第5話 貴女の為に共犯を
「いい返事で良かったよ。じゃあ、あの食堂事件の事を詳しく教えてくれるか? 薬って、何だ?」
「ちょ、ちょって待って下さい。私からですか?」
「ああ。俺はお前を疑ってないが、お前は俺を疑っている状況だろ? 俺はお前を信用しているが、お前は俺だけ情報を提示してお前が言い掛を付けて逃げる可能性のが高い。ここで何かと理由を付けて話をはぐらかされるのは御免だ」
確かに、彼の容疑は晴れた訳ではない。
「でも、それは私も同じでは?」
「俺は、必ずここで俺の持っている情報をお前に提示する。お前の敬愛している女神のアリス・ロベルトに誓おう」
彼の誓い主に思わず、私の口が止まる。
「……必ず、ですよ」
「勿論」
「先程話した通り、あの食堂で、アリス様の背後から小瓶の液体を、彼女の食事に入れた女子生徒がいました。小瓶の中身は学園長に頼み現在分析中ですが、結果はまだ出ておりません」
「……この学園の研究機関を使ってでもか?」
「はい。水ではないのは確かですが、入ってる成分がなんなのかまでは特定が出来ていないようです。ただし、学園長側の主張を信じるならばの話ですが……」
「まるで、学園長を信用していない言い方だな」
「今は信用するしかない立場ですが、入学を彼程拒まれていた私に学園長側が信用を持っているかは別問題ですもの」
「噂の力だな」
そう言って、ランティスは溜息を落とす。
「その小瓶は今、学園長が?」
「はい。小瓶ごとお渡ししました」
「お前自身も、完全に学園長を信用していないのに、随分と大胆な手に打って出たな」
「……今思えば、少し後悔してます。私もあの騒ぎの後だったので、私も気が急いでいたのでしょう」
「これからは気をつけた方がいい。お前は、人を信用し過ぎている。いつかそれで足元を掬われるぞ」
「……はい。申し訳ございません。以後気を付けます」
「俺にそれを言う必要はない。別に責めてる訳でもないんだ。お前は、ここでは敵が多い。頼れる人が限られてる。今の判断としては間違っていないんだから、今後気を付けてた方がいいと言う俺の一見解に一々謝る必要はない。話を戻そう。あの食堂で、俺はお前が舌打ちをアリスにしたように見えたが、相手は件の女子生徒に対してか?」
「私自身に対してもです。アリス様が食器を落とされた音に気を取られ、彼女を取り逃がしましたから……」
「それは仕方がない事だ。自分を責める必要ない筈」
「いえ、自分の犯したミスですもの」
「随分と真面目だな。俺は、お前を何かの絵本の悪役の様な奴かとずっと思ってたよ」
「噂は、知ってます」
「訂正しないのか? 今のお前を見る限りでは、どれも出鱈目も良いところだろ?」
「したところで、信じてくれる方も居ませんから」
私が諦めた様な顔をすると、ランティスは私の肩を叩いた。
「少なくとも、今の俺はお前の方を信じる。お前は正しいんだ。胸を張れ」
「……ランティス様」
「平民か貴族すらわからん俺に、それだけ礼儀正しくしてるんだ。俺はお前が傍若無人な身分を振りかざす極悪非道な我儘令嬢には見えない」
「……有難うございます」
「礼はいいよ。俺の方が、行成ブスとか言った傍若無人で非道この上ない我儘な嫌な奴だ。お前が今俺の噂を広めても俺は否定出来ないからな」
「そんな事は致しません」
「分かってるよ。お前は良い奴だと言っただろ? それよりも話の続きだ。その女子生徒を取り逃がしたままなのだろ? 何か特徴はあるのか?」
「いえ。栗色の長髪と言ったぐらいで、顔ははっきりと見てはいませんでしたから」
「服装は?」
「同じ様な制服を」
「……そうか。そうだよな。ここの生徒か、制服を持って入り込んで来た部外者かも、日が浅いお前には判断は難しいよな」
「はい……。申し訳ございません」
「だから、謝るな。あの場には俺も居た。逃げた女子生徒を見ずにお前に注目してた人間全員が悪い事になる。それにしても、その女子生徒、何を目的にしてるのか、気になるな」
「ええ。アリス様を狙う理由など、ない筈なのに……」
「……次は俺話しだ」
苦々しく顔を顰めた私に、ランティスは次の話へと口を進める。
「三日前、アリスは女子寮の階段から後ろから押されて落ちそうになると言う事件が起きた」
「アリス様にお怪我は!?」
「言っただろ。落ちそうになるって。未遂だよ。だから、怪我もない」
「良かった……。本当に、良かった……」
私の知り及ばない所で彼女が怪我を負わずに済んだ事に安堵を覚える。
それにしても、女子寮でそんな事件が?
「犯人は?」
「捕まってない。アリスは気のせいかもしれないと言うところを見ると、姿も見てないだろうな」
「犯人は、この時点で逃げていると……」
「女子寮で起こった事だ。犯人は、女だろうな」
この学園の女子寮は男子禁制である。
「あの女子生徒が……?」
「些か早合点な気もしないでもないが、その可能性が取り分け高いだろう。お前は、さっきアリスが狙われる理由などないと言ったが、本当にそうか?」
「はい。彼女は、平民としてここに上がっては居ますが、人の反感を買う人物ではない筈です」
「ティール王子」
ここで、ランティスは王子の名前を口に出す。
「原因とは考えられないか?」
確かに、ここではティール王子は女子生徒に最も人気が高い男子生徒だと言っても過言ではない。
普段ならば、仮とは言え婚約者の私がいるが、先日まではここに入り込むことすら出来なかった。鬼の居ぬ間ではないが、その機に王子に取り入ろうとする女子生徒の下心が起きないかと言えば、嘘になるだろう。
でも……。
「可能性は、低いのでは?」
「根拠は?」
「王子が懇意にしているのは、アリス様だけではないはずです。例えば、シャーナ嬢。彼女に全く矛先が向いていないのは、些かおかしいのでは?」
「王子はアリスにぞっこんだとすると?」
「ぞっこん、ですか……。それなら尚の事、おかしいのでは? 平民である彼女が王子と築ける関係なんてたかが知れております。先に狙うは、アリス様を利用できる立場にいる爵位を持っているシャーナ嬢じゃないとおかしい。彼女達は、ありもしない私の噂を広めたいぐらいです。シャーナ嬢に対して今何も起きていないのは、不自然ですよ」
「確かにそう言われると、そうだな」
「ええ。だから、考え得る可能性としては、ティール王子とは無関係な事柄で彼女を狙っている線が有力かと」
「そうだな。所で、お前は、ティール王子とアリスの関係をどう思う?」
「私ですか? そうですね……。良い関係になる事を願っている、としか。アリス様はしっかりしておられますし、何処か世間知らずな王子にとっては良き相手かと思います」
「……お前は本当に王子が好きなわけじゃないんだな」
「好きか嫌いかで言えば、好きですよ。彼の愚直すぎる真っ直ぐな性格は、憎めません。それと同時に、少しだけそれに囚われて可哀想だと思う事も、ありますけど……」
「あれだけ妄想力でお前の悪事を喚き立てる相手に、随分と優しいな。俺がお前なら、ティール王子を殴ってるよ。前歯ぐらいはもらってる所だ」
「ティール王子も、悪気はないですから」
「それが一番最悪だろ。別にお前がいいなら、いいけど」
「有難うございます」
私はランティスのこの言葉で少し気持持ちが軽くなった。憎々しく全く思わないかと言えば、嘘になる。
でも、いいのだ。彼も被害者と言えば被害者である。私と言う醜い生き物の婚約者となってしまったのだから。
「それにしても、王子とは別の理由ね……。お前は、心当たりがないんだよな?」
「はい」
こればかりは、本当の話である。
こんな入学初期に起こる事件は大抵はローラが引き起こした王子や他の攻略キャラクターへの絡みによる嫉妬心が故の報復だ。
大体、後半に巻き込まれるはずの大事件も彼女自身がターゲットではない。
しかし、今起きている事件はどれも彼女が明らかにターゲットになっている。
「ランティス様は、アリス様と仲がよろしいんですよね? 級友か何かで?」
「いや。俺はアリスより一つ下で幼少からここに通ってる。級友じゃねぇーよ」
この学園には、生前の世界で言えば小学校から高校までの教育機関が存在している。
普通であれば、アリス様や王子の様に中学生後半ぐらいからの教育を受けるために入るのだが、稀に能力に秀でたり親が学問に精通してる子供達は小学校から入学させいる。
「御優秀のですね」
彼もその一人と言う事だ。
「可笑しな親の方針だよ。一つ上の兄貴は普通に今年入って来たかぐらいだしな」
「お兄様もいらっしゃるの? 一つ上と言うことは、アリス様とお兄様が級友で?」
「そんな所。アリスは面白い奴で、直ぐに気に入ったよ。そのアリスに危害を加えようとしてる奴がお前だと思って勇み足で来たらこのザマだ」
「ランティス様はアリス様の事が好きなのですね」
私は嬉しくて思わず笑ってしまう。
「普通に笑えるじゃん……」
「え? 今なんと?」
「……いや、私のアリス様にー! とか、普通怒る所じゃねぇの? そこは」
「まさか。彼女の素晴らしさを知っている仲間に対して、そんな事はしませんよ」
彼女の素晴らしさは、独占するものではない。共有するものだと私は思っている。
あれだけ素晴らしい彼女の魅力が分かっている人間に、何故怒らないといけないのか私には理解出来ない。どちらかと言うと、誇らしい気持ちの方が胸を満たしてくれるではないか。
「それより、ランティス様の方には心当たりがないのですか?」
「言った様に学年が違うから、普段はわかんねぇ。けど、飯や放課後はよく一緒にいるが其処では何も無い」
「確かに、普段はわかりかねますね。そうだ。お兄様、ご相談は出来ないのでしょうか?」
「兄貴に?」
「ええ。お兄様であれば、普段のアリス様の生活を知っていらっしゃるでしょう。お兄様に心ありが無いか聞いてみては如何でしょうか? 何なら、この小瓶の話もお兄様にしてもらっても構いません。私達には情報が少な過ぎる。手段は構っていられませんわ」
この時、私はこのランティスという男をすっかり信用していた。
見た目や一部の口調は素行の悪そうな人物に見えるが、話している内容や進め方は良識があり知的である。
「……兄貴になぁ……。んー。例えばだ、お前が思い込みの激しい友人がいたとして、それを正しながら話を聞くとなると、どうなると思う?」
「思い込み、ですか?」
「そう。滅茶苦茶、激しい。人の話は、まず聞かない。それぐらい」
「先入観が強い方なんですね。そうですね、骨は折れると思いますし、最悪拗れる可能性も高いとは思いますが、ご兄弟の話なら、聞かれるのでは?」
それは、暗に自分の兄の話をしているのだろう。
「ティール王子程なら考えてしまいますが、流石に普通の人ならば……」
私の言葉で、彼は大きく顔を顰め、溜息をついた。
「ローラ。もう一つここらで取引しないか?」
「取引?」
「俺は、今からとんでも無い事を言い出すが、俺はお前と協定を結びたい」
「協定?」
「綺麗事で片付ければその言葉が適切かな。俺はアリスが好きだ。だから、彼女を守りたい。しかし、話を聞いてると俺一人では無理がある。しかし、周りの奴らだけにはあてに出来ない。だから、お前には俺と共犯になって欲しい」
「共犯って……」
良くない言葉なのは、流石にわかる。
「お前は、俺の話を聞いたら手を引っ込める。俺がお前なら、間違いなくする。だから、俺はお前に正体を明かした後、お前は俺をフルに利用してくれても構わない。利用できるだけの、力は間違いなく俺にはある。逆に、お前は俺に誰にも言えないアリスとの関係を教えてほしい。その言葉を俺は絶対に信じるから」
「つまり、お互いに鎖を巻き付けろと?」
私とアリス様との関係。それは、ゲームの事に他ならない。
彼に、前世の話をしろと?
正気の沙汰じゃない。それこそ、今築き上げた信用も何もかもドブに捨てる事となるには目に見えているではないか。
「……流石に私には、分が悪すぎる話ですわ」
「俺を使えば、お前は確実に学園長の信頼を築けるとしても?」
「え?」
私はその言葉に顔を上げる。
「今のまま、不安定に学園長を信じる道を歩むか、本当の信頼を築けるか、どちらが有利だと思う?」
ゴクリと、自分の喉が鳴る。
「ローラ。お前がアリスを思うのであれば、お前は俺が必要となる。逆も然り。俺がアリスを思うのであれば、お前が必要なんだ。ローラ、俺の手を取れ」
そう言って、彼は私に手を差し出した。
一体、彼の正体は何者なのか。そんな疑問を考えるよりも先に私は彼の手を取る。
「……後悔しても、知らなくてよ?」
私の声に、彼は笑った。
「お互い様だ。俺は絶対に、この手を離すつもりはないからな」
硬く握りしめた手は、どんな焔よりも熱くて、どんな鎖よりも強く私たちを締め付けた。
もう、後戻りは出来ないと、言うように。
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次回は4月20日(土)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!
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