第16話 残念女子、恋愛指南をうける
―――ヒナタ君による「真理子ちゃん撃退事件」があって以来、これまでは挨拶程度しか言葉を交わしていなかったのにも関わらず、私はやけに真理子ちゃんに話しかけられるようになった。
いや、話しかけられるというのは表現が違うかも。「監視されている」が正しいかもしれない。
そう、真理子ちゃんからは「あの二人と出かけるんなら、私も一緒に行くからね」というオーラが面白いように見える。うん、私の目にははっきりと見える。
おまけに、ことあるごとに、「あ、これカナタも興味あるって言ってたよ」とか、「私のコレ、カナタとお揃いなの」とか。
聞きもしないのにミニ情報も教えてくれる。
そんなに必死にならなくても、女子力の段階でダブルスコアで勝ってるんだから大丈夫なのに。
真理子ちゃんを適当にあしらいながらも、私はそんなことを思う。
そりゃあカナタ君のことは正直少し意識しているし、多分時間が経てば、このまま本当に彼の事を好きになりそうな気配もある。
諸事情ゆえに「愛のない同棲」だってしている。
でもだからと言って、毎日毎日何かがあるわけではない。
撃退事件当日も、その翌日も、更に翌々日も。も三人で買い物をして帰って、ごくごく普通に家でそれぞれ過ごしただけだ。
同棲生活も約一週間。その短期間で、「同棲を始めたばかりの初々しいカップル」のような雰囲気から、もはや「長年連れ添った熟年夫婦」の家のような、何ていうかこう、安定感? さえ感じる。
ヒナタ君もカナタ君も、居間ではそれぞれ本を読んでいたりテレビを見ているし。私とも会話は交わすけど、別にそれはメインでもないし。
私だって、テレビを見たり雑誌を見たり、それこそ部屋で宿題をしていたりで、結構あっという間に時間が過ぎてしまうのだ。
―――
「いや、こりゃスゴイ。イケメン二人と同棲しててマジで何もおきないって言うのが、もはや奇跡よね」
「……うるさいなあ」
「イケメンその一には、依然として片思い中なんでしょ? 唐沢真理子の手が届かない環境にいるわけだし、迫ってみたらどう」
「かっ……片思いというか、好きになりそう、程度だよ、まだ! せ、迫るなんてとんでもない!それに、残念女子に迫られても困るだけだよ!」
「そうね」
「ちょっと」
「……まあでも、そういう状況なら健全でいいじゃないの。唐沢真理子も、何を心配しているのやら。相手は小笠原結愛なのにねえ」
最近真理子ちゃんによく絡まれている私を楽しそうに、且つ冷静に観察している美紀はそんなことを言って笑うけれど、当人にしてみれば深刻な問題だ。
真理子ちゃんもメンドクサイし、同棲の秘密も守らないといけないし、期待しているわけじゃないけどイケメンと同棲していて何も起きそうにもないのも複雑。
もう自分でも、何からどうやって手を付ければいいのか分からない。
「で? イケメン達は今日も迎えに来るんだっけ?」
「うん」
「てことは、多分唐沢真理子もまた混じってくる?」
「多分。今日、部活ないって言ってたし……」
先ほど、同じ質問を真理子ちゃんにもされた。彼女、どうしてもカナタ君と少しでも一緒にいたいみたい。
「恋愛も、これくらい本気にならないと手に入らないのかなあ」
「狙った獲物は逃がさないのかもね。唐沢真理子、可愛い顔してハンターだわ。それにしても、小笠原結愛の入浴を覗きに来る男なんて命知らずもいいところよね。あれ以降は来たの?」
「ううん……でも念の為家でも気を付けてはいるの。迎えに来てくれるのも、もう大丈夫って言ったんだけど」
「ま、結愛のお父さんに頼まれている以上は、ぞんざいには扱えないんでしょ。いいじゃない、唐沢真理子はめんどくさいけど、しばらくイケメンの優しさに甘えなよ」
「……」
確かに、真理子ちゃんはメンドくさい。一緒に行動してても、彼女の気持ちを知っているから気を使ってしまうし。でも私だって、と思ってしまう面もあるからそれで倍疲れてしまう。
だけど、恋愛をするってきっとこういう努力を重ねて、そしてようやく相手と結ばれるんだよね。
待ってるだけじゃ何も変わらないし、時に貪欲でないと欲しいものは手に入らない。
特に、カナタ君みたいに、「好きな子がいる男子」を捕まえる時は。
奪える時に奪ってしまえ! それくらいの心意気じゃないと、恋なんて出来ないのかしら。
「……」
―――ああ、この一歩出遅れた感が、私が残念女子って言われる所以なんだろうな。少しは真理子ちゃんを見習って、恋に前向きにならなきゃいけないのに。
「ま、唐沢真理子は邪魔かもしれないけど、結愛は結愛で秘密を守る努力はしなさい。唐沢真理子に秘密を知られたら、それこそ厄介よ。あんたに何か妙な条件とか言ってきだしそうだし」
「めんどくさいなあ……何か厄介なことになりそうな予感」
「もう十分厄介じゃないの」
美紀の言葉に、私は頷くしかない。「気をつける」私は美紀にそう応えると、いよいよ帰る時刻が近づいたのでふっと図書室の席を立ち上がるも、
「え?」
「結愛? どうした?」
「あ、うん―――別に」
私は思わずもう一度ストン、と席に着く。
―――立ち上がった私は、偶然少し離れた席に座っていた「ある人」と目線があった。
それが普段なら「ああ偶然ね」くらいで気にならないしお互いにすぐ逸らすものだから気にならないけれど、その「ある人」は何故か偶然目が合っても私から目線を一切逸らそうとせず―――いやむしろ、「偶然」ではなく、もしかして「必然」? 私のことを今までじっとみていた? と錯覚してしまうような強い視線を感じたのだ。
そこにいたのは、黒岩君だった。同じ図書委員だから、こうして図書室にこの時間にいるのは別に不思議じゃない。
でも、司書さんと私たち以外今は居ないこの狭い図書室で、じっと見つめられるのには違和感を感じる。
席の離れぐらいからして話は聴かれていないとは思うけど、どうしてこっちを見ているんだろう。
黒岩君には真理子ちゃんとの事を心配されていたせいもあり、もしかして気にかけてくれているのか。でもそれにしたって―――
「結愛?」
「え? あ、ううん……それじゃそろそろ私、行くね」
私は黒岩君と目が合わないようにしながら席を立つと、すぐに入口へ向かう。
その際入口傍で作業をしていた司書の方にぶつかってしまい、かばんを落とした上にかばんのチャックが作業台のフックに引っかかり、かばんの中身を床にばら撒いてしまった。
「あっ……ごめんなさい!」
「あ、いや……」
私のせいで散ばった本を素早くかき集め、私は作業台にそれらを載せる。司書さんは私がぶちまけた荷物を集めてかばんに入れてくれるも、
「あ、大丈夫です! すみません!」
司書さんは男性。残念女子でも一応は女子の私も、気を利かせてとはいえ男性に自分の荷物―――とはいっても、たいした物は入っていないけど―――をいじられるのは抵抗がある。
それも、この司書さんとは必要最低限のこと以外はあまり話すこともないのでそういう相手に私物を触られるのは恥ずかしい。
私は本を素早くかき集めた後、司書さんが集めてくれた荷物を素早く持って頭を下げた。そしてそそくさと図書室を出る。
とりあえず、カナタ君たちと合流しよう。そして、メンドクサイ真理子ちゃんはともかく、あの秘密がばれないようにしなくちゃ。
私は小さなため息をつくと、昇降口への廊下をそんなことを思いながら駆けていったのだった。
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