第6話 貴方の為に手に鎖を

「お前は俺を知らないと言ったが、正式には数回顔を合わせてる。覚えてないとは、思ってもみなかったがな」

「そうなのですか? それは、大変失礼な事を……」

「やめてくれ。俺も進んでお前と話す気がなかったし、あの頃は噂の方が俺の中で真実だったからな。何せ、兄貴からはお前はこんなにも酷い奴だと聞かされてた。少しでも話しておけば、今日みたいな誤解もなかっただろうに。悪い事をしたのは俺の方だ」

「お兄様が?」


 私は首を傾げる。

 私の噂を広めたのは令嬢達だ。また、それを真実だと疑わなかったティール王子も同罪とはなるが、まさか無関係である異性達にまで噂されているとは思っても見なかった。


「そうだ。俺の兄貴は、お前の一番の敵だ」

「敵?」


 随分と、攻撃的な言い回しをすると思った。

 彼の次の言葉を聞くまでは。


「俺は、ティール王子の弟。第二王子のランティスだ」

「だ、第二王子!?」


 私はガタリと音を立てて後ずさろうとするが、ランティスの握った手がそれを許してはくれなかった。


「そんな、まさかっ!」

「兄貴の代わりに俺を殴ってくれてもいい。それでも、俺はこの手を離すつもりはないからなっ!」

「でも、貴方はティール王子の弟でしょ!? 貴方が私と交流を持つのを王子は良しとしないわっ!」

「構うものかっ! 俺の事は、俺が決めるっ! お前がどれだけ兄貴の事を恨んでても、嫌っても、俺はお前のこの手を離さないっ!」

「でも、でもっ! 貴方は、アリス様の事が好きなのでしょう!? でも、そんなの、無理じゃない……。王子もアリス様の事が……」


 どれだけ好きになっても、ランティスはアリス様とは結ばれない。

 私が、王子と結ばれないように。

 それが分かっていて、何故全てを賭ける様な真似をするのか。私と共犯になり、もし王子にバレでもしたら、彼は二度とアリスには会えないだろう。王子なら、平然と簡単に彼を罰する事が出来る。私には到底理解が出来なかった。

 そんなもの、救いがなさすぎるっ!


「好きだから、守るんだよ!」


 私の言葉をかき消す様に、目の前にいるランティスは声をあげた。


「兄貴は、お前を悪の権化たと信じている。それに加担した事がバレれば、真実なんてクソ程役に立たず俺だって何をされるかわからねぇけど、それでも、アリスが守れるなら俺はお前と手を組むっ」

「……何故、それ程迄にアリス様を?」

「……あいつは、唯一俺を兄貴の弟と呼ばない奴なんだ」


 少しだけ、ランティスが優しい顔をする。

 聞くだけなら、酷くありきたりでつまらない理由。乙女ゲームの王子にはよくあり、何よりも彼の兄であるティール王子も同様な事で彼女に恋をする。

 また、それかと鼻で笑う人間はいるのかもしれないぐらい、有り触れた理由だ。

 けど、私には笑えなかった。

 それは、私も彼らと同じだから。

 私も彼の気持ちを良く知っている。

 彼女だけが、私を見つけてくれた。画面の向こう側で。


「……御免なさい」

「……矢張り、駄目だよな。お前を陥れた張本人の弟がお前の仲間になりたいだなんて、虫が良すぎる」


 彼は、離そうとしなかった私の手をゆっくりと、そして優しすぎると言うぐらいに静かに離してくれる。

 痛ぐらい握り締めた彼の手は、まるで迷い子の様だと思ってしまった。

 だから、次は私からだ。


「貴方は、勘違いをしているわ」


 私は、彼の頬に触れる。


「私が謝ったのは、断る為ではない。貴方にひどい事を言ったからです。無理だと、勝手に決め付けて、貴方を可哀想だと思った。私が謝ったのは、その点だけ」

「……それは、俺だってわかってるよ。所詮第二王子は第一王子には勝てねぇもんな」

「そんな事はないですわ。貴方は、ランティス様はティール王子よりも賢く優しい人です。私も貴方はいい人だと思います。だから、次は私から。貴方の手を離さない様にしますよ」


 私の手は、彼の頬から手へと降りていく。

 逃がさないのは、こちらも同じだ。彼が第二王子と言うのならば、今の私にとっては、彼と手を組むのは願ってもないチャンスと言えるだろう。


「私の話を信じるか信じないかは、貴方次第です。けど、私は今から話す言葉に、嘘も隠し事も致しません。アリス様に誓います。これだけ言っても、貴方はきっと、疑ってしまうでしょう。それぐらいの内容なのです。それでも、聞いていただけますか?」


 私は、手の力を込める。


「……お前が俺を受け止めた様に、俺だってお前を受け止めるさ。教えてくれて、ローラ。お前とアリスとの関係をっ!」

「わかりました。では……」


 私は口を開いた。

 共犯者になるのだ。これぐらいで怖気付かないでくれる事を願いたいものである。




「という事です」


 長い話なのは変わりがないが、私はランティスに以下の説明を簡潔にする事とした。

 私には前世の記憶があり、この世界は前世で私がゲームとして体験した世界である事。

 そのゲームで、私はアリス・ロベルトとして王子含むこの学園に通う生徒達と様々な出会いを経て、恋に落ちた事。また、そのゲームで悪役令嬢と呼ばれていたアリス・ロベルトへの嫌がらせ役であるローラに転生した事。

 そのゲームのイベントの帰り道に、トラックにはねられて死んでしまった事。

 これらの記憶は産まれてから常にあった事。

 そして、そのゲームでは、今起きている嫌がらせはアリスに起きていなかった事。


「……ちょっと待ってくれ。話が、急すぎる」


 片手を前に出して、私の言葉を遮ったランティスは、げんなりとした顔をしている。

 確かに、急は急だ。


「行成、前世ですものね」


 まず、最初の入りから無理がある。


「分かってるじゃないか」


 恨めしい顔をしながら、ランティスは私を見た。どうやら、彼は本当に全ての話を頭の中でどう受け止めるか考えていたらしい。

 なのに、最初から前世や転生やらで、受け止める前の段階が必要になる事柄ばかりが出てきたわけだ。

 随分と、彼だって真面目である。


「本当に、前世とか存在するのか?」

「俄かには信じ難いとは思いますが、私には記憶があるだけに、何とも……」


 本当の事だが、信じてくれと証拠など見せられない私にとっては、どうしようもない。言葉だけで伝えるしかないのだから。


「……それで、その、ゲーム? とやらで、ローラがアリスに?」

「いえ、アリス様になったのは、生前の私であり、ローラ嬢ではないです。そのゲームではローラ嬢は、私ではないローラ嬢であって……」

「……やめてくれ。余計にややこしくなる。この国でゲームと言ったらカードかボードだ。その、画像を写すゲームなんて、想像も出来るわけねぇーだろ」

「そうですね」


 実物がある訳ではないのだ。口での説明だって限界がある。

 何か、もっとわかりやすい例えがないだろうか。

 折角、理解をしようとしてくれるランティスの為に頭を捻ると、ふと、私の落とした本が目に入る。


「絵本……」

「大体、何でお前がアリスになれるんだ? 映像を見てただけだろ? それに……」

「ランティス様、絵本ですよ」


 そうだ。絵本だ。


「絵本?」


 ランティスは呆れた顔で私を見る。一体、この女は何を言っているのかと言った顔だ。

 前世や転生やゲームという単語は真剣に聞いていたはずなのに、何故分かりやすい絵本にこんな顔をするのか、私には分からない。


「絵本がどうした?」

「そのゲームと言うものは、絵本と同じです。絵があり、文章がある。そこでの主人公はアリス・ロベルト。私は主人公の彼女を通して物語に関わっていく。そちらの方が、理解しやすいかと」

「絵本ねぇ……」

「それで、その絵本には選択肢があり、私が決めたアリス・ロベルトの行動で話の進みが変わって行くんです」

「……捲るページ数を変える感じだな。でも、それなら納得出来る。今、お前は絵本だと思って読んでいた世界に居るわけだな?」

「はい」


 どうやら、呑み込んでくれた様だ。


「だから、お前はアリスを知ってるし、アリスはお前を知らない」

「その絵本に描かれていたのは、入学からの一年間のみ。つまり、今年限定で、私はアリス様の行動も交友関係も全て把握している」

「筈だったって事だな」


 私の言葉に続けたランティスの声に、私は頷いた。

 その通りなのだ。

 把握している、筈だったのだ。

 しかし蓋を開けてみれば、余りにも違うところが多すぎる。


「例を挙げるとすれば、私が知る世界ではティール王子は、あの食堂事件の時に初めてアリス様と知り合う筈です」

「それは可笑しい。兄貴は入学の日にアリスとぶつかり出会ってるぞ」


 私は、ランティスの言葉にスカートを握りしめる。

 矢張り、そうなのか。


「……私が、いいえ。ローラがゲーム通りにこの学園に入学していたら、それは発生しなかった可能性の方が高いでしょうね」

「俺も話を聞いてて思った。お前の知っている世界と、ここの世界はお前が既にローラとして産まれている時点で同じとは呼べないんじゃないか?」

「かも、しれません。しかし、偶然が重なったとは言え、食堂での事件も気になります。ローラは、まったく私と同じ行動をしていたかと思います」

「……それは偶然とは言わないだろ。何かの力によって、お前の知る世界に戻そうとする動きにも見えるな」

「はい。私も同様の事を考えました」


 だとすると、このアリス様を狙った事件もゲームのシナリオに集約されて行くのか?


「その絵本で、アリスの相手役は複数いるんだよな?」

「はい。ティール王子を始めとした七人です。正確には、八人ですが一人は少し事情が違うので今は度外視しても良いかもしれませんね」

「お前の世界では全員、既にアリスと出会ってる時期か?」

「いえ。三名程は、夏辺りからです」

「初春である今ではないな。名前は? わかるか?」

「はい。一人は、二つ年上のローランドと言う学生です。彼はアリスと一緒で平民上がりでこの学園に入学しており、もう一人は、アランと言う異国の王子です。留学という形で、夏季休暇後にこの学園に入ってきます。最後の一人は、教師のリドルと言う数学者です。彼も今いる数学教師が転任にするのにあたり、アランと共に入ってきます」

「アランか。会ったことがあるぞ。あの砂漠の国の王子か」

「はい」

「確かに、誰も今はアリスと接触してないな。次は今、出会ってる奴だ。七人だと言うと、残りは四人だろ? 兄貴と俺は聞いてるとして……」


 私はランティスの言葉に思わず明後日の方を向く。


「おい、行成どうした?」

「……いえ、あの、えっと……」


 弟王子には大変申し上げにくい現状を今伝えるべきか、私は悩む。

 彼程頭が切れるのならば、分かってもいい筈ではないか。

 私は彼を知らなかったと、ヒントは多く出ていると言うのに。

 何故、ここだけ鈍いのかと思えば、そう言えばティール王子の弟だったなと思い出す。


「何か言いたい事があるなら、はっきり言えよ」

「あの、手を離さずに、落ち着いて、ゆっくりと聞いていただけますか?」

「何を今更。俺が傍若無人に暴れる様な言い方をしてくれるなよ」


 失礼だと言いたげに、彼は私を見るがその通りである。


「良いから、早く言え」

「あの、その……。非常に申し上げにくいのですが、残念ながらランティス様は攻略対象に入ってないのです……」


 アリス様の事は全て分かっていると豪語していた私が、彼を知らない。

 そんな明確なヒントが出ていたと言うのに、そこだけはティール王子に似て、何処か抜け落ちていた様だ。


「は?」


 震えてもない声は、本当に不意に出てしまった驚きの声だろう。怒りも悲しみも感じないし、なによりも、彼の顔が豆鉄砲を喰らった鳩の様になっている。


「ランティス様は攻略対象外でして……。だから、私も貴方の事は知らなかったんです」

「俺が……、対象外?」

「ええ。残念ですが」

「何で!?」


 何でって、私に聞かれても困る。


「そう言われましても……」

「兄貴はいるのに!? 隣国の王子や教師はいるのに、第二王子の俺はいないって、おかしいだろ!」

「まあ、そう言われば、そうですね」


 私が覚えている範囲では、彼の記述はティール王子のプロフィールに一行だけ、弟がいる。それだけのはずだ。

 確かに、この学園に通っているはずの弟王子が対象外とは些か可笑しい。


「ですが、事実ですから」

「焼き払えー! そんな本を出す奴皆焼き払えっ!」

「申し訳ございません。私、その世界で死んでますので」

「この世界に転生出来たんだら、元いた世界にも転生できる筈だろ! 焼き払えよ!」

「まあ、機会があればメーカーに問い合わせメールでも出しておきますので、ランティス様は一度落ち着いて」

「俺だって、そこそこかっこいいだろ!?」

「はい。そこそこかっこいいですよ」

「気持ちがさっきから入ってねぇだろ! 俺が、俺が何したって言うんだよ!」

「さあ? 強いて言うのならば、あの世界で貴方はアリス様になにもしなかったからではないですかね?」

「はぁ?」

「知ってます? 乙女ゲームって、攻略キャラクターの何かに惹かれて恋をするんです。それは、自分の為の行動だったり、自分を思ってくれた言葉だったり」


 私は、ランティスの手を握る。


「あの世界での貴方は、それが無かった。それだけです。でも、この世界では違う。貴方は既に彼女を守る為に行動なさっている。それを分からないアリス様ではないでしょう?」


 後は容量の問題とかもある。が、ここで言うのは避けたほうが懸命だ。


「そう、だよな……。そうだよな!」

「ええ。そうですよ」


 後一つあるとすれば、既に不良担当のキャラクターであるアスランがいて、彼と被るからと言う理由もあるがそれも伏せておこう。

 嘘偽り隠し事はないが、選択肢全てを差し出す約束はしていない。

 彼女に誓って、そこは目を瞑るのが大人だろう?


 その日から、何処と無く第二王子から第一王子への当たりが強くなったと聞いたが、聞かなかった事にするのが大人である。




_______


次回は4月22日(月)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!

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