ブラックホールの閃光を見よ

織部いよ

無題1

はじめて、人類の歴史の中ではじめて、ブラックホールが人間の目で見えたって、世界同時記者会見がありました。わたし、ひとりぼっちの食卓で夕御飯を食べながら、記者会見の中継を見たの。ディスプレイに映し出される、橙の、ぬくいような、さみしいような光、あれが消えてゆく星の輝きなら、何て美しいんでしょう。

あなたは星を見るのが好きでしたね。山のむこうの草原まで車を走らせて、シートを引いてふたり、肩を寄せ合って星を見上げたわ。いつかあなたもわたしも視力が落ちて、若い頃みたいに鮮明に星を見ることは出来なくなってしまったけれど、横たわる天の川のはざまに、囁き合う愛の標は幾度となく刻まれていた。

数十年ぶりに星の図鑑を広げようかしら。あなたが逝ってしまってから、戸棚に仕舞い込んだまま、もうすっかり埃を被ってしまっているけれど、今夜はあいにく曇空で、星のひとつも見えないのだから、食事が終わったら、あなたと夢想した愛の標を、もう一度いちから辿りましょう。

ねえ、いまもテレビに映る、あのおごそかな果ての天体を見て。記者会見のフラッシュのまたたく最中に、あの黒点の中央に吸い込まれてゆくあなたのまぼろしを見たわ。300万倍の満天の果て、いつかわたしを置いて死んでしまったあなたが、あそこに行ってしまったのだとわかりました。わたしもいつか死んでしまったら、生まれた時と同じように、星屑のひとかけらになって、五千五百万光年彼方のあなたに会いにゆきましょう。

次に晴れた夜では、ベランダに出て空を見上げましょう。ブラックホールの向こうにある、知らない宇宙で、若い頃のわたしと遊ぶ若い頃のあなたがいる。わたしは瞳を閉じて、瞼の裏の深い闇、星の形をしたあなたの、あたたかなてのひらを握っているわ。

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