮説を立てるにも難しい。

 そこでは私達二人は彼女と恋に落ちる程の接触をする相手、つまりゲームの攻略対象者に的を絞る事にした。

 彼らなら少なくとも、どこも貴族の名家であり、現在分かっているだけでタクトとティール王子以外の二人は御家騒動の渦中にいる。

 女好き担当のリュウは侯爵とその愛人との間に出来た子供で、現在実家との折り合いは宜しくない。その隙間を埋めるように女遊びに明け暮れている設定だが、ランティスの情報では本妻の子供であるリュウの兄は留学先の異国で流行り病に倒れ、病状が良くなく家督をリュウに移す動きが出ている。それを本妻陣は勿論の事良いとはしておらず、事件に巻き込まれてもおかしくない地位にいるのだ。

 次に不良担当のアスランは、名のある偉大な伯爵の息子であるらしいが、父親のネームバリューから周囲のプレッシャーに負け、ドロップアウトしてしまった口である。ここ迄が私が知っている設定だが、ランティスからの情報には続きがあった。父である伯爵は偉大であると同時に、どうも独裁的な性格をしており、親戚連中とは折り合いが悪く長らく交流がなかった。しかし、独裁者もいつかは歳を取り力は衰えていく。それは財力も同じだ。窮地に陥った伯爵はリュウに親戚の中でも一番に力を持っている家の娘と婚約を結ばせた。だが、リュウはそれを一方的に破棄。父親は勿論激怒したが、一番激怒したのは父親ではなかった。一番腹わたを煮え繰り返したのは、なんと婚約者側らしい。それなりの報復があることを覚悟しろと、捨て台詞を吐いたぐらいであるらしい。

 話はまだ終わらない。ランティスの知る所によると、そのアスランの元婚約者はこの学園にいると言うのだ。

 勿論、婚約者と言うのだから相手は女性である。

 即ち、リュウよりも今はアスランの方がアリス様を巻き込んだ可能性が高いのである。

 と言っても、可能性の話だ。犯人と呼ぶだけの証拠はまだ一つも出ていない。

 私はチラリと窓辺の席に態度悪く座るアスランを見る。

 リュウもだが、アスランは現実世界では私と相見えない属性の故、攻略はしても思い入れは実に浅い。

 浅いとは言え、その婚約者と私はゲームであった覚えがなかった。彼女もまた、私が居ないことにより発生したイレギュラーな存在なのだろうか?

 しかし、これからどうしたものか。

 私は恨めしげな顔をしながら本を開く。真面目に授業を受ける暇はない。

 私は考えなければならないのだから。

 それにしても、ランティスもランティスである。あんな事を言い出すなんて……。




「取り敢えず、アスランを主軸にお前は二人を監視しろ」

「監視? 二人もとは、数が多すぎでは?」

「俺は兄貴とタクトの二人だ。仲良く半ぶっこになってるだろ?」

「貴方は、身内と友人でしょ? 私は、知らない人じゃない」

「ゲームとやらでは恋に落ちた仲だろ」

「それは、私ではなくアリス様ですっ」


 ムッとする言い方を随分としてくれる。


「お前、意外に表情豊かだな。怒ったり、暴れたり忙しくないのか?」

「貴方にだけは、言われたくはないですっ」


 自分が攻略キャラクターではない事をゴネた事は棚に上げて、人の態度を指摘するとはなんたる傲慢だろうか。

 それに、好きで恋をしたわけではない。アリス様のスチルを集めるが為に恋をしたのだ。そんな揶揄われの食材に使われてはたまったものではない。


「でも、俺よりも分があるのは本当だろ?」

「同学年だからと言う理由ですか? それなら、年が違っても同性である貴方の方が適任では?」


 流石に、異性に対して目を光らせるには限界がある。

 まして、相手に気付かれないようになど、その道のプロでもない素人の私には無理だと言ってもいい。


「そこだよ。リュウって奴は勿論の事、そのアスランとやらも女であるお前の方が幾分も適任だ」

「何故ですか?」

「アリスが女だからだよ」

「……仰りたい事が、分かりかねます」

「俺は、あいつらの表面的な問題は知っていても、話した事はないぐらいの仲だ。でも、お前はアリスを通してあいつらの人となりを知っている。そして、幸運なことに、お前は女だ」

「……つまり、貴方は私にアリス様のように彼等を恋に落とせと?」

「そこまでは誰も言ってねぇだろ。でも、仲良くなるきっかけも、突破口も知ってるし、利用が効く」


 つまり彼は、私がゲームで彼等とアリス様が築いた交友を応用して、私に彼等と仲良くなれと言うのだ。


「監視には無理があるのは承知の上だ。だが、俺たちはアスランの婚約者の名前すら知らないのが現状。アスランには親しい奴はいないし、奴の実家の大きさから、親戚は腐る程いる。目星をつける前に、一年なんて簡単に過ぎるぞ」

「だから、私に探ってこいと?」

「そう言う事。中々、理にかなってるだろ?」


 悪戯っぽく笑う彼の頬を引っ叩いてやろうかと思う程に、軽く言ってのけてくれる。

 私は悪役令嬢でもあるローラ・マルティスなのだ。今はこの学園の噂の渦中にいると言ってもいい危険人物である。


「無理です」

「やる前から諦めるなよ」

「結果は目に見えている。私は、極悪極まり無い、不細工な傲慢な令嬢ですよ? そんな相手に心を開くものですか」


 私の噂は、王子を追いかけ家の力を使い無理矢理この学園に入ってきては王子の周りにいる女達を虐め倒す令嬢になっている。

 社交場での噂と何が違うかと言えば、あの食堂事件であくまでも噂だった私の悪名が本物である事が証明されたと言うことぐらいだろうか。

 いくら、女好きだろうが不良だろうが、この手の厄介に好き好んで手を出すとは到底思えない。


「でも、その噂は事実ではない」

「それは、今は貴方だけが知っている真実です」

「馬鹿だな、お前」


 ランティスは否定する私に、呆れた顔をする。


「お前はいい奴だって、言っただろ? 例えば、噂は嘘でお前は逆に兄貴に迷惑しているとする」

「例えも何も、事実では?」

「話は最後まで聞けって。嘘でも本当でも、そうなると可哀想な奴は誰だと思う?」

「……私、ですか?」

「その通り」


 パチリとランティスが指を鳴らした。


「少なくとも、そこで謎が出てくる。人間は謎が大好きだ。大好物で仕方がない。だからこそ、お前の噂も嬉々として広まっている」

「私の噂が、謎?」

「謎と言うよりも、どうしての、答えだ。どうしてお前はアリスを虐めるのか。ティール王子がどうしてお前を毛嫌いするのか。その答えが噂に繋がる。皆、答えを聞いて納得がしたい。謎の答えが知りたい。浅はかだとは思うが、人間なんてそんなもんだよ。その好物を、お前は今都合よく用意できる」


 彼の言いたい事は、少なからず分かる気がする。

 自分とは関係ないはずの事柄を根掘り葉掘り聴きたい人間なんて、前世にも腐る程いた。少しなら、私も気持ちがわかる。

 その謎が、いや。『何でか』と言う言葉が、興味をそそるのだ。


「関係なくても、知りたい奴なんて五万といる」

「しかし、リュウもアスランも知りたがりとは限らない」

「だから、その謎の魅せ方を考えるんだよ。あいつらの趣向を知っているお前なら、出来るはずだ」

「ですが……」


 私なんかが上手く出来るとは思えない。

 前世でも今世でも、私には周りに人が居なかったのだから。


「今は兎に角やるしかないだろ。それとも、お前には別の案があるのか?」


 その言葉に、私は口を噤む。

 時間がないと言うのに、何を我儘な事を言っているのだと、暗に言われている言葉だ。

 私達には手段を考える時間も、選ぶ時間もない。

 彼に言われるまでもなく分かっていたはずなのに。

 ぐっと堪えて下を向くと、ランティスは小さな溜息をつく。


「……あー。まあ、上手くいかなったら上手くいかない時だ。その時考えよう。それまでには、少ならかず俺の方でも進展があるかもしれないわけだし。そう、背負いこむなよ」


 ポンと叩かれた背中は少し痛かった。


「今はお互い、出来る事に全力で取り組むしかない。何かあれば、直ぐに俺を呼べよ。わかったな?」




 と、言われたわけだが……。

 やはり今思っても無茶振りも良いところである。

 そもそも、正規ルートと呼べるティール王子のルートは何万回も繰り返してはいたが、リュウもアスランルートも一、二回ぐらいしか回してはいない。

 彼等の好みに合ったアプローチ、か。

 取り敢えず、今はアスランに絞って考えよう。

 そもそも、彼とアリス様との出会いは彼が喧嘩に明け暮れている場面から始まる。この貴族学校で喧嘩なんて正気の沙汰ではないと疑いたい事この上ないが、そこは事実なのだから致し方ないだろう。

 一匹狼宜しく、誰とつるむわけでも無い彼に友人と言う友人はいない。また、ゲームの中では描かれていなかったが、この世界では彼の父親は随分といい意味でも悪い意味でも有名らしくその名前だけで好き好んで近寄る者はいなかった。

 少しだけここは、ローラ・マルティスと類似する部分でもある。私が悪役令嬢であると言うのならば、彼は不良貴族だ。

 ゲームに沿って動くとなると、アリス様の様に、喧嘩の途中で彼に声を掛けると言う事となるが既にそのアプローチはアリス様がしている。

 二番煎じでは興味を引く味が薄すぎるだろうに。

 それに、出来ればこれ以上の厄介ごとは御免被りたいのも事実だ。喧嘩の仲裁なんて最たるものではないか。

 だとすると、違うアプローチを考えなければならない。

 彼が私に興味を持つ、アプローチを。

 言うのは簡単だが、思い付くのは酷く難しく、私は一時間、二時間と授業を犠牲に捧げた思考時間が過ぎていく。

 その間も、窓際にいるアスランは本を広げるわけでもなく、机に足を投げ窓の向こう側を見ていた。

 随分と暇なのだなと言うのが、私の正直な印象だ。

 そもそも、何故、真面目に授業を彼は受けているのだろうか?

 不良なのであれば、それこそ授業をボイコットすればいいし、何よりこの学園を勝手に中退でも何でもするべきなのではないだろうか?

 彼の意思でこの学園にいるとは到底思えない態度を取っているのも、その理由の一つである。

 でも、一方で婚約は自分の意思で破棄が出来る決断力があるのだ。これは随分と可笑しな話ではないだろうか。

 この学園は彼にとっては辞めれない理由でもあるのか? 規則でもなんでも、其処迄この学園に強制力はない筈だ。

 だとすると、何かおかしい。

 私は徐に、ノートにペンを滑らせる。

 勿論、授業を真面目に受ける為ではない。親密な関係になる迄のゲームでのアスランと出会った事のある場所を書き出している。

 普通のキャラクターは、出会える場所がほぼ決まっており、王子だったら生徒会室、リュウだったら教室、タクトだったら生徒会室か実験室となっているが、アスランだけは違った。

 彼は、この学園のありとあらゆる場所で出会うのだ。

 流石、ネットで犬も歩けばアスランに当たると称されていただけの事はある。

 当時は何も不思議に思わなかったが、ノートに書き連ねた数は現実世界になるとこの出現率は異様でもあった。

 入学した当初ならわかるが、幾分か月日が経っても学園の中をこんなにも動き回るものだろうか?

 答えは簡単である。ノーだ。

 そんな訳があるはずが無い。

 だとすると、彼は何故、これ程までに学園を歩き回っているのか。しかも、わざわざ授業外に。

 私は、まだ窓の外を見る彼を盗み見る。

 あの窓から何が見える?

 記憶を呼び起こすと、そこには中庭が広がっていた。

 ノートに目を移せば、彼との遭遇率が一番高いのも中庭である。

 しかし、中庭といってもこの学園の中庭は馬鹿広い。何故、中庭を? いや、中庭を中心としてこの学園全体を?

 私は、一つの仮説を思いつく。


 何かを、探している?


 それならば、全ての辻褄があうではないか。

 彼は何かを探す為にこの学園にいる。もし、それが何かわかれば……。

 この上ないアプローチだとは思わないか?


_______


次回は4月24日(水)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

 

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