第17話 残念女子と逃避行

 ―――その日、大方の予想通り真理子ちゃんは私達三人と一緒に行動をした。

 一応真理子ちゃんを警戒して、二人と事前に打合せをしたおかげで本日も同棲がばれることもなく済んだものの、


「ねえ、結愛ちゃん。皆で何か私に隠してない?」

「え、な、何が?」

「ううん、別に―――何かそんな気がしただけ。私、そういうの何か敏感なんだよね」


 野生の勘が働くのか、それとも女子力が高すぎて女の勘がものすごいのか。

 隠していても真理子ちゃんは私たち三人に何かの「秘密の香り」を感じたようで、ぶらぶらとショッピングしたりファストフードのお店でお茶をしている時も、ことあるごとに私にそんなことを耳打ちしてきている。全く心臓に悪い。

 ただ意外だったのが、


「カナタはともかく、ヒナタがね……」

「え? ヒナタ君?」

「そう。何かいつもと違う気がするの。ま……別にどうでもいいことなんだけど」


 真理子ちゃんのアンテナは、お目当てのカナタ君ではなく、ヒナタ君に反応しているらしい。

 ―――ヒナタ君なんて、正直可愛い犬、もとい家の中を明るくしてくれるムードメーカー的な存在の上、上手く真理子ちゃんをあしらってくれる貴重な存在。そしておばあちゃんの知恵袋的に色んな技で家中を綺麗にしてくれる貴重な存在。

 皆であっている時だって、真理子ちゃんに鋭い突っ込みを入れては怒らせて、の繰り返しだし、一体それの何が真理子ちゃんに引っかかるのかが分からない。


「二人とも中学のときから女の子には人気があったし、ヒナタは男子校に行った今でも昔の友達の女の子とは良く遊んでるの。知ってるでしょ?」

「う、うん。特定の彼女を作らないって言ってた」

「そう。でもなんていうんだろう。ちょっと雰囲気が変わったわ」

「へ? そうなの?」

「私、そういう勘は鋭いの」


 そんなことを私に囁く真理子ちゃんだったけれど、相変わらず真理子ちゃんに失礼な態度を取るヒナタ君に「やっぱ前言撤回!」と怒っていた。



 勘、かあ。恋愛経験もないし、そういうの全くわかんないなあ。数日だけど一緒に生活をしていても、特に何かが変わったようにも思ないけどなあ。

 男子、ムズカシイ。―――私がそんなことを思っていると、


「あれっ」

 ふと私の両目に痛みが走った。どうやら話をして言ううちにコンタクトレンズが少しずれたのか、少し目の縁に涙も溜まってきていた。

 柔道を辞めてから不摂生な生活が祟ったのか、急激に視力が落ちた私。半年前に、ついにコンタクトを使う様になっていた。

 ドライアイでもないし、普段は早々コンタクトがずれることもないけれど、目が良かった時の癖でついつい無意識に目をこすってしまいこうなってしまうのだ。

「ああ、もう……って、あれ?」

 私はそれをハンドタオルで拭うべくカバンを漁るも―――何故か入れておいたはずのタオルがない。

 学校に忘れてきたのか。いや、もしかして今日は持ってこなかった? いや、もしかしたらあの時―――図書室に落とした?

 そういえば図書室を出る時、司書の男性にぶつかってカバンの中身をぶちまけたっけ。私は自分のドジさ加減にため息をつく。

 ―――仕方ない。ハンドタオルは明日の朝に拾いに行くとしても、とりあえずずれたコンタクトをどこかで直してこないと。

 私は皆に断って席を立ち、トイレ―――の手前にあった共用の洗面所で涙を拭きレンズを直す。



 ―――ああ、きっとこういうところでちゃんとタオルを用意できないところも、女子力が低い由縁なんだろうなあ。

 真理子ちゃんならきっと、すっとタオルを取り出して席を立ちあがるだろうに。もしくはスタンドミラーや手鏡なんかを取り出して。

 きっとそれには可愛いデコストーンかなんかで装飾されていて、もう見るからに女子力全開なんだろう。

 ああそれなのに、片やカバンの中身をぶちまけてタオルを落としてくるような間抜けっぷり。

 真理子ちゃんといると、自分の女子力のなさを思い知らされるような気がして悲しいや。


「はあ……」

 毎日毎日、こんな風に気を使って皆で行動するのも疲れるし窮屈だし、自分は情けないし、最悪。コンタクトがずれて目も痛いけど、何だか泣きたい気分だよ―――私がそんなことを思いため息をついてると、洗面所に誰かがやってくる気配を感じた。

 長い時間占拠していては、一般のお客さんに邪魔になる。私が素早く洗面所を出るも、


「大丈夫?」

「え? あ、う、うん……」

「コンタクトか。目、悪かったんだな」


 そこで声を掛けられて、思わず足を止める。

 何と洗面所にやってきたのはカナタ君だった。私が席を立ったのを気にして、見に来てくれたのだろうか?

 でも不思議なことに、彼は手に自分のカバンと―――何故か私のカバンもこっそりと持っている。


「カナタ君、それ私のカバン……」

 カバンを受け取りつつも、何故わざわざ洗面所に行くのにカバンを持ってきてくれたのだろうと不思議に思っていると、


「それより、こっち来て。裏口から出よう」

「え? 出るって……ヒナタ君達は?」

「大丈夫」

「ええ!?」


 一体何が「大丈夫」なのか分からないけれど、カナタ君はそう言って戸惑う私の手を引いて店の裏口へと回る。

 そしてこっそりとそこから出ると、何故か「走るぞ」と言って私の手首を掴んで走り出す。


「え? え? 何!? 何で走る……え、それよりも手!?」


 わけも分からず裏口から外に出され、そして手繋ぎ―――ではないけれど、一方的に手首を掴まれて走り出す羽目になった私は混乱した。でもカナタ君は止まる様子もないし、手首をしっかりと掴まれているから、流石の残念女子でも振りほどくことも出来ない。


 一見「愛の逃避行」ちっくで素敵ではあるんだけど、それまで一緒に居たヒナタ君や真理子ちゃんはどうなったのか。それが気になる私だ。突然姿を消したら心配するだろうし。

 一体、何がどうなったの!? 何でカナタ君は私を連れて逃げて―――もとい、走っているんだろう。


 とりあえず、カナタ君が止まってくれたら聞かなくちゃ。私は不思議な気持ちで彼に手を引かれながら走っていた。

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残念女子は、それでも恋を諦めない 柴田花蓮 @Shibata-Karen

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